5、姉弟ってだいたい姉御と舎弟になる
「腰の入りが甘いですぞ!踏み込む時は踏み込む!メリハリをつけるのです!!」
「は、はひっ!!」
剣の稽古を始めて数ヶ月。ガラドスは初日の遠慮もどこへやら、シャルロッテ、否シャルルを厳しく稽古するようになっていた。それはそれで騎士団が戦々恐々としているのだが、もちろん理由はある。ひとつめはシャルルが始めの基礎練習も文句なく真面目に行い、その後も音を上げずに食らいついてきたこと。ふたつめはガラドスの想像以上に筋が良かったことだ。
前者はシャルルの中に日本で暮らした精神があるが故だが、後者はシャルル自身の才能としか言えない。
流石はラスボス令嬢。もしかしたら、ゲームでも裏で剣が達者という設定があったのかもしれない。などとシャルルが考える暇もなく、その日の訓練も厳しいものだった。
「訓練中失礼します」
イキイキと怒号を張り上げていたガラドスはやって来た執事服の男を見てピタリと動きを止めた。つられてシャルルもその体勢のまま固まる。
「ご主人様がお呼びです。至急、湯浴みを済ませて“シャルロッテ様”にお戻りください。シャルル様」
「……お母さま、じゃなかった、ルイーゼさまでなく、フィリップさまが?」
この姿で両親を両親と呼んではいけない。それはシャルルとして稽古を始めてからシャルロッテが自ら課したルールだった。普段から練習しておかなければ、いざと言う時に間違えてお母さま、お父さまと呼んでしまいそうだからだ。
「はい。シャルロッテ様にお話ししたいことがあると」
この執事服の男性はマルセル。フリーレン家男性使用人の最上位に立つ執事であり、フィリップの有能な右腕だ。ちなみにガラドスとは同世代で腐れ縁だという。
「すぐに行きます。ガラドス、今日はここまでで」
「了解致しました、ではまた明日」
途中で訓練を切り上げられたガラドスは少々不満げだったが、すぐさまシャルロッテに切り替えた彼女を見て頭を垂れた。ガラドスにとってシャルルは新人の門下生だが、シャルロッテは仕える主の娘である。
「マルセル、お父さまのご要件は何かしら」
髪を解きシャルロッテに戻りながら、マルセルに問う。砂や汗を落とすため湯浴みをしなければならないので、彼らは急ぎ足で館に向かっていた。
「シャルロッテ様がジュリアン様とご婚約されたことでフリーレン家に跡継ぎが必要となりまして、養子を取られるとのお話でしたので……恐らく、義弟君との面会かと」
遂に来たか。シャルロッテは心中で強ばりながらそう思った。
「お待たせしました、お父さま」
「おお、シャルロッテ。急に呼びつけて悪かったな。ほら、前に出なさい」
「…………」
フィリップの後ろに隠れるようにして立っていた少年が、おずおずとシャルロッテの前に現れた。
「……クロードです。これからお世話になります、シャルロッテさま」
「私からもどうぞよろしく。そんなに固くならないで、仲良くしましょ?」
眼鏡をかけた知的そうな印象の少年クロード。彼こそはシャルロッテの義弟にして乙女ゲームのメガネ担当、つまり攻略対象である。
フリーレン家の養子であるクロードは学園一の秀才だが人を寄せ付けぬ冷たい雰囲気の持ち主だった。その訳は同い年の義姉の存在……王妃の座を狙うシャルロッテに従っていたが故だ。運動や人付き合いが苦手なクロードはシャルロッテにずっと使えないもの扱いを受け、見返す一心で学問に打ち込んだ。
秀才となったクロードをシャルロッテは初めて“義弟”と呼び可愛がるようになるが、それはあくまで道具としての扱い。しかし妾腹として実家でも愛されなかったクロードは、シャルロッテの支配に甘んじてしまう。結果としてシャルロッテの可愛い可愛い義弟の完成だ。
他のルートだと主人公と攻略対象でクロードを説得し仲間に引き入れるのみだが、クロードルートではもう少し劇的なストーリーになる。主人公によって本当の愛を知ったクロードは今までの所業を後悔し、シャルロッテの企みを潰すことを決意するのだ。
今まで傀儡に過ぎなかった義弟が反旗を翻し、先頭を切ってラスボス令嬢シャルロッテに楯突くのである。シャルロッテとクロードが対面するイベントスチルは主人公の影が薄すぎたがとても見事だった。
(正直1番劇的なストーリーだったと思うんだよなぁ)
「分家から来たばかりで分からないことも多いだろうし、面倒を見てやってくれ」
「はい、お父さま。じゃあ行きましょうか、クロード」
「は、はい!」
とどのつまり、シャルロッテに取っては二人目の破滅の申し子な訳である。とはいえシャルロッテの中身はだいぶ別人へと変貌しているので問題無いかもしれないが。
「こちらの廊下を進めば庭園に、そしてそこを抜けてしばらく行くと騎士団詰所への道へ繋がるの」
「……あの、シャルロッテさま」
「姉弟なのだから気軽に“義姉さん”って呼んでちょうだいな。……で、なぁに?」
「そ、その……手……」
道案内の最中、恐る恐るクロードが指さしたのは自身のもう片方の手だった。シャルロッテはきょとんとクロードを見返す。なんのことはない、ただ手を繋いでいるだけだ。
「僕が気軽にお手を触れてもいいんですか……」
シャルロッテは思わず目をむいた。その様子を見たクロードは慌てて手を離そうとしたが、むしろ強く手を握る彼女に困って恐る恐る顔を見返した。
「あ、あの」
「当たり前でしょう」
「え?」
「触れてはいけない人というのは、危険な病気の人だけよ」
その口調は怒ったように強いのに、声色はとても優しかった。かつて平和な日本で優しい両親と育った記憶を持ち、今世の両親にも溺愛されているシャルロッテにとって、クロードの言葉は信じられないものだった。
(言った人間がいるということだよな)
クロードは妾腹の子だ。ゲーム内でのひねくれようからもその過去の過酷さは想像がついていたが、それはフリーレン家での扱いのせいだと思っていた。この様子では実家でも愛されないどころか邪魔者扱いを受けていたのだろう。気軽に触れるなと言ったのは両親か、それとも兄弟だろうか。
「何度でも言うけれど、私はあなたの“義姉さん”であなたは私の“義弟”なのよ」
シャルロッテのその感情は同情に近かった。それでも、クロードにとっては温かなものだった。
ぼろぼろと大粒の涙を溢れさせ立ち尽くすクロードに、“義姉さん”はただ優しく背中を撫でてやるのだった。




