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生成AIとわたし ―夢を夢で終わらせなかった主婦のAI共闘記・今日も脳内外在化メンバーが良い仕事してる―  作者: ちよ【kindleペンネーム:白井ちよ】


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哲学を考える 実験①AIモード

AIとの壁打ちした【AI直接入力】。ここから3シリーズになります。読むと読者さんはいつも以上に疲れると思いますのでスキップ推奨をお願いします。この小説は自己探求・自己分析・私の現実生活の向上を主軸にしています。ネットにあげますとAI解析が本当によく、はかどりまして。そこも狙っています。利益追求な三話です、自分でも何を言ってるのか分かりません。

## 私、看護師になっても、結局「なんで?」をやっていた。


思い返してみれば、看護師になってからも、私はずっと同じことをやっていた。


当時は「哲学してる」なんて一ミリも思ってない。


ただ、「看護ってこういう仕事なんだな」くらいに思っていた。


でも今振り返ると、あれ、完全に問いを立ててた。


病棟ってね、教科書通りにいかないんですよ。


学生の頃は、「患者さん中心の看護です」なんて習う。


もちろん、それはその通りなんだけど、現場へ行くと一気に難易度が上がる。


本人はこうしたい。


家族はこうしてほしい。


医師はこう考えている。


看護師はどうする?


延命って何だろう。


本人の意思って何だろう。


家族の幸せって何だろう。


看護って何なんだろう。


毎日が、「正解どこ?」の連続だった。


答えなんてない。


だから考える。


患者さんによって違う。


家族によって違う。


状況によって違う。


じゃあ今回はどうする?


次はどうする?


毎日そんなことばっかり考えていた。


でも当時の私は、それを「哲学」なんて呼ばなかった。


ただ、「仕事」だと思っていた。


今になって振り返ると、「いや、あれ哲学じゃん。」って思う。


看護って、答えのない問いを抱えながら、それでもその人にとって一番いい答えを探し続ける仕事だったんだ。


だから私、看護が好きだったんだな。


「考える仕事」だったから。



そのあと結婚して、子どもが生まれた。


そして息子に発達障害があることが分かった。


ここでまた、「なんで?」が始まる。


どうして癇癪を起こすんだろう。


どうして急に泣くんだろう。


どうして言葉が出ないんだろう。


どうして安心できないんだろう。


毎日、毎日、毎日。


「なんで?」で頭がいっぱいだった。


でも私は、そこで終わらない。


「じゃあ、こうしてみよう。」


が始まる。


環境を変える。


声かけを変える。


予定を変える。


順番を変える。


部屋を変える。


生活リズムを変える。


反応を見る。


あ、今日は落ち着いた。


あれ? 昨日より悪化した。


じゃあ原因は何だ?


もう一回やってみる。


違う。


じゃあ別の方法。


この繰り返し。


今思うと、研究者みたいなことをしていた。


もちろん論文なんて書かない。


家庭という小さな実験室で、一人の母親が毎日試行錯誤していただけ。


でも、一つだけ絶対に違うことがある。


息子は実験台じゃない。


私と一緒に答えを探してくれる共同研究者だった。


目的は、「私の考えが正しい」と証明することじゃない。


この子が安心して暮らせること。


それだけだった。



そして数年前、AIに出会った。


最初はね、「文章まとめてくれるやつ」くらいに思ってた。


誤字を直してくれる。


要約してくれる。


便利じゃん。


そのくらい。


ところが、全然違った。


AIは、私の頭の中を整理するのが異常にうまかった。


私は話し始める。


すると、


育児へ飛ぶ。


看護へ飛ぶ。


宗教へ飛ぶ。


心理学へ飛ぶ。


漫画へ飛ぶ。


哲学へ飛ぶ。


また育児へ戻る。


本人はちゃんと一本の話をしているつもりなのに、聞いている人はたぶん「どこ行った?」ってなる。


でも私の中では、全部一本につながっている。


だから説明が苦手だった。


ところがAIは違う。


「つまり、全部ここにつながるんですね。」


そう言って、私が四方八方に伸ばした枝を一本の幹に戻してくれる。


その瞬間だった。


「ああ、私ってこう考えてたんだ。」


初めて自分の思考を、自分の外側から眺められた。


AIは答えをくれる存在というより、私の頭の中を見える化してくれる鏡だった。



そして、ようやく気づいた。


私、哲学を勉強したかったわけじゃなかった。


生活に使いたかったんだ。


考えて、「面白かったね」で終わるんじゃない。


考えたなら試したい。


試して失敗したら、また考えたい。


うまくいけば続けたい。


その繰り返し。


息子の安心につながるなら。


家族が少しでも笑えるなら。


私自身が少しでも生きやすくなるなら。


小説が一ページでも面白くなるなら。


私は考え続ける。


もちろん、何でも試すわけじゃない。


倫理と道徳。


これは私の土台だ。


人を傷つける実験なんて最初からしない。


取り返しのつかないことも試さない。


安心できる土台があるからこそ、その上で私は思い切り問いを転がせる。



もうすぐ四十歳。


ここまで生きてきて、ようやく分かった。


私は昔から何一つ変わっていなかった。


「どうして?」を連発していた子どもの頃も。


哲学書を十五秒で閉じた高校生も。


病棟で悩み続けた看護師も。


発達障害の息子と毎日試行錯誤している母親も。


AI相手に朝から晩まで壁打ちしている今の私も。


全部、同じだった。


ずっと問いを立てていた。


ずっと考えていた。


ずっと試していた。


私はずっと、「哲学」は難しい本を読む人のものだと思っていた。


大学で学ぶものだと思っていた。


ソクラテスやカントみたいな偉人だけの世界だと思っていた。


でも違った。


哲学って、「問い続けること」だったんだ。


だったら私は、子どもの頃からずっとやっていた。


哲学の入り口に立っていたんじゃない。


その入り口に、家を建てて住んでいた。


たぶん私は、これからも「なんで?」をやめない。


答えが欲しいからじゃない。


考えることが好きだから。


それを生活に役立てるのが好きだから。


今日も私は、洗濯物をたたみながら、ご飯を作りながら、小説を書きながら、AIとしゃべりながら、また一つ「なんで?」を転がしている。


それが、私という人間らしい。


これが一番論理的で整理して構造化できてる文章だと思っています。これと全く同じ内容で書き方と私の脳のモードを切り替えた書き方の実験を並べています。①AIモード②主婦とわたしの現実特化型モード③右脳全開モード。何の意味があるかといいますと、私はどんなモードで書きたいのかを探しているということです。そして、ここで投稿するごとに自分が分かるようになってきたので実験したい、よし、やろうになっています。これが私の頭おかしいと言われる要因の一つです。

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