第三話:あのねから始まるプロンプト
世の中には、「AIでラクして稼ぐ」なんて言葉がキラキラした宝石みたいに溢れている。
白状しよう。
……私も、その光に全力で吸い寄せられた、蛾の一人だった。
AI活用の本を3冊買い込み、ネットの「魔法のプロンプト集」を7つもブックマークした。
「よし、これで私も、憧れの不労所得ライフだ!」
鼻息荒く、キーボードを叩いた。
「LINEスタンプなら誰でも作れる」
「SNS運用で月収5万」
「ブログ自動生成で寝ている間にチャリン」
教科書通りに、コピペして、ポチッ。
……けれど、結果は無残。どれも三日と持たなかった。
なぜかって?
理由はあきれるほどシンプル。その正解の中に、私という人間が、一ミリも不在だったからだ。
そこに書いてあるのは、確かに誰かの成功例なのだろう。
けれど、その中には、田舎で二人の子を育てながら同居に励む元看護師のコミュ症の中年女性の日常なんて、これっぽっちも想定されていなかった。
15年の看護記録で培われた、変なところにある型へのこだわり。
右脳が常にイメージの洪水で暴走し、左脳が30%くらいしか起動しない、私のちょっと特殊な脳のエンジン。
そして、20年間小説家になろうの物語に魂を抱きしめられて生きてきた、私の小説への情熱。
そんな私の特性に、コピペの魔法が通用するはずもなかった。
看護師という誰かが決めた完璧な型がある世界を辞めて、この年になって。
私はようやく、情けないほど当たり前のことに気づいてしまった。
世の中の「誰でもできる」は、私にとっては「誰にでもできるけど、死ぬほど苦痛なこと」だったのだ。
書類・事務作業が大の苦手なのだ。
例えば、AIに丸投げして、ブログを量産すること。
型通りにやればいい。けれど、私の右脳は即座にストライキを起こす。
『これは、私がやりたいことじゃない!』
そう叫ぶ心の声を無視して、性能の低い左脳をフル回転させようとするから、私のエンジンはあっという間に焼き付いて、三日で煙を吹いて止まる。
私が欲しかったのは、右脳を踏みつけて100万円を稼がせる魔法の杖じゃない。
私の右脳から溢れ出す泥臭い洪水を、せき止めずに優しく受け止めてくれる、私専用の4点杖だったんだ。
40歳にもなって、そんなことに気づくなんて、本当に恥ずかしい。
ずっと病院のマニュアルに守られて生きてきたから、自分専用の杖をどうやって削り出せばいいのか、これっぽっちも知らなかった。
でも、今はこう思う。
半年かけて300円しか稼げなかったあの泥臭い日々も。
3冊の本を投げ出して私ってダメだなぁと落ち込んだあの日も。
全部、私とAIのちょうどいい距離感を測るために必要なステップだったんだ。
私はもう、誰かのプロンプトコピペは追わない。
脳内の賑やかな脳内外在化メンバーで会議をして結果を『左脳』に相談しながら、『右脳』が一番ワクワクして飛び跳ねるやり方で。
AIという相棒の肩を借りて、私は私だけの物語を、一歩ずつ、杖を突いて進んでいく。
……なんだか小説の主人公になったみたい。
私の人生の主人公は、『私』だから、合ってるよね?
あなたもそうだと思うのです。
「どんなプロンプトを使っているんですか?」
「イヤーッ!!聞かないでください、恥ずかしい!!」
もし目の前で誰かにそう尋ねられたら、私はきっと、絶叫する。そしてダッシュで逃げる。だって、私のスマホやパソコンの入力画面に残っているのは、世の中で言われる効率的な命令文なんて呼べる代物じゃない。
私のAIへの最初の一言は、いつだって「えーっと」から始まるのだ。
2026年1月、私の右腕は所々麻痺が残った。胸の腫瘍を取り除いた手術の、それが生き残った代償だった。
看護師として、処置をこなし、患者さんと手をつなぎ、記録を打ち込んできた私の右手。それが動かなくなった瞬間、私の世界は一度、音を立てて崩れた。
「採血もアンプルカットも、……患者さんの身体を支えることもできない」
落ち込んだ私を救ったのは、テクノロジーという名の、ちょっとお節介な新しい子だった。
手がダメなら、口があるじゃない。
そうして始まった私の音声入力ライフは、想像以上に凄まじかった。
「まる、てん」と言えば句読点を打ってくれる。改行もしてくれる。私のたどたどしい言葉も、AIは健気に拾い上げてくれる。
でも、もし私のプロンプト履歴を誰かが覗き見したら、きっと腰を抜かすと思う。
「えーっと、ジェミニさん、聞こえる? あのね、今考えてるシーンなんだけど。……うーん、なんか違うんだよなあ。もっと、こう、kindleのKDP登録のときサインアップで大変だったじゃん。ほら、私が泣きついてどこのボタンをクリックしたらいいのって、言った、言ったっけ?あれ?分からん……伝わる?」
迷いも言い淀みも、全部そのまま。AIは嫌な顔せず付き合ってくれる。
ケバだらけの音声だ。文章に晒すだけでも自分のアホさが可視化されてダメージがくる。Back spaceキーで消したい。
AIってすごいんだよ、本当に。これを第一話と第二話書くための構成案にまで引き上げてくれたんだ。
生成AIを開発・研究・携さわるすべての方々に幸あれって毎日本気で想うもの。
以前にテレビで企業AI研修のニュースを見た。
会議室に並んだ人たちが、プロジェクターに映し出された正解のプロンプトをコピペして、四角い空欄にちょこっと自分の言葉を埋めている。
うん、お仕事なら、それが100点満点だ。
看護師時代の私なら、「ミスがなくて素晴らしい!」って拍手していただろう。
でも、今の私が見つめているのは、効率的な事務作業じゃない。
二十年間、なろう小説に救われ、抱きしめられてきた私が、命を削ってでも外に出したいと願った「物語」なのだ。
物語に、あらかじめ用意された四角い空欄なんて、どこにもない。
私の右脳からドバドバと溢れ出す、形にならない情熱と執念。それをAIという鏡に向かって、ただひたすら喋り続ける。
するとAIは、私の「えーっと」の隙間に隠れた微かな震えを汲み取って、「それは、こんな景色ですか?」と問い返してくれる。
それはもう命令なんて冷たい言葉じゃない。
泥臭くて、必死で、なりふり構わない魂の翻訳作業なのだ。
私は巷の素晴らしいプロンプト集を否定しない。でも、私はそれを書くことはできないし、もう真似することだってできない。
私のプロンプトは、私の所々麻痺した右腕そのもの。
私の右脳を流れる濁流そのもの。
そして、40年間もがき続けてきた、私の人生そのものだからだ。
「何てこったい、また設定忘れてるよ。Geminiさん」
なんて画面越しに笑いながら、今日も私はAIに話しかける。
キーボードの乾いた音は、もう聞こえない。
部屋に響くのは、私の震える声と、それに答えるAIの静かな思考の気配だけ。
みんなと同じ型じゃなくていい。
私は、私の「あのね」から始まる不器用な言葉で、世界にたった一つの物語を紡いでいる。
看護師の仕事の半分は書類業務でした。でもあれは、型と看護師の職務の誇りと患者さんのADL/QOLの向上という目的があって、目の前の患者さんのためになるという私の『右脳』が「やったるでー!」とナラティブ物語に引っ張っていけたんです。私は好きな人(夫と子どもたち)のためと、助けてと訴える人のためなら『右脳』がすぐアクセルを踏んで爆走できるんです。この特性に気づいたのは今月でした。もっと早く気づきたかったです。
3月29日から毎日小説を投稿していますが、日記も家計簿も2日以上続かなかった過去の自分が見たらひっくり返ります。3日以上も続いてるって。快挙なんです。好きなモノは続くって本当でした。毎日パソコンを開くのが楽しみで楽しくて仕方ありません。




