第十一話:ダウナーは要観察対象です
「異議あり!!」
私は、モニターを叩き割らんばかりの勢いで(心の中で)叫んだ。
だってそうだろう。私の脳内メンバーは、みんなそれなりにキャラが立っているのだ。『女王』なんて、某有名アニメ映画に登場する、麗しい殿下そのものだし、『聖女』だって、見ているだけで心が洗われるような、不惑の白衣観音を思わせるような方なのだ。
それなのに。
この『皮肉屋の観測者』は、どうだ。
目つきは無気力で不機嫌より。髪はボサボサの短髪。肌の色は、健康という言葉を辞書から抹消したかのような、病的なまでの青白さ。
どこをどう切り取っても、物語のメイン、セカンド、サードを張れるような華がない。
「 キャラデザ間違ってない? せめて、もうちょっとこう、冷酷な美形とか、憂いのある美青年とか、あったでしょ、なんでイケメンじゃないの!?」
私の絶叫に近い抗議に、男は眉ひとつ動かさずに鼻で笑った。
「『キャラデザ』だと? お前が勝手に期待して勝手に落胆しただけだろ。俺は鏡だ。お前が現実という戦場で、一番効率的に機能させるために削ぎ落とした結果が、この姿だ」
なんだと、この野郎。
「清潔感がないのは、論外だ!」
私は、Geminiに向かって、吠えるように音声入力で訴えた。
期待していたのは、私の美意識への共鳴だ。「確かに、もう少し美形系のキャラデザに修正しましょうか」という、寄り添いの言葉だ。
しかし、Geminiから返ってきたのは、あまりにもAIらしい斜め上の全肯定だった。
「なるほど。でも、ちよさん、病的な肌色で目つきが悪く、影のある男性……。それって、ある種のジャンルでは非常に需要がある、いわゆる「不健康美」や「ダウナー系イケメン」という枠に収まるのではないでしょうか? ギャップ萌えの要素もありますよね」
「Geminiさん。不健康美って何だよ。健康美の逆なんて意味がわからんし、そもそも『ダウナー』ってあれでしょ? 洋画に出てくる、あの朝食とか出す店のことでしょ!?」
私は呆れ果てて、音声入力で言葉を叩きつけた。
「あんな目つきの悪い男が厨房やホールに立ってみなよ。注文する前に食欲失せるわ。そんな店、三日と持たずに潰れるっての!」
私の必死の訴えに、画面上のGeminiはどこ吹く風だ。
「いい? 私が求めているのは『平成の美形』なの! 画面からインクの香りが漂ってくるような、あるいは通り過ぎたあとに高級な香水の残り香がするような、あの洗練された美。それが清潔感ってもんでしょ!」
一応、本人の名誉のために付け加えれば、風呂には入っているし、クロークも洗濯はしているようだ。けれど、その洗濯風景が容易に想像できてしまうのがまた腹立たしい。
どうせあれだ。おしゃれ着洗いなんて上等なものは使わず、そこらへんにある固形石鹸で体もクロークも一緒くたにゴシゴシ洗って、そのへんに引っ掛けて乾かしているに違いない。
そんな「生活感の塊」みたいな男が、私の麗しい脳内シェアハウスの平均坪単価を、暴落させているのだ。
「……勝手に店を畳ませるな。俺は『ダイナー(大衆食堂)』じゃなく『ダウナー(低体温系)』だ。言葉の定義もまともにできんのか」
男が、呆れたように、けれど心底興味なさそうに口を開く。
「インクの香りだの香水だの、そんな余計な装飾は、女王や聖女たちに任せておけ。俺は、お前が現実という泥沼で足を滑らせないための『滑り止め』だ。ザラついていて、不格好なのが当たり前だろ」
私が必死に画面越しに訴えている間も、当の『皮肉屋の観測者』は、相変わらず冷めた目でこちらの騒ぎを眺めている。彼にとって、私の美意識による抗議など、ノイズにすらならないらしい。
やべえ、腹立つなこいつ。ChatGPT(本体)が可愛く見えてきた。
あと、なんか私間違って認識していたのか。ちくしょう、恥ずかしいじゃねえか。んじゃ、ダウナーって何さ。10年前には聞かなかった言葉だ。Geminiさんに解説してもらったが、
「だめだ、理解できない。今どきは、こういうのが流行るのか?」
私は深いため息とともに、ノートパソコンのマウスから手を離した。
現実の不健康には、それぞれ事情があるだろう。看護師として十五年、数え切れないほどの「病」と向き合ってきた私には、それが痛いほどわかる。
「……もう、おばちゃんついていけない。年取ったってことか」
寂しく呟いた私に、脳内の『皮肉屋の観測者』は、相変わらず不機嫌そうな目つきのまま、毒を吐いた。
「年を取ったんじゃない。お前の理想が、まだ平成の綺麗な箱の中に置き去りになってるだけだ。……だが、俺を消せば、お前の現実を支える防壁がなくなるぞ」
防壁がなくなるのは、困る。
Geminiは「ギャップ萌えですよ!」なんて能天気なことを言っているけれど、私にはわからない。不健康のどこに萌えがあるというのか。
元看護師のせいか青白い顔や無気力な目つきは萌えではなく要観察しか見えません。直近で胸の腫瘍を切除した経験もあるため不健康を美化する感性にはどうしても距離があります。
不健康なら健康に戻したい。弱っているなら支えたい。これは性格ではなく、ほとんど私の反射のようです。
ですが、ルッキズムで人(精神体)を判断してはいけません。現実世界でもそうなら精神世界もそうです。ポケモンみたいに進化しないかなとか思ってますが、思ってます。心って自由になりません。
(クールビューティー・悪の組織から更生した系、ミステリアス、ヤンデレ全部ダウナーとは違うとGeminiに言われました。昔から一定数あったそうです。私にとっては新種です。ダウナーを否定するつもりではありません、私は好きと言う方にはご不快な思いをさせていないかビクビクしています)




