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第十三話 大罪人②

「あれ?」


 覚悟した痛みの不在に、ノエルは素っ頓狂な声を上げた。いつのまにか、振り下ろされた木剣と迫った死期は遠のいて、目の前には転がる三つの身体。アーなんとか、名前も知らない生徒、そして、


「ラッセルさん?」


 なによりもまず、ノエルは男の生死を心配した。顎を上げて倒れている様は、完全に意識を手放してしまっている証だ。確かめると、案の定、ラッセルは白目をむいて気絶していたが、呼吸は規則的なものだったので、彼はひとまず安堵した。


「しかし、ラッセルさんがどうしてここに」


 アーにここまで引っ張って来られ、剣術の稽古という名目でしごかれることになり、何故か彼が逆上して――記憶を辿ってみても、ラッセルがこの場にいる理由は見つからない。


 ――というか、これ、一昨日と同じ状況だ。

 路地裏の果てで起こった出来事を思い出して、ノエルは戦慄した。あの時もそうだった。夜天と月と黒々とした路地裏。死の間際に立たされた直後、気付けばすべては終わっていて、自分だけが立っていた。


 ――首飾り。


「おい」


 突然の声に、ノエルは驚いてひっくり返った。


「なにをふざけてやがる」


 声の主はアーだった。地面に転がっているから、てっきり彼も意識を失っているものと思い込んでいたが、どうやらそうではなかったようだ。彼は絞り出すような声音で、


「てめえ、本当にノエルなのか?」


「え……」


「てめえがラッセルを伸すなんて、そんなことがあるのか?」


「僕がラッセルさんを……?」


 傍らで気を失う彼を見る。堂々たる体躯。学院でも最高と謳われる帝国剣術の使い手。何より恐れを知らぬその気性。無理に決まっていた。

 ノエル・フォーチュンであれば。


「くそ、つえーならつえーと先に言ってくれよ」


「え、いや、もしかして、君も?」


 問うと、アーはきょとんとした。それから、突然に笑いだした。笑うと何処かが痛むのか、苦し気に、「意味分からんねえ」


 こっちの台詞だ――そう言えなかったのは、何となく、ぼんやりと、輪郭を掴みつつあったからだ。一昨日と今。迫った危機といつの間にか倒れていた敵。そして、アーが向けた身に覚えのない因縁。


――もしかして。

――でも、そんなことが。


「くそ、まるでさっきまでと別人みたいだな」


 愕然とした。

 ノエルは一刻でも早くこの場を去りたいと心の底から願った。幸いにも、事態の発覚を嫌ったアーがこのままでいいと言うので、ノエルはすぐに離れることができた。一目散に自室へと向かう。もう調べ物をする必要はない。こんなもの、存在が知られているなら、学院に通う自分が知らないはずがない。

 意識を、身体を奪う魔具など。

 部屋に着くなり、ノエルは首飾りを外そうとした。


『まあ待て。幸運なるものよ』


 声が聞こえた。男の声だった。


「誰!?」


『私だ』


 私って誰だ。声に出すより早く、ノエルは推量した、してしまった。恐る恐る、手に掛けた鎖の先、翠玉の輝きに視線を落とす。


『そう。私だよ、幸運なるものよ』


 よくよく注意して聞けば、音がこだましているのは頭の中だ。まるで、もう一人の自分が思考している声を聞くような。


『はじめまして、ノエル。幸運なるもの、運命の子よ』


 動けなかった。首飾りを外してしまえば、声は聞こえなくなるのかもしれなかったが、行動に移せなかった。頭のてっぺんから足の指の先まで、ノエルは恐怖に支配されていた。


『あらかじめ言っておくが、私はお前を二度助けた。お前が私をどう思おうが勝手だが、それなりに礼を尽くしても罰は当たらないと思うぞ』


 二度、といえば思い当たるのは。


「あ、あなたが僕の身体を操って?」


『ああ。お前の身体を借り受けたのだ』


 追手やアーやラッセルを倒したのは自分ではなく、自分の身体に宿った誰か。その推測はやはり間違っていなかったらしい。言葉はともかく、得意げな素振りも見せないことから、声の主にとっては造作もないことだったに違いない。


「そ、そのことは、礼を言います。ありがとうございました」


『うむ、礼儀正しいのは良いことだ』


 満足したような声音が、ノエルの背筋を撫でる。


「は、はい。つかぬことを聞きますが、あなた様はやはり、この首飾りに」


『ああ。それは私の魂の器だ。私そのものと言い換えてもいいだろう』


「魂の器」


『時に、ここはテンプラム帝国で間違いないか?』


 ノエルは一瞬だけ、声に正しい情報を与えていいものか、悩んだ。が、悩んでいることを悟られてしまったら、あるいは嘘を付いたことがバレたら、そう思うと、正直に答えずにはいられなかった。


「はい。ここは帝国の王都、アウローラです」


『王都アウローラ?』


「はい」


『ふむ。まあそういうこともあるか。して、お前たちは何者なのだ? 魔術師風に見えるが、私の知る限りここまで大規模な研究機関はアウローラにはないはずだが』


「ま、魔術師見習いです。一応」


『というと、ここはガートルード学院なのか……?』


「えっとはい。今は王立第一魔術学校と名を変えていますが」


 おおおおおお、と声が唸った。


『お前のように情けない奴が学院生!!』


 その驚きように、ノエルは「すみませんすみません」と虚空に向かって頭を下げた。殺されたくはなかった。落ちこぼれであることを生涯で最も悔やんだ。


『いや、謝る必要はない。しかし、あの学院がまさかここまで落ちるとは。俺ですら門前払いだったというのに。となると、今は何年なのだ。学院の質の低下を考えれば、数百年では足りぬと思うのだが』


 ノエルが聖暦――聖教に由来する、もっとも一般的な暦――を教えると、声は悲劇を演じる名優の調子で愕然とした。


『たった、たった四百年でここまで……!!』


 四百年前というと、ちょうど第一次革命期のあたりだ。魔術師たちが氾濫し、魔具が廃れていく、まさにそんな時代。


『四百年。四百年か……」


 しばらく、耽るような沈黙が続いた。六十年、七十年も生きればかなりの長生きで考えると、四百年というのは長い。たったとは言ったが、思うところがあるのだろう。


『まあ良い。あまり近過ぎても、遠過ぎても、学ぶのに困ろう』


「学ぶ、のですか」


『優れた魔術師とはいつの時代もそうあるものだ』


 それはもっともだった。ノエルが世話になっているモールディング教授も、生涯学ぶことの大切さを説いていた。今も昔も、変わりない心構えといったところか。


 ――しかし、優れたか。


 ノエルは決死の覚悟で口を開く。


「つかぬことをお聞きしますが」


『なんだ』


「今、優れた魔術師とおっしゃいましたが」


『疑っているのか?』


「いえいえ」大慌てで否定して、「ここは帝国一のガートルード学院ですから、あなた様が優れた魔術師であるならば、そのお名前を伺えば色々と資料から知ることができるのではないかと思いまして」


 悲しいことに三下家臣役が板についてきた気がする。


『私のことを知りたいと』


 声はまんざらでもないようだった。ノエルは「はい」と頷く。


『まあそうだな。名を教えればすぐにでも調べが付くだろう』


「それほどまでに」


『ああ。おそらくだが、それなりに有名なはずだ』


 ではぜひに、ノエルがへりくだって促すと、声はふふんと自慢げに鼻を鳴らし――どこを鳴らしているんだ?――もったい付けるような間を挟んでから、それなりどころではなく有名な、その名を告げた。


『我が名はサイモン・クロウリー。大罪人だ』

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