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第十二話 下剋上

 ノエルが一閃を避けたようにも、一閃がノエルを避けたようにも見えた。

 兎にも角にも、木剣は目標を外れて、むき出しの地を叩いた。一瞬の間。見守っていた男がほっと胸を撫で下ろす。が、当人からすれば、外す気も外した気もないのだから解せない。


「あ?」


 状況を把握できず声を洩らすアー。その背後で、一言。


「危ないではないか」


 アーが振り向く。ノエルは構えからほど遠い自然体で、剣先を下に向けている。戦う意思がないのは明らかで、それがまた、アーの怒りを逆撫でした。


「てめえ」


「む、もしや昨日……、いや今日の?」


「死ねよやてめえ!」


 力任せの切り上げがノエルを襲う。もちろん、そんなものが‘今の’ノエルに当たるはずもなく、彼は後ろに一歩引いてやり過ごした。依然として剣先を上げるつもりはないようで、


「だから危ないと」


「うるせえ!」


「おいノエル。お前もあんまり挑発するんじゃねえよ!」


「知らん。私はただ危ないから危ないと告げているだけ」


 男は頭を掻いて、これはもう止めるしかないと判断したらしい。アーに駆け寄って、なだめ木剣を離させようとする。が、一触即発の、というかもう即発してしまっていたアーは、それに対して、自動的に迎撃した。すかん、と小気味良い音が鳴って、男はぱったりと後ろに倒れてしまった。


「仲間を打つとは」


「うるせえよ」


「はあ。最近の餓鬼は足りていないのだな」


 言葉に反応して、アーが飛び出す。莫迦の一つ覚えみたいな振り下ろし。落ちこぼれ相手に複雑な技を掛けるのが癪なのか、あるいはそれ以外に技を知らないのか。


「全く、足りていない」


 ノエルが動く。今度は避けるのではなく、振り下ろすよりも早く、アーの懐に入った。木剣を浅く握り、柄で腹を突く。衝撃に、アーが口からうめき声を洩らした。ノエルはそのまま脇を抜け、今度は膝裏を叩く。


 苦悶の声を上げて、アーが崩れ落ちた。


「帝国剣術か、ふむ。やはりここはテンプラムなのか」


「な、に……をっ……」


 息も絶え絶えになりながら、アーが睨む。しかし、もう立ち上がることもできないようで、ずりずりと、地面に身体をこすりつける様は威嚇にもなっていない。


「向こうっ気だけは一人前のようだな……む?」


 ふと、ノエルは何かを予感したように、来た道に視線を向けた。研究棟の壁と、木々とのあいだ。すると、数秒して、大きな人影が現れた。

 リチャード・ラッセルだった。

 彼は惨状に気付くと、駆け寄ってきて、


「どういうことだこれは!」


「見ての通りだが」


 アーは蛇のようにのたうつばかり、もう一人は完全に気を失って仰臥している。そしてノエルの手には木剣、となればラッセルの出せる結論は一つだ。


「アデール嬢に言われて来て見れば。ノエルよ。何があったかは知らぬがやり過ぎであろう」


「火の粉を振り払うのに加減がいるのか?」


 その発言に、ラッセルは言葉を呑んだ。


「おぬし、ノエルよな?」


「ああ、私はノエルだ。そいつに、そこで蛇の真似をして遊んでいる男に、帝国剣術の稽古をして欲しいと言われたから、付き合ったまでのこと」


 ラッセルはその言葉ですべてを察したのか、アーに険しい視線を向けた。だが、もう一人の男の方に目を向けて、「にしても、これはやり過ぎだ」


「それは俺ではない。勝手に気絶したのだ」


「そのようなことがあるか」


「あったのだから仕方ない」


 ノエルはそれきり口をつぐんだ。ラッセルは疝痛を我慢するような表情で、


「ノエルよ」


「ええい、やかましいな」ノエルはアーの傍らに転がっている木剣を拾うと、ラッセルへ投げた。「分かった。これで解決しよう」


「なにを」


「お前が勝てばお前の言い分を認めよう。だが、私が勝てば、今後一切、そのお節介を私に向けないでくれ」


 さしものラッセルも、これには気分を害したようだ。彼は黙り込んだまま木剣を構えた。上段。右肩の上に木剣を置く、暴れ牛の構え。一部の隙もないそれは、嵐の前の静けさを予感させた。


「ノエルよ、それはなんの真似だ」


 かすかに怒気をにじませて、問う。


「構えだよ」


 ノエルはそれだけ答えると、にまりと笑った。右手は柄、左手は添えるようにして木剣の半ば。顔の横から、斜め下に剣先を向けた構えだ。全く奇怪なそれは、もちろん帝国剣術の影も形もない。


「いつでもいいぞ」


「……では行くぞ」


 先手を打ったのはラッセルだった。身体の大きさからは考えられない俊敏さで踏み込み、木剣を振り下ろす。似ているが、アーのそれとは決定的に違う。元より帝国剣術は、対外戦争によって一兵卒の中で育まれた剣術であり、ゆえに根底には単純明快を美徳とする思想がある。ラッセルの一撃はまさにそれを体現するもので、そういう面でも優れた帝国剣術の実践であった。


 ノエルは一歩引きながら対応した。左手を離し、右手の返しだけで木剣を回して、一体どこで踏ん張りを利かせているのか、ラッセルの剣を弾き上げる。


「ぬお!」


 木剣が翻る。がら空きの胴体を狙って、ノエルは水平に木剣を滑らせた。ラッセルは慌ててそれを受ける、が、体勢が整うよりも早く、まるで受け止められるところまで織り込み済みだったとばかりに回し蹴り。


 顔面の高さに飛ばされた蹴りを、ラッセルは防ぐことも避けることもできなかった。もろに喰らった。二、三歩とよろけ、しかし気合と根性で構え直す。


「ふうむ。悪くはないな」


 ノエルの方はといえば、もう構えてはいない。だらんと両腕を垂らし、木剣もその一部とばかりに地に付けている。


「が、良くもない」


 ラッセルが吼えた。下半身に獰猛な力が宿り、地を蹴り出して、ノエルに迫った。 

 その眼前に木剣が投げられた。

 彼はいとも簡単にそれを払ったが、その時にはもう、ノエルの姿は消えていた。


「悪いね。剣より身体を動かす方が得意でね」


 体躯の差を生かして懐に潜っていたノエルは、すでに一撃をぶちかます寸前だ。左手は拳、右手は掌、合わせた両腕は棍のごとく。十八番の肘打ち。

 巨漢がはじけ飛んだ。

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