15.奈落の底で
オルディナが完全に倒れたことを見届けて、わたしは振り返る。
「ルーク!」
振り返ると、さっぱりした顔のルークがいた。
色々わかっていたけど、信じられなかった。
「ルーク! ルークだ! 体は大丈夫なの!?」
「あぁ」
「よかった!!」
短い返事だが、不調はなさそうだ。
わたしは気になっていたことを聞くことにした。
「呪いは、全部消えたの?」
ルークは頷くと続ける。
「あの黒龍を仕留めたときに、俺に取り憑いていたあいつの眷属と一緒に消えたみたいだ。
知の女神の言っていたのは、あの三頭の狼じゃなくて、黒龍の方だったみたいだ」
「えぇぇ!」
今まで気がつかなかったけれど、言われてみれば、そうだ。
わたしが驚きと共にルークを見るけれど、ルークは肩をすくめた。
ボス部屋みたいなところにいたし、すっかりあの三頭の狼のことだと思い込んでいた。
また地鳴りがした。
今度は、地響きと共に地面が割れ、いくつかの足場が闇の底に落ちていく。
「う、わっ」
思わずバランスを崩して倒れそうになったところで、ルークに手をつかまれ、なんとか態勢を保つ。
わたしはそれで倒れずにすんだけれど、オルディナの体が谷底に落ちていった。
「あ! オルディナが!」
その時だった。
暗闇から勢いよく飛び出してきた黒い蛇が、オルディナの上半身を飲み込んだ。
「ヴヴスナ、私にも半分残しなさい」
「モチロン」
どこからか聞こえた声に、黒龍は身を翻すと、今度は下半身をくわえる。
ヴヴスナ、という名には聞き覚えがあった。
アペルのダンジョンで出会った黒蛇である。
不気味だが、色々助言となる言葉をくれた蛇だ。
ヴヴスナは、ちらりとわたしたちの方を見ると、何も言わずにオルディナの体を加えたまま再び暗闇へと消えていった。
「なんだったんだろう」
「さぁ。けど、あまり関わらない方がいいたぐいだろうな」
「そうだね」
ヴヴスナは、邪魔をするなら容赦をしないという意思をその瞳に宿していた。
関わらない方がよいという判断には賛成だった。
また、地面が揺れる。
「地震、やまないな」
「出口は……」
辺りを見回すと、ここに降りてきた入り口の周辺は、特に崩れ方が酷かった。
今いる場所からだと、いくつかの深い割れ目を渡る必要がある。
落ちる覚悟もしないとたどり着けそうになかった。
ルークもわたしの視線に気がついたのか、無理だな、と一言でぶったぎった。
「他に出口を探すか」
「それが、いいか――も!?」
再び地面が大きく揺れた。
今度は先程の比ではなく、激しく長い。
わたしは体勢を崩してよろめいた。
「おい、リリ!」
つないだままのルークの手に力がこもる。けれど、そういうルークも態勢を崩している。
長い揺れの後、どうやらわたしたちが立っていた足場が崩壊したようで、二人とも中空に投げ出された。
「お、落ちてるー!」
「そうだな」
「なんで落ち着いてるのー!?」
言い合いながらも、なんとかする手段を探す。
でも、思い浮かばない。
この空間に底があるのかもわからず、ひたすらに落ちていく。
突然、ふわりと体が浮いた。
「え、え!?」
そして信じられない人を見つけた。
「ローギウス神!」
「は!?」
目の前に現れたのは、わたしに加護をくれたローギウス神だった。
ルークも驚いた声を上げている。
「やぁ」
ローギウス神は出会った時と変わらない。
長い白髪を肩口で一つに束ねた、赤い瞳の青年の姿を取っている。
あの時は、名を知らなかったけれど、今はもう、知っていた。
「君たちにお礼とお別れを言いにきたんだ」
「え!?」
お礼と、お別れ?
どういう意味だろう。
そういえば、オルディナも「旧世界の神が消えれば、また、新しい世界が始まるのは道理」なんで難しいことを言っていた。
「世界を支えていた母神が亡くなられたからね。
ここで世界が終わるんだ。
私は変化のない毎日に飽きていたし、誰かの思惑の中で生きる必要もなくなる。
ヨールは死んでしまったけれど、それもまた一つの解放だからね。
君のおかげだ」
そういってルークを見る。
けれど、ヨールとは誰だろう。
「ヨールって?」
「母神に食らい付いていただろう?」
「え!?」
そう言われて思い出すのは、母神に食らい付いていた黒龍のことだ。
隣にいるルークの顔が青白くなり、ひざまずく。
「ご子息とは知らずーー」
「あの子のことを解放してくれたことは、感謝してるんだ。私だけではヨールは封じられたままだっただろうし。
あの子が世界を恨んでいたのは仕方ないし、そのために許されないこともしてしまった。だから、君のことは恨んでいないよ」
「……はい」
うなだれるルークから、ローギウス神は視線を外すとわたしの方を見た。
「あぁそうだ。リリは、世界が生まれ変わるとしたら、どんな世界を望むのかな?」
「え!?」
「これから世界は終わる。
私としては、このまま終わってもいいかとも思っている。
けれど、リリが望むなら、願いを聞いてあげたいとも思っている。
そっちの彼に宿る力があれば、新しい世界を始められるけど、どうする?」
「それは、もちろん、新しい世界になって欲しいです!」
わたしの答えにローギウス神は頷くと、問う。
「じゃあ、どんな世界であって欲しい?」
「みんながいて、あと、ダンジョンがあれば」
「ダンジョン?」
「だって、わたし、せっかく冒険者になったのにほとんどダンジョンに入れてないし」
「あぁ、私の加護のせいか。みんなというのは」
「ルークがいて、師匠がいて、ギルドのみんながいて、」
「今いる人たちはそのままでいて欲しいということだね。けれど、亡くした人は戻らないよ?」
「……はい」
そっか、それは変わらないのか。
ローギウス神はルークの方を向く。
「君は希望はある?」
「リリと同じです」
「欲がないね。二人とも世界で最強になりたいとか、世界の支配者になりたいとかないの?」
ローギウス神の問いに、わたしは首を横に振る。
ルークも同じだ。
「ふぅん。まぁ、そういうのも嫌いじゃないけど。それじゃ、君に宿る力を貰っても?」
ローギウス神の問いに、ルークは恐る恐る頷く。
「大丈夫。私はオルディナと違って乱暴者ではないから、力をもらうために君を殺したりはしないよ。君の同意は必要だけどね。拒否はしないだろう?」
そうして、ローギウス神はルークに手を前に伸ばすようにいい、手のひらを合わせる。
二人の体は少しの間輝きを放っていた。
「これで、終わり」
その言葉とともに、ローギウス神がルークと手を離す。
ルークにも変化はないようだ。
「さて、では私は行くよ。
君たちと新しい世界で、また会えることを祈っている。
それじゃ」
そう言い残して、ローギウス神は姿を消した。
ローギウス神が消えても落下は止まっているけれど、それ以外は前のままだ。
そうして、あたりを見渡して気づいた。
「あー!
ローギウス神に地上に戻してくださいってお願いすればよかった!!!」
地下にわたしの叫びが響いたけれど、ローギウス神は戻ってくることはなかった。




