14.オルディナ戦
わたしは、師匠に言われたとおり、全速力でダンジョンの底へと向かった。
階層を降りるたびに、地面の揺れは激しくなっていく。
この揺れがルークが戦っている余波なら、揺れが激しいってことは、ルークがいる場所に近づいているということだよね。
目標があるからか、何も知らずに先に進んでいたときより、進む速度は格段に速くなる。
そして、何度も階層を降りて、わたしはそこにたどり着いた。
「ここで、いいのかな」
もとはボス部屋だったのかもしれないが、今は何もいない。
中央の床に、大きな穴があいている。
その表面は、これまで通ってきたダンジョンの壁とは違い、土がむき出しになっている。
規模は違うけれど、以前、岩山のダンジョンの狭間に落ちたときに、わたしが作った通り道みたいだった。
ここまで来るのに消耗した体力を回復するために、一旦、回復薬を飲んで、装備を確認する。
ミアとメイサさんに作ってもらった加護を抑える装備は、地上で外したっきり装備していない。
ここから行くところでも、外したままの方がいいだろう。
「よし、行こう!」
そして、わたしは穴に飛びこんだ。
* * *
飛び込んだ穴の先は、岩肌が剥き出しの広い空間だった。
以前落ちた岩山のダンジョンの狭間に似ている。
違うのは、どこまでも続く見通せない空間の先から、地面の揺れと共に、何かの破壊音が聞こえていることだ。
何が起きているのだろう。
そう思っていたところで、一際大きく、長く地面がゆれた。
わたしは、嫌な予感がして、さらに足を早めた。
そして、そこに辿り着いた。
「なに、これ」
目の前には、到底現実とは思えない光景が広がっている。
地の底にあるなんて思えないほどとても広い空間の中央に、巨大なクリスタルがあった。その中心に、とても美しい女性が眠っている。
その女性は人間や巨人族よりもはるかに大きく、これまでみた誰よりも綺麗で、まるで女神様みたいだった。
女神様が眠るクリスタルを突き破り、火山のダンジョンで見た黒龍が、女神様の喉元に噛み付いている。
その黒龍も、女神様に食らいついたまま、事切れているようだった。黒龍の腹は裂け、喉元が切り裂かれている。
黒龍の足元に人影が倒れているのが見え、わたしは駆け寄った。
「ルーク!」
最後に見た時に覆われていた文様は、消えていた。
いいことなんだけど、ルークの体は傷だらけで、呼吸は薄い。
わたしは、手持ちの回復薬をルークの口に突っ込み、血を流している箇所にもふりかけた。
その間も、地面は揺れている。
回復薬を飲ませたおかげか、ルークの呼吸は落ち着いたけれど、目覚める気配はなかった。
「ほう、最後の力を使い、使命を果たしたか」
聞いた覚えのある声がして、はっと顔を上げると、お父さんとお母さんに酷いことをしていた壮年の男が近づいてきていた。
最後に見た時はお腹に穴が空いていたけれど、今はさらに右腕を失っている。
片腕をなくしているが、男がここに居るという事実に、最悪の想像をする。
師匠は無事だろうか。
しかし、それを問う前に、男は続ける。
「またお前か」
男は上機嫌に笑い、その不気味さにわたしは鳥肌が立つ。
「我は今最高に機嫌が良い。だから、教えて置いてやろう我が名はオルディナ。新世界の神となるものだ」
「新、世界……?」
「旧世界を支えていた神は、そこの黒龍がトドメを刺したのだろう?
旧世界の神が消えれば、また、新しい世界が始まるのは道理」
なにを、いっているのだろう。
話している間に、地面が小刻みに揺れ出した。
「さぁ、そこをどけ」
オルディナがいう。
その視線の先には、ルークの姿があった。
嫌な予感がして、オルディナに飲まれかけていた意識が正気に戻る。
「何をするつもり!?」
「ソレに宿った力を我に取り込むことで完成するのだ。
その後も、我が眷属の器として、新世界でも役に立ってもらわねば」
つまり、それって、また、ルークがルークでない状態になって、この男の手下になるということだろうか。
とても、腹が立つ。
人を、何だと思っているのだろうか。
「そんなの、許さない!」
「許さない、とはどういうことだ。
我に、お前が命じるというのか」
オルディナはそういうと、大声で笑った。
そして、無事な左手を掲げる。
「滅せよ」
「っ」
呪文を紡ぐ暇もなかった。
オルディナからの破滅の一撃が、わたしに迫る。
避ければ、ルークに当たってしまう。
「《風牢》!」
咄嗟に出た呪文でオルディナからの攻撃を受け止める。
《風牢》は、オルディナの攻撃を受け、たわんで弾けた。
オルディナの攻撃の余波に吹き飛ばされそうになるが、なんとか耐える。
土煙が落ち着くと、オルディナがさっきと変わらぬ様子で立っているのが見えた。
オルディナの方は、わたしに攻撃を防がれたのが不思議だったのか、何か思案するようにこちらを見ていた。
「そういえば、お前はローギウスの加護持ちであったな」
納得するようにつぶやいているが、わたしの方はそれどころではなかった。
どうすれば、あいつを止められるだろう。
《風牢》では、攻撃を受け止めることはできなかった。
でも、相殺はできていた。
そこまで考えたときに、大きな地響きがして、地面が割れた。
クリスタルの中の女神は、喉元に食らいついた黒龍ごと、存在が解けていく。
「ふむ、時間がない、か」
「何、これ」
「古き神が滅び、世界が安定を失ったのだ。そんなこともわからぬのに、よく私に逆らおうと思ったものだ」
オルディナが追撃してくる。
わたしは、今度も《風牢》で防いだ。
本来なら《風牢》は攻撃を受けてもこちらが解除しない限り溶けないのだけれど、オルディナの攻撃に対しては相殺して消えてしまうから、次の弾を用意しておく。
「《火炎撃》!」
詠唱を省略でき、一気にたくさんの数を発現可能な《火炎撃》を最大限用意して、《風牢》が消えるのと同時に打ち込む。
いくつかはオルディナの追撃と相殺。
よし、これは思った通りだ。
そのまま、残りの球もオルディナに届くかと思った。
だが、オルディナに届いた《火炎撃》は、オルディナが次弾を用意していたために、そちらと相殺されてしまう。
「ひねりがない」
「そっちだって!」
オルディナだって、わたしと同じようなことをしている。
向こうの狙いはルークだから、ルークの側を離れるのは危険だ。
できるのは、向こうの攻撃を防ぐか、こちらから攻撃するか。
攻撃は、相殺される。
でも、オルディナの対応が追いつかないくらい攻撃を撃ち込めば、何かは届くかもしれない。
つまりは、物量戦だ。
「《火炎撃》連撃!」
「それしかできんのか」
オルディナの悪態に答えず、ひたすらに撃ち込む。
できるだけ絶え間ができないように。
最初は余裕の表情だったオルディナも、わたしが浴びせる《火炎撃》のせいで、次第にその表情から余裕が抜け落ちていく。
無作為に撃ちだしているから、オルディナから《火炎撃》が地面をえぐり、土煙が煙幕のようだ。
それでも打ち込み続け、とうとう、土煙の先に人影すら見えなくなったところで攻撃をやめた。
「終わったか」
荒い息をつくわたしに、オルディナの声が、すぐ近くで聞こえた。
「!?」
「あれだけの量の魔術の展開は見事といっていいかもしれんが、それで目標を見失うなど笑止。
いい見物だった。
己の愚かさを後悔しながら散るがいい」
土煙の先から、ぬっとオルディナの腕が突き出てくる。
その手のひらには、オルディナの神力の塊が発動寸前の状態で握られている。
《風牢》は、間に合わない。
何か、防ぐ方法は――!
その時、突然後ろに引っ張られ、ひゅん、という音と共に目の前を銀閃が光る。
「うがぁっ」
オルディナの腕が飛び、神力が飛び散る。
悲鳴にかぶせるように、聞き覚えのある声が怒鳴る。
「リリ、今だ!」
久しぶりに聞くルークの声だった。
わたしは反射的に、体勢を立て直すより先に使い慣れた魔術を放つ。
「《風刃》」
放たれた風の刃が、煙幕の様に舞っていた土煙を切り裂き、正面に迫っていたオルディナに吸い込まれるようにぶつかる。
「なん、だと……。こんな、ところで――
人間、などに我が野望が――」
致命傷だった。
オルディナは、自分の身に起こったことが信じられず、呆然としているようだ。
わたしの放った《風刃》は、綺麗にオルディナを両断していた。
オルディナの目が、こちらを向き、怨嗟の声をあげる。
「ゆるさ――」
だが、オルディナが言い終わる前に、追撃を叩き込む。
そして、とうとう完全にオルディナは動かなくなった。




