6.ギルマスの判断
モーゼスさんに、連れてこられたのは、入ったことのない応接室だった。
中に入ると、前入った部屋と同様に応接セットが置いてある。
そこでモーゼスさんの正面に座って、聖サルバティア法国で女神様に聞いたことを話した、
そして、ルークの故郷ニーベルグで起こったことまで一通り話すと、難しい顔をしていたモーゼスさんはいつの間にか頭を抱えていた。
「ローギウス神の権能、『変化』の加護、か」
「はい」
「加護がわかったのはよかったが、火山のダンジョンから、あの黒龍は出てきただと」
「そう、です……」
「ルークは、呪いに飲み込まれて、消えたんだな」
「……はい。だから、わたしはルークを追いかけたいんです」
確認するように一つ一つ聞かれて頷くと、モーゼスさんは長い沈黙の末、深い息をつくと、顔を上げた。
「わかった。リリ、悪いが、お前の身柄はしばらくギルドが預かる」
「えぇ!?」
「昨日の夜、不死者戦に付き合ってもらったが、今王都では前例のない事件が起きている」
「はい」
「そんななか、なにが起きるかわからないローギウス神の変化の加護持ちのリリを自由にさせておくわけにはいかない」
「そんな! わたし、皆さんの邪魔はしません」
「だが実際、ニーベルグのダンジョンでは不測の事態が起きている。
ここも今、不安定な状況だ。
不測の事態を受け入れられる余裕はない。
だから、リリにはしばらくギルドで大人しくしていてもらう」
「でも加護は、装備で――」
「装備で抑えられたとしても、その装備が壊れたらどうする」
「そうだ、師匠! 師匠にも話を聞いてもらいたいんですけど!」
すると、モーゼスさんは少し言葉を詰まらせた後続けた。
「マヤには、特殊任務を頼んでいるからしばらく帰ってこない」
「特殊任務……師匠はどこにいるんですか? いつ帰ってくるとか目安くらいはわかりますよね!?」
「言えん! とにかく、リリはここにいてもらう。抵抗するようなら、拘束もやむなしだからな」
そう言うと、モーゼスさんは、一方的に言い切り、部屋を出て行った。
すぐに外鍵がかけられ、閉じ込められる。
そのための別室なんだと、思い至る。
わたしは、諦めて椅子に深く座った。
暴れれば、抜け出すことはできるだろう。
けど、その後どこへ向かえば良いのかわからない。
せめて師匠がどこにいるかわかれば、そこまで行くのに。そう思うけれど、モーゼスさんは教えてはくれなかった。
どうしたらいいの――。
気がつくと、考えている間に寝てしまっていたようだった。
知らない間に誰か来たのか、毛布がかけられている。
こんな時なのにって思うけど、思い返すと、ゆっくり休息を取るのは久しぶりだった。
ここに戻ってくるまでけっこう無理したし、帰ってすぐ夜通し戦っている。
ポーションで疲労をごまかしていたけれど、限界が近かったみたい。
今は休んだおかげで体がすっきりしている。
毛布をたたんでいると、また、地面が揺れた。
この地震もいったいなんだろう。
考えてもわからないから、気分を切り替えるために窓の外を見る。
窓の外は日が傾いてきていた。
もうすぐ、夕焼け色に変わるのだろう。
さっきのモーゼスさんの話は正直腹が立ったけど、でも、正論だ。
これまでは師匠がいたから、わけのわからない加護をもらったわたしが自由にできた部分もあると思う。
師匠、どこにいっちゃったんだろうか。
モーゼスさんは、師匠について聞いたとき何かちょっと怪しかった。わたしに師匠についていえないってことは、きっと何かまずい事態が起きているのかもしれない。
ヤっさんは、師匠が常闇のダンジョンの調査にいってるっていう噂があるっていっていた。
黒い龍が常闇のダンジョンに突っ込んでいったっていう噂も言ってたし、わたしだって、きっと師匠は常闇のダンジョンの調査にいったんじゃないかって思う。
でも、それは聞いた話ばかりで、確信がない。
ルークも、どこに行ったかわからない。
あてにしていた師匠も、行方不明。
わたしは、ギルドに閉じ込められちゃったし、これからどうしようか。
大人しくしているほうがいいんだろうか。
抜け出して、常闇のダンジョンを見に行くのとどちらがいいのだろう。
でももし、当てが外れたらと思うと不用意に動きづらい。
ぐるぐると考えていると、ドアが控えめにノックされた。
「はーい」
返事をすると、入ってきたのはお盆を持ったニコラスさんだった。
扉の陰で、ちらりとギルド職員さんが見えて、「ちょっとだけですからね」「わかってる」っていう会話をしているのが聞こえた。
きっと、無理を言ってきてくれたのだろう。
お盆の上には、パンに肉と野菜を挟んだものと水がのっていた。
「ニコラスさん、来てくれたんですか!?」
「リリがそろそろ腹が減ってるんじゃないかって思って」
「お腹……」
言われてみれば、大分長い時間、食事をしていなかった。
「オレらは、そろそろ出なきゃいけねーからさ。」
「不死者、ですよね」
「そ」
そういうと、ニコラスさんは、わたしの座っている椅子の正面にどかっと座ってちらりとドアに目を向ける。
ニコラスさんは背中を薄く開いた扉に向ける形になっていて、こっちを気にした風なギルド職員さんからはニコラスさんの表情は見えない位置だ。
ニコラスさんは帽子を直すふりをして、中からカードを取り出した。
「行く前に、ちょっと顔を見ておこうと思って」
言いながら、見せられたカードには『マヤさんは、十日前に常闇のダンジョンに向かって、音信がない』と書いてある。
「へ!?」
「そんなに驚かなくてもいいだろ。雑魚とはいえ、連日あぁも大量に来られるとな。疲労もたまってきてるし、いつなにが起きるかわからないのがこの稼業だし」
思わずあがった驚きの声も、ニコラスさんがうまくフォローしてくれた。
口の前に手を当て、静かにするようにジェスチャーするニコラスさんに、何度も頷く。
「……そんな、縁起でもないこと言わないでください」
「いいんだよ。それに、リリだって、覚悟はしてるだろ?」
「それは、してますけど……」
「そ。オレもどっちの覚悟もしてるけど、やっぱ、いきなり目の前から消えられると、覚悟しててもそんなん吹っ飛んでいくし、諦めがつくまであがきたいじゃん?」
「そう、ですね」
「ギルマスなんかは、頼んだら、待つのも仕事だなんて言ってるけど、オレはそこまで割り切れねぇ」
ニコラスさんの表情が沈んでいる。
詳しい事情はわからない。
けれど、ニコラスさんも法国から呼び戻されたって聞いているし、本来はここにいたはずの師匠がどこにいるか、当然聞いたはずだ。
師匠の居場所をいつ、どうやって知ったのかはわからないけれど、きっとニコラスさんも、なかなか帰ってこない師匠を探しに行きたかったのだろう。
でも、ニコラスさんが今、防衛線を抜けると、戦いは厳しくなる。
これはわたしの想像だけど、ニコラスさんはみんなから頼りにされているのに、王都の中に住む人たちを放って追いかけることはできなかったのかもしれない……。
「だから、出来る時に出来ることはしておきたいと思ってさ」
軽い言葉とは裏腹に、ニコラスさんの目が、わたしを真剣に見据えている。
わたしは、その重さを正面から受け止めて頷いた。
「ニコラスさんの、言う通り、ですね」
「うん。そういうこと」
会話が途切れたところで、ギルド職員さんがニコラスさんに声をかける。
「あの、そろそろ――」
「わかってる。じゃ、その食器、明日の朝取りに来るらしいから」
そして、ニコラスさんは帽子を整えるふりをしながら、カードをしまうと腰を浮かした。
「あの、ニコラスさん」
「ん?」
ギルド職員さんの方に向かうニコラスさんを慌てて引き留め、覚悟を告げる。
「わたしも、あがいてみようと思います」
「そっか」
正直、ここを抜け出して、十日も音信不通の師匠の行方を追いかけても、収穫はないかもしれない。
それどころか、ギルドカードだって取り上げられて、この国からも永久に追放されるかもしれない。
それでも、そこに可能性があるのなら、ここで諦めるなんてしたくない。
「だから、ニコラスさんも諦めないでくださいね」
「リリに言われたら、なんか負けた気がするわ」
そう言うと、ニコラスさんは少し笑って、口だけで『がんばれよ』というと、廊下へと出て行った。
ふたたび鍵をかけられた音がしていたけれど、もう、気にはならなかった。




