幕間 からまりあう意図
それは何の変哲のない男だった。
つばの広い帽子で顔は見えないが、たたずまいからして、おそらくは壮年にさしかかるくらいの年齢だと思われる。
マントを羽織り、一応の旅装は整っているようだが、ペトラのダンジョンに続く荒野に不似合いな程に荷物は少ない。
けれど、セナはその男を見つけた時に、すぐにわかった。彼こそが探し求めていたセナの信じる神、オルディナ神であることに。
セナを認め立ち止まった男の前に、セナは体を投げ出さんばかりにして地に伏し、口上を述べた。
「至高のお方、いと高きところにおわせられます唯一にして無二のお方、あなた様にお会いでき、その御目に映る光栄に、感謝を捧げます」
長く伸ばしたまっすぐな金髪が地に着き、ここにくるまでにだいぶんくたびれてしまった神官服が土で汚れたが、そんなことは気にならなかった。セナの胸の中はただ、これまで己が至高の神として崇めたオルディナ神に会えたという喜びが満ちていた。
「迷える子羊よ。我のような俗世に関わらぬ者に何用ぞ」
「わ、私を、あなた様の巫女にしてください」
「ほう」
考えるように黙るオルディナ神に、セナは続ける。
「私は、あなた様の神官になるべく、幼い時より修行をして参りました。ある日、今の世界の滅びと、新しい世界を導いていかれるあなた様のことを幻視いたしました」
セナの言葉を促すように、オルディナ神は黙ったままだ。
「私は、恐れ多いことながらも、これからの世界を作られるあなた様のお近くにお仕えしたいと思いました。卑小な身ですが、何でもいたします。どうぞお近くに侍ることをお許しください」
「お前のような人間の子供が、何の役に立つというのだ」
不機嫌そうな言葉とともに、地に伏したままのセナの体が重くなった。おそらくはオルディナ神がその力をふるっているのだろう。体にかかる重力の増加に、息をすることすら難しい。
それでも、セナは、この苦しみさえも嬉しく感じた。こうして会うことができなければ、オルディナ神の力をその身に直接受けることさえできなかったのだ。
オルディナ神の神力はひたすらに苛烈だった。
身を削るような力に、けれど、セナは感動していた。苛烈さからは、オルディナ神の真っ直ぐな気性を感じた。また、苛烈ながらもセナが耐えられるほどにとどめた力の出し方に、この神の慈悲を感じたのだ。
なので、セナは、たとえオルディナ神に直接仕えることができないとしても、このひたすらに峻烈な神に生涯を捧げようと内心堅く誓った。
「まぁ、よいか」
不意に、体にかかっていた圧が軽くなった。
だが、まだ顔を上げることはしない。
頭を下げたまま、ひたすらにオルディナ神の言葉を待つ。
「道具は多くて悪いことはない、か。顔を上げよ」
そろそろとセナが顔を上げると、オルディナ神がセナを見下ろしていた。
「巫女として仕えることを許そう」
そして、セナはオルディナ神の名の下に、感謝の言葉を述べた。
* * *
黒龍は、名をヨールと言った。
生まれた時にくだされた、世界に滅びを招くという予言のために、ヨールを生み出したものから引き離され、深い地の底に沈められた。
ヨールの両親はヨールを庇おうとしたが、そのことにより、母は殺され、父は記憶を奪われた。
だからヨールは、ただ何もない地の底で、静かに、ヨールを封じることをよしとしたこの世界と、ヨールを封じたものに対する憎悪を育てながら過ごしていた。
ある日、ヨールの父たるものの神力を感じ、ヨールを封じていた力が緩むのを感じた。
無理矢理に暴れ、ほころびを突き破ると、父の加護を宿した人間が呆然とヨールを見ていた。
ヨールは、おそらくは父の遣いであろう人間に、微笑んでみせ、外に出ることにした。
外に出たヨールが望むのはただ一つ。
ヨールをいらぬものとした世界への復讐だ。
ヨールを封じたのは神の名は、オルディナ。何万年経とうと、その名を忘れることなどなかった。だが、どこにいるのかはわからない。ならば、ヨールが世界を滅ぼし始めれば、きっとあの神はやってくるだろう。
そして、ヨールは世界を滅ぼすために、空を泳いだ。
* * *
その日、サンストナ国の王都に激震が走った。
空に巨大な黒龍が現れたかと思うと、王都にある最難関ダンジョン、通称常闇のダンジョンに吸い込まれるように入っていった。その直後、黒竜を追うように小さな竜もダンジョンに侵入する姿を目撃されている。
通常、ダンジョンに魔獣が入り込むことはあるが、それはもっと小さなサイズの話だ。
それこそ、どこか別の巨大なダンジョンのボスや、神話に語られるサイズの魔獣がダンジョンに入り込んだ事例は聞いたことがなく、王家やギルドに残された資料にもそのような事象に言及するものは確認できなかった。
この事態を重く見たギルドと王家により、一つの緊急依頼が発行された。それは、王都近郊に住処を構えているSランク冒険者、《紅蓮の魔法使いマヤ》を指名した、調査依頼だった。




