12.リリの理由
小さい頃は、おとうさんと、おかあさんと、三人で小さな町に住んでいた。
町の近くに良質な鉱石の取れる小さなダンジョンがあった。
わたしはそこに絶対に近寄らないっておかあさんと約束していたの。だから、詳しいことは知らないし、教えてもらっていたとしても覚えていないけれど、おとうさんは、たまに何日も帰ってこない日があった。
たぶん、おとうさんはそこに採取に行ってたんだと思う。おとうさんが出かけてる日は、おかあさんと二人でお留守番。
おとうさんが帰ってくる日のために、お菓子を焼いたり、おうちをお掃除したりして、帰ってくる予定の日にはご馳走を作って待っていた。
お父さんが帰ってきたら、そのご馳走と、お菓子でお祝い。
「おとうさん、おかえりー!」
「おかえり、バルク。今回はどうだった?」
「変わらんな。本当にあそこで黄金龍が出るとは思えん。デマかもしれんな」
「そう。デマならデマでそっちの方がいいけど、確かな筋の話だったでしょう?
不思議ね」
「そうだな。ま、ギルドからの確認依頼だ。どっちにしてもあと一回は潜れば、この依頼は終わる。そしたら、どこかゆっくりできるところに移るか」
「なら、次は海の近くなんてどう?
リリに泳ぎも教えたいし」
「海か、悪くないな」
「でしょ?
さ、中に入りましょう。今日はリリと一緒にパイを焼いたのよ」
二人が話してることは難しくてよくわからなかったけど、お話は終わったみたい。
それに、なんだかわくわくする言葉が聞こえた。
「おうごんりゅうってなぁに? 強いの?」
「お父さんは会ったことないが、きっと恐ろしく強いと思うぞ」
「おとうさんより?
おとうさんは、とーっても強いんでしょ?」
「はは、そうだな。それにな、本当は俺よりエリサの方が強いんだ」
おとうさんは少しかがんで、なんたって魔法剣士だからな、と付け加えた。
『魔法剣士』がどんなものかはわからなかったけれど、わざと声を落としたおとうさんに、おかあさんの秘密を教えてもらったようでドキドキする。
「おかあさんが?」
「そうさ。だから、リリもおかあさんの言うことをよく聞くんだぞ」
「うん! リリいい子だもん!
おかあさんの言うこときけるもん!」
「よし、なら、手を洗いに行こうか」
「うん!」
けれど、結局それから海の近くの町へ移住することはなかった。
おとうさんは次も無事に帰ってきたけれど、また次の依頼が来たのだ。
珍しく三人でギルドに呼ばれて、大きい町にあるギルドへと向かう。
ギルドにつくと、おとうさんとおかあさんは奥の部屋でお話をしてくるからと、わたしは職員のお姉さんと手前の部屋でお留守番。そこで待つ代わりに、ジュースとお菓子を出してもらった。
少ししておとうさんもおかあさんも戻ってきたけど、二人とも悲しげな顔をしている。
「あのね、リリ」
「なぁに?」
「おとうさんだけじゃなくて、おかあさんもお仕事に行かなくちゃいけなくなってしまったの」
「……え」
「リリはおとうさんとおかあさんのお友達の所で待っててくれる?」
「わたしだけ、おるすばん?」
「……そう。できるだけ急いで帰ってくるから」
「…………」
「おとうさんと、おかあさんじゃないと出来ない仕事があるの」
「………………うん」
「リリ、いいの?」
「……うん! リリ、もう、大きいから待てるよ!」
「ありがとう」
おかあさんに、ぎゅっと抱きしめられる。
それから、しばらくは会えないからと、おとうさんとおかあさんが出かける前に三人でピクニックに行ったりしたのは覚えている。
それに、倉庫に仕舞い込まれていたおかあさんの『魔法剣』を見せてもらったりもして、マヤさんのところに預けられるまで三人でずっと一緒に過ごしたのだ。
けど、今も時々、思うことがある。
あの時、わたしがイヤって言っていたら、何か変わっていたのかなって。
おかあさんは、残ってくれていただろうか。
ーーもし、こうなると知っていて時間が巻き戻ったら、あの時の選択を変えると思うかい?
誰かの問いかけに、首を横に振る。
わたしは、おとうさんとおかあさんと『待つ』って約束をした。
だいぶん待たせすぎだとは思うけど。
「だから、一流の冒険者になって、わたしがお父さんとお母さんを探しに行くの。もう、待つだけでいるのはやめるって、そう、決めたの」
だから師匠にも弟子にもしてもらった。今、こうしてちょっと寄り道はしているけれど、でも、きっとわたしなら、すぐに、Sランクになれる。
だって、おとうさんと、おかあさんの娘だから。
ーー自分が、愛されていなかったとは思わない?
わ、意地悪な質問だ。
わたしも、二人がわたしを産んだこと、後悔しなかったかなって思うこともあるんだよ。
おかあさんはもしかしたら、わたしを置いて冒険に行きたかったかもしれない。
おとうさんは、わたしがいるからおかあさんはダンジョンに行けなくて、わたしのことが邪魔だったかもしれない。
わたしは、何でおとうさんとおかあさんがあの時行かなきゃいけなかったのか、理由も知らない。
だから、どういう気持ちで二人が依頼を受けたのかもわからない。
わからないことばかりだけど、ひとつ、間違いなくわかることもあるんだ。
わたしは、二人にもう一度会いたいの。
だから、二人を迎えに行くんだよ。
ーーそうかい。
* * *
そして、気がつくと、広場のようなところに倒れていた。何か、懐かしい夢を見た気がするけれど、頭が痛くてよく覚えていない。
ひとまず周りの状況を確認しなきゃと立ち上がると、目の前には大きくて立派な扉がそびえている。
周りを見渡すと、離れたところにルークとセナが倒れていた。
二人とも、大丈夫だったのかな。
倒れたまま動く様子のない、二人の様子を見に向かった。




