11.ルークの過去
物心ついた時から、俺に父はいないと思っていた。
母は集落から離れたところに住居を持ち、俺と二人で暮らしていた。
一回、俺のせいかと聞いたこともあったが、自分が集落での暮らしになじめないから俺が気にすることはないと言われて、それきりその話をすることはなかった。
困ることは、そんなにはなかったし、必要であれば集落に男手を借りていたように思う。
母も、おそらくは巨人族にしては開放的な性質なんだろう。種族特性もあって、狩を覚え、毎日の暮らしを営む上では大変なことはなかった。
父は冒険者で、母とは一夜の情を交わしただけで旅立ったので、俺がいることすら知らないらしい。
俺も会った事のない父親なんて想像がつかない。父がいないことを気にしたことはなかった。
ことは、俺が十四も半ばを過ぎた頃に起きた。
母が季節外れの病に倒れた。
特効薬となる薬草は、季節が違うために手に入らない。集落を尋ねて回ったが手に入れられなかった。
命にかかわる病というのに、母は、死を静かに受け入れているようだった。
ふと、思い至る。
真夏でも雪を残す禁域ならば、薬草が手に入るのではないか。
禁域には神の遣わした獣が住まうと言われている。
しかし、高熱にうなされる母を前に、決断は早かった。
俺にとって大事なものは、明白だ。
すぐに支度をして、人気のない早朝に出立する。
言い伝え通りに、禁域は、夏だというのに雪に閉ざされており、進めば進むほどに降り積もる雪は深くなっていった。
「これなら、雪華草はありそうだな」
雪の一番多い時期に、凍りついた岩の割れ目に生える雪華草が、母の病の治療には必要だった。
どんどん奥へと進み、禁域の奥の岩棚につく。労することなく雪華草を探し出し、採取した。
後は帰還するだけ。
しかし、採取道具をしまい、振り返ったところで、狼のような唸り声を聞いた。
振り返ると、八つ足の狼がこちらを見ている。
「禁を破りし者よ、覚悟は良いか」
耳には唸り声が届くのに、頭にはそのような言葉が響く。
神獣、という名に、間違いはなさそうだった。
「覚悟はできている。
ヌシ様が死ねと言うなら、俺の命は惜しくはない。
けど、病に伏した母がいる。
これを、届けるまで殺すのは待ってくれ」
「ならん。ここから何物も持ち出すことは許さぬ。
そなたはここでその報いを受けよ」
飛びかかってくる神獣に、俺はためらわず背に負った大剣を抜いた。
神獣との戦いに勝ち目はなかった。
いたぶるようにボロボロにされ、それでも勝ちを諦めきれなかったのは、ここで俺が倒れたら母は、誰にも看取られず死ぬことになる、という後悔だった。
しかし、現実はうまくいかない。
ただなぶられるだけだった俺が勝てたのは、一重に運が良かったのだ。
戦闘により、岩棚の上の雪が緩んでいた。
神獣は、それを意に止めていなかった。
俺がしたのは、悟られぬよう岩棚側に神獣を誘導し、岩棚の雪を故意に崩したことだけだ。
そうして、押し流された瀕死の神獣にとどめを刺し、代わりに、呪いを負った。
白い雪原に、神獣の血は赤かった。
今でも、その光景は目に焼き付いている。
――神の獣をあやめしこと、後悔しておるのか?
俺の心の声を拾ったかのような問いに、否を告げる。
――薬を諦めるか、母を諦めるかなら、俺は何度だって、母を助ける。
――それは、自分がどうなってもか?
――これは選択の結果だ。選り好みはしない。だから、受け入れている。
――その呪いを負うと知っていて、もしも時間が巻き戻ったなら。それでもまた、神の獣に挑むと思うか?
面白い問いに、口の端が上がる。
――そしたら、あの神獣には母のことは口にしない。次はもっと、うまくあいつを狩る。
ところで、あんたは誰だ?
――さとい子だ。それは、目が覚めれば、すぐわかるだろう。
気がつくと、光が溢れ、あの雪原のような白い光に意識が呑まれた。




