29.リリ、師匠の錬金術のお手伝いをする
帰宅するとすっかり日が落ちていた。
翌日は、まずはアペルのダンジョンに行く準備をすることになった。
アペルのダンジョンで、注意しないといけないのは、封蜂だ。
0.五メルくらいの大きさの蜂なのだけど、動きは素早いし、魔法防御は高いし、毒を持っている。
何より、わたしが得意の火魔法だと、採取部位が痛んでしまって、倒し方を考えないといけない所が厄介だ。
深い階層には、茶毒蛇という毒蛇も出る。
こっちは採取をしていると、熱中しているうちにブスリとやられてしまい、気がついたら仲間が倒れてる、なんてこともある。
幸いこっちも解毒薬が効く毒なんだけど、専用の解毒薬がいるのだ。
あのあたりは近くに町もないし、《旅人の気まぐれ》とか、転移系アイテムがない限り、助ける手段がないのだ。
回復薬とか魔力回復薬は前回、岩山のダンジョンの時に準備した分がほぼ手付かずで残っているから、用意するのは解毒薬だけ、かな?
ルークは、乾燥パンとか、非常食、三人分の野営セットに必要なものの王都への買い出しにいったから、今は師匠と二人だけだった。
「師匠、解毒薬の準備、どうしましょう」
「ちょうどよかった。わたしもそれを考えていたよ。今回はリリに手作ってもらっていいかい?」
「え!?」
「リリが苦手な工程は私がするから、復習を兼ねて途中までやってもらおうか。そうだね。青霧草の抽出まではできるだろ?」
「は、はい!」
回復薬、解毒薬、魔力回復薬とか、よく利用する薬については、師匠から「魔法が習いたいからとはいえ、折角錬金術師の弟子になったんだから」って、作り方も教わっている。
けど、わたしの魔力のコントロールが下手で、ことごとく失敗してしまうのだ。
手順とかは、教えてもらった時にノートに控えてるんだけどね。
わたしは錬金術に必要な魔力を適量絞りながら材料に混ぜ込む工程が苦手で、師匠は何度も教えてくれようとしたけど、その回数分、素材を駄目にしてきた。
けど、工程は頭に入ってるし、それ以外の師匠のお手伝いは一応できる。
「ちなみに材料は覚えてるかい?」
「青霧草の抽出液に、苦戒草、反転草の粉末、封蜂の蜜は、どっちも共通でしたよね。
で、封蜂の解毒薬は封蜂の毒、茶毒蛇の方は、茶毒蛇の毒を使うのだったと思います」
「うん。あってる。
材料は問題ないね。青霧草の抽出液以外は、倉庫に入ってるから、それぞれ十本分くらいとってきてほしい」
「はい!」
そうして、わたしも師匠の作業場の隅を借りて、作業に取り掛かった。
「久しぶりすぎて、緊張するなぁ」
「なら今度からもっと手伝ってもらわないとかねぇ?」
「え、いや、そういうわけでは」
独り言のつもりだったけど、ばっちり師匠に聞かれていて恥ずかしい。
「そ、そういえば! 師匠が作った回復薬っておいしいですよね!」
「おいしいって」
話を変えようと慌てて思いついたことを口にしたら、師匠はそれがツボに入ったようで、お腹を抱えて笑っている。
「解毒薬はどうしようもないけど、回復薬やら魔力回復薬は少しでも美味しい方がいいものね」
「はい!」
実際、王都に売ってある回復薬も使ったことがあるけれど、師匠の薬の方がはるかに飲みやすいし、美味しいのだ。
その分、甘味を多く使ったり、材料が増えたり、手順が多くなったりして、手間もかかるみたい。
そうして出来上がった薬は、お店では高級路線の棚に置かれている。
噂では、一度師匠が作った回復薬を飲んでしまった冒険者は、もう、安い薬に戻れないという話もあるらしい。
ヤっさんが冗談のように話していたけど、そういうヤっさんも師匠の薬しか買っていなかったから、なかなか信憑性はある。
「じゃ、私も調合に入るから。リリ、調合は、丁寧に、冷静に、ね」
「わかりました」
今まで教わってきたことをメモしているノートを確認して、もう一度手順を確認してから始める。
手順は、まず、青霧草以外の材料を粉末にして、次に青霧草の抽出作業だ。
ここまでが、今のわたしがお手伝いできるところ。
抽出液が覚めるまでにすべての材料を混ぜ込む必要があるから、注意することとしては、最初に、材料を準備して、必要な量をきっちり量っておくのが一番大事だ。
材料を量ってなくて、青霧草の抽出が終わってから量ってる間に抽出液が冷えてしまったりすると、解毒効果が現れない。
冷めてしまった抽出液は温めなおして使うこともできないから、失敗すると材料と時間がまるまる無駄になってしまう。
失敗しやすいところは他にもあって、材料がきちんと粉末になっていないと効果が安定しないし、反転草を入れてからの魔力の注入の仕方も失敗すると、粉末と青霧草の抽出液が分離して混ざらなかったりする。
わたしがいつも失敗するのは、反転草を入れてからの魔力注入。
今回は粉末を溶かすところからは師匠がするそうなので、失敗しないよう、材料を丁寧に扱うことが重要だ。
よし、まずは材料のすりつぶし!
半日ほど時間をかけて全部の分量をすりつぶして、午後から師匠に作業に入ることを告げてから青霧草の抽出作業に入る。
青霧草の抽出作業は、生成された水に青霧草を入れて、沸騰させないように、けれどお風呂よりは熱い温度で一時間煮る。
今は青霧草が生の状態で摘めるから抽出時間は一時間だけでいいけど、これが乾燥した状態の青霧草だと、もう少し長い時間煮る必要がある。
次に出てきた青い液体をろ過して、青霧草を取り除く。
「よっし! うまくできた!」
ここまでできたら、師匠を呼ぶ。
液体が冷めないうちに、師匠は分量を量った反転草以外の他の材料の粉末を混ぜ込んだ。
何度かかき回して、満遍なくまざったら、反転草を投入し、魔力を込めつつかき混ぜていくと、青霧草の青に他の材料の粉末が混ざって茶色い水になっていたものが、透き通った薄青い色に変わっていく。
そうしてできあがったのは、二種類、十二本分の解毒薬。
次は、それを風船草の実の中袋に注入して保管しないといけない。
風船草の実は、固く豆みたいな細長いサヤに、弾力質の薄い袋状の皮に種が包まれている作りになっていて、袋を破らないよう種を取り出すことができれば、液体の薬を持ち運ぶのに丁度いいケースになるのだ。
ガラス瓶を使うよりはるかに軽くて、割れたりする心配もない。
師匠の庭の西側でも育てていて、秋に収穫できるし、王都の中級ダンジョンでも採れる。
中袋を破らないように中から種を取り出す作業はなかなかに面倒くさいけれど、需要が多いため、人気の採取植物だ。
師匠の倉庫には、回復薬をすぐに詰めれる状態にした風船草があるから、それを取ってきて、一回分ずつ、零さないように回復薬をつめるとできあがり。
気がつくと、日が暮れていた。
師匠と話をして、後の準備は明日にまわす。
わたしが調合をしている間に、ルークは帰ってきて、夕飯の支度までしてくれていた。
ルークも、凝った料理はできないけれど、本当に簡単なものなら作れるみたいで、こういう時は本当に助かる。
夕飯をありがたくいただいた後、師匠には、明日はルークと一緒に畑の方をするように言われた。
長期間家を空けるから、薬草の収穫もしておかないといけない。
収穫にはまだ少し早い薬草もあるけど、二週間後には確実に駄目になっているやつがあるから、そういうものを摘んで、保存する。 そこまでしておいたら、色々使えるし、明日は頑張らないと。
翌日、師匠は調合が残っているとかで、再び研究室に向かっていた。
ルークには最初に注意事項を伝えて、教えた作業か実際にやってもらって、それを見て、問題がないか確認したあとは黙々と二人で作業を進める。
森の中とは言えこの季節は暑さが厳しいから、日差しが強くなる昼前までに畑仕事を終わらせるつもり。
薬草を摘んでしまえば、家の中でも作業はできるもんね。
この機会に、ルークが魔法を使えたこととか聞いてみようかなって一瞬だけ思ったけど、少し考えてやめておいた。
わたしもダンジョンの床に大穴を開けたことを聞かれても答えようがないし、継続的なパーティ組むつもりなら話は別だけど、ルークもここにいつまでいるかわからない。
なら、結局ルークは魔法を使えないことは一緒だし、別に聞かなくてもいいと思うんだ。
そういうことをつらつらと考えながら作業をしていたら、いつの間にか夏の日差しは高いところに差し掛かってきていて、畑の薬草はほぼ収穫できていた。
「収穫、終わったら今度は家に入って洗浄と乾燥があるから、午後からそっちをするよ」
「わかった」
そうして、家の中に収穫した薬草を運び込んで、その日と翌日いっぱい収穫したものの手入れをして、準備は終わった。
これ、一人だったらもっと時間がかかったと思う。
ルークは後半、あんまり楽しくはなさそうだったけど、いてくれて助かった!
いよいよ、明日はアペルのダンジョンに出発みたい!




