↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/13

第9片「日常から離れて」

「……木材触りてぇ……」


遠征八日目。


ルーヴェリア王国西部街道。


焚き火の前で、ノア・フェルンは死んだ目をしていた。


「副長、それもう禁断症状だろ」


向かいでダグが呆れたように言う。


「違う」


「いや完全にそうだって」


「木を削りたいだけだ」


「それを禁断症状って言うんだよ」


ノアは真顔だった。


今回の遠征は半月予定。


街道沿いに出没した魔獣討伐と護衛任務を兼ねている。


騎士団としては珍しくない。


だが。


ノアにとって問題だったのは。


「……木、削れねぇ……」


そこだった。


木材成分が足りない。


削れない。


組めない。


黒白六連が止まったままだ。


あの赤をどう使うか、まだ答えが出ていない。


考えたい。


触りたい。


木の感触が恋しい。


「副長」


「なんだ」


「今、“あの娘に会いてー”みたいな顔してたぞ」


「してない」


即答だった。


「木材の顔だ」


「木材の顔ってなんだよ」


ノアは焚き火を見つめる。


……まぁ、確かに。


工房には行きたい。


ヴィルトのおやっさんとも話したい。


新しい端材も見たい。


フルールにも、


『まだ赤で悩んでんの!?』


とか笑われたい。


「……」


そこまで考えて。


ノアは少しだけ眉を寄せた。


「副長?」


「いや別に」


考えるのをやめた。


面倒だった。


◇


一方その頃。


グリンウッド工房。


「……ノア、最近来ないね」


夕方。


削り屑を掃きながら、フルールがぽつりと呟く。


ヴィルトが木材を運びながら振り返った。


「あぁ、遠征中だろ」


「そうだけどさー」


フルールは箒を動かしながら、なんとなく工房入口を見る。


誰も来ない。


別に当たり前だ。


遠征なのだから。


それなのに。


なんとなく落ち着かなかった。


いつもなら。


非番の日になると。


「おーい、おやっさーん!」


って声が聞こえる。


勝手に木材漁って。


木組みの話して。


気づいたら夕方までいる。


それが。


ない。


「……静か」


「工房なんだから普通だろ」


「なんか違うんだよー」


ヴィルトは少しだけ娘を見る。


そして。


にやっと笑った。


「寂しいか?」


「え?」


「ノアが来なくて」


「そ、そんなんじゃないし!」


フルールは慌てて否定した。


だが。


少しだけ否定が弱かった。


ヴィルトは何も言わず笑っていた。


◇


さらに数日後。


工房に一人の男が訪れた。


ヴィルトの得意先。


家具を卸している商家の関係者だった。


「実はぜひ娘さんを、と」


縁談。


フルールはぽかんとした。


ヴィルトはもっとぽかんとしていた。


「いや急だな!?」


「以前からぜひと」


「いやいやいや」


ヴィルトは頭を掻く。


娘を無理に嫁に出す気はない。


だが。


長い付き合いの得意先でもある。


完全に無下にもできない。


「……まぁ、筋だけは通すか」


ヴィルトはため息を吐いた。


「会うだけ会うぞ」


「別にいいけど……」


フルールはぼんやり答えた。


なんだろう。


全然気が乗らない。


◇


そして。


縁談当日。


フルールは珍しく静かだった。


「お前ほんと分かりやすいな」


馬車の中でヴィルトが苦笑いする。


「別にー」


「顔死んでるぞ」


「生きてる」


窓の外を見る。


夕方。


そして。


明日はノアが帰ってくる予定の日だった。


「……」


なんだろう。


変な感じだ。


縁談相手の話も全然頭に入らない。


ただ。


『あー、ノア帰ってくるんだ』


そればかり考えていた。


そして。


案の定。


縁談はまとまらなかった。


理由は単純。


フルールが全く笑わなかったからだ。


◇


帰り道。


夕暮れ。


王都の石畳が赤く染まっている。


「悪かったな」


ヴィルトが苦笑いする。


「別に」


「お前、露骨すぎんだよ」


「そう?」


「普段もっと笑うだろ」


フルールは少しだけ考える。


……そうかもしれない。


その時だった。


向こうから騎士団の一団が歩いてきた。


夕陽の中。


鎧。


剣。


疲れた顔。


そして。


見慣れた赤髪。


「あ」


フルールの顔がぱっと明るくなる。


ノアもこちらに気づいた。


「……ん」


少し驚いた顔。


「ノア!」


フルールが駆け寄る。


「帰ってたんだ!」


「一日早く終わった」


ノアはかなり疲れていた。


でも。


フルールを見た瞬間。


妙に肩の力が抜けた。


「なんかカッコいいね、ノア!」


「疲れた」


「お勤めお疲れ様!」


「うん」


短いやり取り。


でも。


なんだか安心する。


フルールは自然に笑っていた。


さっきまでの沈んだ気分が嘘みたいに。


ヴィルトがそれを見て苦笑いする。


(分かりやす過ぎんだろこいつ……)


「一日早かったんだね」


「あぁ。なんとかな」


ノアは小さく息を吐く。


そして。


「早く木組み触りたい」


ぶれなかった。


フルールが吹き出す。


「あはは! やっぱりそれなんだ!」


「木材足りねぇ」


「禁断症状じゃん」


「違う」


「絶対そう!」


ノアは否定した。


だが。


本当にそれだけだっただろうか。


工房へ行けなかった。


木材を触れなかった。


……フルールにも会えなかった。


「……」


ノアは少しだけ考えかけて、


そしてやめた。


面倒だった。


その時。


ヴィルトが笑いながら言う。


「じゃあこのままウチ来るか!? 飯食ってけ!」


「ありがてー……」


本気でありがたそうだった。


フルールが笑う。


「じゃ、急いで帰ろ!」


そう言って。


自然にノアの手を引いた。


夕暮れの道。


二人は並んで歩く。


ヴィルトは少し後ろから、その背中を見ていた。


「……ったく、こいつら」


誰にも聞こえないように呟く。


夜風が吹く。


遠くで祭りの残り火が揺れていた。


そして。


どこかでセレナが。


「星、そういうの好きなのよ」



次回、第10片「笑顔の理由」

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。