第10片「笑顔の理由」
「おー、食った食った!」
ヴィルト・グリンウッドが豪快に笑いながら椅子へもたれかかる。
工房奥の食卓。
今日の夕食は、肉と野菜の煮込みに焼きたてのパンだった。
特別豪華なわけではない。
酒場のような派手さもない。
だが。
不思議と落ち着く。
「ノア、今日いつもより食べてない?」
フルールが笑いながら皿を片付ける。
「遠征帰りだからな」
「そんなにご飯美味しくなかったの?」
「いや、普通」
「じゃぁなんで?」
「疲れてた」
ノアが素直に答える。
ヴィルトが笑った。
「まぁ遠征帰りにゃ家庭料理が沁みるだろ!」
「……まぁ」
否定しなかった。
工房での食事は、特別楽しいわけではない。
盛り上がる話をしているわけでもない。
ただ。
いつも通りだった。
ヴィルトの大きな声。
フルールの笑い声。
木材の話。
木組みの話。
「また変なの考えてるんでしょ?」
「変ではない」
「いや変だよ、黒白六連って!」
「美しいだろ」
「解けないもん!」
そんなやり取り。
それだけ。
でも。
何も気を遣わなくていい。
自然体でいられる。
それが心地よかった。
「……」
ノアはぼんやりと食卓を眺める。
暖かな灯り。
木の匂い。
笑い声。
なんだろう。
ここにいると、妙に落ち着く。
「ノア?」
フルールが首を傾げる。
「なんかぼーっとしてる」
「いや別に」
「疲れてるんじゃない?」
「それはある」
「今日はもう木組み禁止ね」
「なんでだよ」
「絶対徹夜するじゃん」
「否定できん」
ヴィルトが吹き出した。
「お前ほんと木組み好きだなぁ!」
「まぁな」
ノアは少しだけ笑った。
それを見て。
フルールも自然に笑っていた。
◇
宿舎、自室。
夜。
ノアは椅子へ座り、机の上の木組みを眺めていた。
黒。
白。
そしてまだ使われていない赤。
黒白六連。
未完成。
「……」
指でそっと触れる。
遠征中、ずっとこれが気になっていた。
触りたかった。
考えたかった。
工房へ行きたかった。
「……」
ふと。
今日の夕食を思い出す。
ヴィルトの大きな声。
フルールの笑い声。
木材の話。
他愛ない会話。
ただ。
落ち着いた。
妙に。
「……」
ノアは小さく息を吐く。
そして自然と思い浮かぶ。
リーシャ。
ミレイユ。
ミーナ。
セレナ。
「……セレナはどうでもいいとして」
半目で“運命”とか言ってくる女を思い出し、少しだけ眉を寄せる。
なんだったんだあいつは。
いや今はそれじゃない。
リーシャは真っ直ぐ好意を向けてくる。
ミレイユは驚くほど積極的だ。
ミーナは距離感がおかしい。
みんな、分かりやすい。
好意を向けてくれていることくらい、ノアにも分かる。
分からないほど鈍くはない。
だが。
「……違うんだよな」
ぽつりと呟く。
違う。
なんというか。
もっとこう。
自然な出会いがしたいのだ。
無理をしない。
頑張らない。
気を遣わない。
気づいたら隣にいるような。
そんな相手。
「……自然な出会いって何だ?」
そこでふと、ノアは考え込む。
自然ってなんだ。
偶然?
運命?
違う。
じゃあ何だ。
頭の中に浮かぶ。
工房。
木の匂い。
笑い声。
気づいたらいつもいる顔。
「……フルール」
ノアはそこで止まった。
なんで今、フルールを思い出した?
なんで。
一番最初に。
「……」
胸の奥が少しだけざわつく。
まさか。
俺は。
「……いや」
ノアは頭を振った。
考えるのをやめる。
まだ整理できなかった。
◇
その頃。
グリンウッド工房二階。
自室。
フルールはベッドへ寝転びながら、ぼんやり天井を見ていた。
「……ノア、早く帰れてよかったな」
ぽつりと呟く。
遠征帰り。
疲れていた顔。
でも。
ご飯を食べている時、少し安心したように見えた。
いっぱい食べてくれた。
それがなんだか嬉しかった。
「今度、お弁当とか作ってあげようかな……」
そこまで考えて。
フルールははっとする。
「……え?」
なんで。
なんでこんなにノアのことばかり考えてるんだろう。
今日の縁談。
全然笑えなかった。
わざとじゃない。
本当に。
自然と笑顔が出なかった。
でも。
遠征から帰ったノアを見た瞬間。
自然に笑っていた。
「……」
一緒にご飯を食べてる時も。
木組みの話をしてる時も。
ノアを見てると。
自分は笑っていた。
「なんで……?」
フルールは胸の奥へ手を当てる。
少しだけ。
鼓動が速い。
祭りの日。
手を握られた時も。
さっき、再会した時も。
胸の奥が変だった。
「……」
静かな夜。
窓の外には星空。
フルールはゆっくり目を閉じる。
浮かぶのは。
赤髪の騎士。
木組みを語る時だけ妙に熱くなる顔。
疲れた、って言いながら工房へ来る姿。
自然に隣を歩く時間。
「……」
そして。
自分が笑っている顔。
フルールは毛布へ顔を埋めた。
「……なんなんだろ、これ」
誰に聞くでもなく呟く。
答えはまだ出ない。
窓の外。
静かな星空が、優しく王都を照らしていた。
次回、第11片「想い、確かに」
お楽しみに!




