第11片「想い、確かに」
朝。
騎士団宿舎。
窓から差し込む光で、ノア・フェルンはゆっくり目を覚ました。
「……ん」
ぼんやり天井を見る。
昨夜は妙に考え込んでしまった。
工房での夕食。
遠征。
フルール。
自然な出会い。
そして。
“隣にいてほしい相手”。
「……」
ノアはゆっくり起き上がる。
不思議だった。
今まで、恋愛なんてもっと劇的なものだと思っていた。
運命的な出会い。
強烈な衝撃。
心を奪われる瞬間。
そういうものが恋だと。
……いや。
一名ほど“運命”を連呼していた奴もいたが。
「セレナは違う」
即座に切り捨てた。
違う。
あれは別の何かだ。
「……」
ノアは小さく息を吐く。
工房での食事を思い出す。
ヴィルトの大きな声。
フルールの笑い声。
温かな料理。
木の匂い。
他愛もない会話。
特別なことは何もない。
でも。
心地よかった。
「……」
なんでもないこと。
それが、一番大事なのかもしれない。
気を遣わない。
無理をしない。
自然体でいられる。
そして。
相手も自然体でいてくれる。
「……フルール」
名前を口にすると、不思議と落ち着いた。
あの笑顔を思い出す。
ころころ変わる表情。
木組みを“変なの”と言いながら笑う声。
祭りの日。
手を引いた時の温度。
「……」
気づけば。
自分も少し笑っていた。
そこでノアは、ようやく理解する。
「あぁ……」
そうか。
俺は。
フルールと一緒にいたいのか。
言葉にした瞬間。
妙にしっくりきた。
驚きはなかった。
むしろ。
ずっと前から分かっていた答えを、ようやく認めたような感覚だった。
「……はは」
小さく笑ってしまう。
遠征中の禁断症状。
木材だと思っていた。
いや。
もちろん木材も足りなかった。
でも。
工房へ行きたかった。
ヴィルトと話したかった。
そして。
フルールに会いたかった。
「……重症だな」
自分で呟いて、また少し笑う。
不思議と嫌ではなかった。
次の非番。
工房へ行こう。
木材をもらいに行くんじゃない。
フルールに会いに行こう。
そう思っただけで。
胸の奥が少しだけ温かくなる。
◇
その日の夜。
宿舎、自室。
机の上には黒白六連。
未完成の木組み。
黒。
白。
そして赤。
ノアは静かに木材を組み替えていた。
「……ここじゃない」
外す。
組む。
また外す。
ずっと答えが出なかった。
赤をどこへ入れるべきなのか。
どこなら完成するのか。
その時だった。
ふと。
フルールの笑顔が浮かぶ。
『また変なの作ってるー!』
『それ絶対解けないって!』
『ノアほんと木組み好きだねぇ』
自然に笑ってしまう。
そして。
「……あ」
ノアの指が止まった。
ここだ。
赤を入れる場所。
ずっと足りなかった最後の一手。
カチッ。
木が噛み合う音。
静かで、小さな音だった。
だが。
確かな感触があった。
ノアは完成しかけた木組みを見つめる。
綺麗だった。
ずっと探していた形。
そして。
真っ先に浮かぶ。
フルールの顔。
「……見せたいな」
ぽつりと呟く。
早く。
あいつに見せたい。
その感情が。
妙に嬉しかった。
◇
一方その頃。
グリンウッド工房二階。
フルールはベッドへ寝転びながら、ぼんやり天井を見ていた。
眠れない。
原因は分かっている。
ノアだ。
完全に。
「……もう」
毛布を顔まで引き上げる。
なのに。
考えることをやめられない。
出会ってから今まで。
特別なことなんて何もなかった。
毎回、木組みの話ばかり。
変な形。
変な構造。
意味の分からないこだわり。
でも。
思い出すだけで笑ってしまう。
「……なんでだろ」
小さく呟く。
祭りの日。
手を握られた時。
再会した時。
ご飯を食べていた時。
木組みを語っていた時。
全部、自然と笑顔になっていた。
縁談の日は笑えなかった。
でも、ノアを見た瞬間。
自然に笑っていた。
「……」
胸の奥がじんわり温かい。
苦しくはない。
むしろ、安心する。
心地いい。
「……笑顔でいたいな」
ぽつりと零れる。
あの人と。
あの人の隣で。
木組みばかり考えてる、少し変な騎士の隣で。
「……」
そういえば。
ノアは言っていた。
いつか田舎へ帰って。
木組みパズルの店をやりたいと。
静かな村で。
好きなものを作りながら暮らしたいと。
「……もし」
フルールはそっと目を閉じる。
もし。
その隣に。
自分がいられたら。
「……」
想像した瞬間。
胸が少しだけ高鳴った。
嫌じゃない。
むしろ。とても自然だった。
下の階からヴィルトの声が響く。
「フルールー! 朝だぞー!」
「はーい!」
返事をして起き上がる。
窓の外は朝焼けだった。
次のノアの非番の日。
きっとまた来る。
また会える。
そう思った瞬間。
自然と笑顔になっていた。
フルールは自分の頬へ触れる。
「……そっか」
小さく。
本当に小さく笑う。
理由はもう、分かっていた。
次回、最終回、
第12片「田舎で暮らしたい騎士団副長、故郷へ帰る」
お楽しみに!




