第12片「田舎で暮らしたい騎士団副長、故郷へ帰る」
次の非番の日が来た。
いつもなら。
「あぁ、休みか」
くらいにしか思わない。
昼まで寝るか。
木組みをするか。
工房へ行くか。
その程度だ。
だが今日は違った。
妙に早く目が覚めた。
「……」
ノア・フェルンは宿舎のベッドへ座りながら、窓の外を見る。
朝日。
王都フォレンティア・ベルクラウンの街並み。
いつもの景色。
なのに、今日は少しだけ違って見えた。
理由は分かっている。
「……よし」
小さく息を吐く。
そして立ち上がった。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
気合いを入れて。
だが。
髪はいつも通り寝癖のままだった。
「直すか……?」
鏡を見る。
やめた。
面倒だった。
それより。
早く行きたい。
机の上へ置かれた木組みへ視線を向ける。
黒白六連。
完成しかけた木組み。
最後の一片だけ、まだ入れていない。
赤。
ずっと悩み続けた最後の形。
ノアはそれをそっと鞄へ入れる。
「……見せたいな」
ぽつりと呟く。
その言葉が自然に出たことに。
まだ本人は気づいていない。
◇
工房までの道。
石畳。
朝の市場。
開き始める店。
聞き慣れた街の音。
いつもと何も変わらない。
……はずなのに。
妙に明るく見えた。
妙に広く見えた。
フルールに会いに行く。
そう思うだけで。
「……重症だな」
ノアは小さく笑った。
もう否定する気はなかった。
工房の前へ辿り着く。
見慣れた看板。
木の匂い。
いつもの場所。
ノアは自然に口を開いた。
「おーい! おやっ――」
そこで止まる。
少しだけ考える。
そして。
「おーい! フルールー! いるかー!」
叫んだ。
数秒後。
工房の奥から、ぱたぱたと足音が聞こえてくる。
その音が。
妙に嬉しそうに聞こえた。
「ノア!」
すぐにフルールが飛び出してくる。
少し乱れた髪。
作業着。
いつもの笑顔。
「いるよー!」
「あぁ、おはよう」
やっぱり。
この笑顔だった。
見た瞬間。
胸の奥が静かに落ち着く。
「おはよう。早いね、どうしたの?」
フルールが首を傾げる。
ノアは鞄を軽く持ち上げた。
「あのさ」
「ん?」
「出来たんだ」
フルールの目がぱっと輝く。
「え!? 黒白六連完成したの!?」
「いや、まだ」
「え?」
「見せようと思って持ってきた」
フルールは少しだけ目を丸くする。
「……完成の瞬間?」
「ん」
「一緒に見せてくれるの?」
その声は、少しだけ静かだった。
ノアは小さく頷く。
「あぁ。見てて」
工房の作業台。
ノアは木組みを取り出し、そっと置く。
黒。
白。
複雑に組み上がった木材。
そして最後に残った赤。
ずっと悩んでいた最後の一片。
フルールは黙って見ていた。
ヴィルトも。
いつの間にか奥で腕を組んでいた。
静かな工房。
木の匂い。
朝の光。
ノアはゆっくり最後の赤を持ち上げる。
そして。
「……ここだ」
小さく呟いた。
カチッ。
静かな音。
だが。
確かな音だった。
最後の一片が。
まるで最初からそこにあったみたいに。
自然に収まる。
黒白六連。
完成。
「……」
しばらく。
誰も喋らなかった。
完成した木組みを、ただ見つめる。
綺麗だった。
黒と白だけでは完成しなかった形。
そこへ赤が入ることで。
ようやく完成した。
あの日、この工房で貰った木材。
今日までかかった。
ノアは静かに息を吐く。
そして。
ゆっくりフルールを見る。
「……あのさ」
「ん?」
「俺」
少しだけ言葉に詰まる。
騎士団副長。
魔獣相手なら迷わない。
だが今は。
妙に緊張した。
「俺、田舎帰るよ」
フルールが瞬きをする。
ノアは続けた。
「木組パズルの店、やる」
その声は静かだった。
でも。
迷いはなかった。
ずっと抱えていた夢。
田舎へ帰ること。
好きなものを作ること。
穏やかに暮らすこと。
そして。
その未来を考えた時。
隣に浮かぶ顔は、もう一人しかいなかった。
「それでさ」
ノアは頭を掻く。
視線を少し逸らしながら。
不器用に言葉を探す。
「フルール、その……」
フルールは静かに見ている。
ノアは小さく息を吸った。
「俺の店、店番、やってくれないかな?」
「……!」
フルールの目が大きく開く。
その瞬間。
全部伝わった。
一緒に来てほしい。
隣にいてほしい。
これから先も。
ずっと。
「……」
フルールはしばらく黙っていた。
泣きそうでも。
驚いているわけでもない。
ただ。
胸の奥が温かかった。
自然だった。
ずっと前から。
そうなる気がしていたみたいに。
そして。
フルールはいつもの笑顔で笑った。
「しょうがないなー!」
ノアが顔を上げる。
「やってあげるよ!」
フルールは胸を張る。
「ノア、絶対接客できなさそうだもん!」
「……否定できん」
「でしょ?」
「あぁ」
二人が笑う。
自然に。
いつもみたいにその様子を奥で見ていたヴィルトは、静かに目を細めた。
「……ったく」
ぽつりと呟く。
目の奥が少し熱い。
木材をもらいに来る騎士団副長。
笑いながら話しかける娘。
気づけばいつも隣にいた二人。
「……青春だなぁ」
誰にも聞こえないように笑う。
工房へ朝の風が吹き込んだ。
木の香りが揺れる。
窓の外。
青空が広がっていた。
◇
── 二年後。
「ねぇねぇ! あったよ!」
「ほんとだ! ここだ!」
子供達の声が村道へ響く。
エルミア村。
小さな木造の店。
店先には木組みパズルが並び。
木の香りが漂っている。
「へぇ、木組み専門店なんて珍しいねぇ」
母親らしき女性が感心したように看板を見上げる。
その時。
店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
明るい声。
笑顔。
「新作できたばっかりなんですよ!」
「ほんと!?」
子供達が駆け寄る。
店の奥では。
赤髪の男が木材を削っていた。
「ノアー! お客さん!」
「んー」
「返事小さい!」
「聞こえてる」
「ちゃんと接客して!」
「お前いるから大丈夫だろ」
「もー!」
フルールが笑う。
ノアも少しだけ笑った。
窓の外。
田舎の風が揺れる。
穏やかな日差しの午後。
何も特別じゃない日常。
「ようこそ!『フェルン木組パズル工房』へ!」
完成
次回、おまけ回!
第10.5片「星は見ている〜運命の定義」
お楽しみに!




