第8片「続く祭りの中で」
「おー! ノアも手伝ってくれたのか! 助かったぜ!」
グリンウッド工房へ戻るなり、ヴィルト・グリンウッドの豪快な声が飛んできた。
工房の中はまだ忙しい。
祭り用に貸し出していた椅子や机の修理が山積みになっていた。
「祭りの日って毎年こんな忙しいのか?」
ノアが金具の入った袋を机へ置く。
「今日は特にな! 酔っ払いが机壊しやがってなぁ!」
「毎年言ってる気がする」
「毎年壊すやつがいるんだよ!」
ヴィルトが笑う。
その横で、フルールが肩を回した。
「つかれたー……」
「お前ほとんど運んでなかっただろ」
「ノアが持ってくれたもーん」
「そういう問題か?」
「そういう問題!」
ヴィルトがそんな二人を見ながら、ふっと笑う。
そして。
「そうだ」
何かを思いついたように手を叩いた。
「祭り、まだ朝まで続くぞ?」
「ん?」
「今からでも遅くねぇ。二人で少しまわってきたらどうだ?」
フルールの顔がぱっと明るくなる。
「いいの!?」
「おう。こっちは俺一人でもなんとかなる」
「やった! 行こうよノア!」
「そうだな」
ノアも頷いた。
「何か美味いもんくらい食いたいし」
「甘いものがいい!」
「肉も欲しい」
「えー!」
「祭り飯は肉だろ」
「スイーツ!」
「肉」
「甘いもの!」
「肉」
「……半分ずつ?」
「それでいい」
フルールが吹き出した。
ヴィルトはそんな二人を見送りながら、にやりと笑った。
「おーおー、青春してんなぁ」
「なんか言った?」
「いや別に?」
ヴィルトの笑みは完全に面白がっていた。
だが二人とも気づかない。
◇
再び祭りの通りへ。
さっきまでの騒がしさが少し落ち着き始めていた。
それでも人は多い。
提灯の灯りが夜道を照らし、屋台の煙が空へ流れていく。
「うわ、まだ人いっぱい」
「祭りだからな」
「ノア、ほんと感想雑だよね」
「事実だろ」
フルールがくすくす笑う。
さっきまでの“修羅場”が嘘みたいだった。
静か。
いや、周囲は賑やかだ。
でも。
空気はずっと楽だった。
「で? 甘いものって何食いたいんだ?」
「んー……果物飴!」
「子供か」
「お祭りなんだからいいじゃん!」
「まぁいいけど」
「ノアは?」
「串焼き」
「やっぱ肉じゃん!」
「祭り飯だからな」
「さっきも聞いた!」
笑いながら歩く。
それだけだった。
特別な話をしているわけじゃない。
でも不思議と心地いい。
◇
最初に寄ったのは射的だった。
「ノア! あれやろ!」
「またか」
「景品に木彫りある!」
「どれ」
ノアの目が少し変わる。
単純だった。
「ほんと木好きだねぇ」
「職人を目指してるからな」
「騎士団副長なのに」
「それとこれとは別だ」
ノアが銃を構える。
ぱこん。
一発。
景品が落ちた。
「うわっ、うま!」
「まぁな」
店主が苦笑いする。
「兄ちゃん、軍人さんか?」
「まぁそんなようなもんです」
「手慣れてんなぁ」
「普段もっと物騒なの相手してるんで」
「言い方怖ぇな!?」
フルールが笑い転げる。
その後も。
焼き串を食べ。
果物飴を食べ。
冷やし果実水を飲み。
花火を眺め。
ゆっくり歩いた。
途中。
フルールがふと足を止める。
「……綺麗」
夜空に大きな花火が広がっていた。
赤。
青。
金。
光が夜空を埋める。
ノアも少しだけ見上げる。
「ん、綺麗だな」
「ノアって、花火には木組みとか言わないんだ」
「さすがに言わん」
「ちょっと安心した」
「なんだそれ」
また笑う。
その時だった。
通行人の波が少し強く流れた。
「あっ」
誰かの肩が当たる。
フルールは数歩流される。
「うわっ、ごめんなさい!」
「いや、大丈夫――」
振り返る。
ノアがいない。
「あれ?」
辺りを見回す。
人。
灯り。
笑い声。
祭り。
でも。
さっきまで隣にいた赤髪が見当たらない。
「……ノア?」
ほんの数分。
なのに。
妙に心が落ち着かなかった。
どこ行ったんだろ。
はぐれた?
いや、ノアなら大丈夫だろうけど。
でも。
「あれ……」
少し、不安。
その時だった。
すっ。
手を握られる。
「……!」
驚いて振り返る。
そこにはノアがいた。
片手に串焼きを持っている。
「どこ行ってた」
「え?」
「はぐれるな」
ノアはそう言いながら、前を向いていた。
まるで。
当たり前みたいに。
自然に。
手を引いている。
「人多いんだから」
「……」
フルールは言葉が出なかった。
心臓が少しうるさい。
祭りの音とは違う。
なんだこれ。
分からない。
ただ。
手が温かかった。
「……うん」
それだけ答える。
ノアは特に気にした様子もなく歩き出した。
「次なんか食う?」
「……甘いの」
「まだ食うのか」
「食べる」
「すげぇな」
フルールは隣を歩きながら、そっと握られた手を見る。
そのまま。
少しだけ握り返した。
ノアは気づかない。
花火の音が夜空へ響く。
祭りはまだ続いていた。
次回、第9片「日常から離れて」
お楽しみに!




