第7片「祭りの外へ」
夏祭り当日。
王都フォレンティア・ベルクラウンは、昼過ぎから既に騒がしかった。
中央通りには提灯が並び、屋台が立ち並び、楽団の音が遠くから聞こえてくる。
肉の焼ける匂い。
甘い果実酒の香り。
子供の笑い声。
「……帰りたい」
祭りに繰り出してから十五分。
ノア・フェルンはもうそんなことを呟いていた。
「早ぇよ!」
隣でダグが笑う。
「まだ全然始まってねぇぞ!」
「人が多い」
「祭りだからな!」
「うるさい」
「お前ほんと祭り向いてねぇな!」
向いていない。
だが。
嫌いではなかった。
こういう空気は、まぁ悪くない。
ただ。
人混みが疲れるだけだ。
「で?」
ダグがにやにやと肘でつついてくる。
「今日は誰と回るんだ?」
「一人だが」
「絶対嘘」
「本当だ」
「どうせまたイベント起きる」
「やめろ」
ノアは本気で嫌そうな顔をした。
その時だった。
「ノアさーん!!」
「副長さーん!!」
「ノア様ー!」
「見つけたわよ運命の人!」
「……」
ノアは静かに空を見上げた。
「ほら来た」
ダグが腹を抱えて笑い始める。
「副長、お前もう呪われてるって!」
◇
最初に駆け寄ってきたのはリーシャだった。
薄グレーの髪を飾り紐でまとめ、祭り衣装を着ている。
いつもより少しだけ大人っぽい。
「ど、どうですか!?」
リーシャがくるりと回る。
「似合ってます?」
ノアは一瞬見る。
「暑そう」
「感想!!」
リーシャが崩れ落ちた。
「そこは可愛いとか綺麗とかあるじゃないですかぁ!」
「歩きにくそうだなとは思った」
「副長さんほんとそういうとこですよ!?」
その横からミーナが勢いよく割り込んできた。
「副長さん!!」
「なんだ」
「焼きおにぎりあります!!」
「ほう」
ノアの目が少しだけ動く。
リーシャがショックを受ける。
「食べ物の時だけ反応違いません!?」
「ハルミア味噌使った限定版です!」
「うまそうだな」
「ですよねぇ!?」
ミーナが満面の笑みになる。
「リーシャさんより食いつきいい!」
「うわぁぁん!」
リーシャが泣き真似した。
さらにその奥から、上品な声。
「ノア様」
ミレイユだった。
薄青の夏用ドレス。
周囲の通行人が思わず振り返るほど綺麗だった。
「本日はお会いできると思っておりましたわ」
「人多いな」
「そこからですの!?」
ミレイユまで崩れた。
その瞬間。
「今夜の星の流れ、やっぱり正しかったわね」
最後にセレナが現れる。
黒髪。
男物の祭り衣装。
片目を隠した前髪。
いつも通り半目。
「今日は“縁星”が強い日なの」
「知らん」
「つまり運命が動く夜よ」
「動かんでいい」
「嫌でも動くわ」
「なんで」
「星がそう言ってるから」
「星、今日かなりうるさいな」
セレナがむっと頬を膨らませた。
「貴方、星への敬意が足りないわよ」
「迷惑かけられてる側なんだが」
◇
数分後。
ノアは完全に囲まれていた。
右にリーシャ。
左にミーナ。
前にミレイユ。
後ろにセレナ。
「おいダグ」
「無理無理!」
少し離れた場所でダグが爆笑している。
「助けろ」
「面白すぎて無理だって!」
「同期を見捨てるな」
「副長、その台詞言ってる顔死んでるぞ!」
実際かなり疲れていた。
リーシャが勇気を出して口を開く。
「あ、あのノアさん! よかったら一緒に――」
「副長さん! 焼きおにぎり二個目いきます!?」
ミーナが割り込む。
「ノア様、向こうに静かな席をご用意しておりますの」
今度はミレイユ。
「高台へ行きましょう。星が綺麗だわ」
最後にセレナ。
「……」
ノアは目を閉じた。
うるさい。
かなりうるさい。
「とりあえず順番に喋れ」
「「「「無理です!!」」」」
綺麗に揃った。
ダグが膝から崩れ落ちて笑っている。
◇
祭りは続く。
リーシャは射的で盛大に外し。
「なんで当たらないんですかぁ!」
「力みすぎ」
ノアが適当に構える。
ぱこん。
一発。
「なんでです!?」
「副部隊長だから」
「関係あります!?」
ミーナはずっと食べ物を持ってきた。
「副長さん! 次これ!」
「増えてるな……」
「祭り限定です!」
「祭りってすごいな」
「感想そこ!?」
ミレイユは頑張って上品デートへ持ち込もうとする。
「こちらの灯籠、とても綺麗ですわ」
「木組みで再現できそうだな」
「木組みに変換しないでくださいまし!」
セレナは星ばかり見ていた。
「今夜、恋愛運かなり乱れてるわね」
「お前らのせいだろ」
「否定できないわ」
「認めるのか」
◇
そして夜も更けた頃。
ついに空気がぴりつき始めた。
リーシャが頬を膨らませる。
「さっきからミーナさん距離近くないですか!?」
「リーシャさんだって腕触ってましたよね!?」
ミーナも負けていない。
「み、皆さん落ち着いてくださいまし」
ミレイユが笑顔で仲裁する。
だが笑顔が少し怖い。
セレナは半目で眺めていた。
「女って面倒ね」
「お前もだろ」
「私は運命だから別枠よ」
「意味分からん」
ノアはもう疲れていた。
帰りたい。
静かな場所へ行きたい。
工房とか。
その時だった。
「あれ?」
聞き慣れた声。
全員が振り向く。
紙袋を抱えたフルールが立っていた。
「ノアじゃん」
「……あぁ」
フルールは周囲を見回す。
リーシャ。
ミーナ。
ミレイユ。
セレナ。
そして疲れ切ったノア。
数秒後。
「あはは! なにこれ、モテモテじゃん!」
笑った。
本気で面白がっている。
悪意ゼロだった。
「やめて。違う」
「違わなくない?」
「違う」
「必死だねぇ」
リーシャ達が微妙な顔になる。
フルールだけ空気が違った。
祭りの中にいるのに。
この子だけ、いつもの工房の空気を持ってきている。
「フルールちゃんもお祭りですの?」
ミレイユが尋ねる。
「んーん、おつかい!」
紙袋を持ち上げる。
「工房で使う金具買いに来たんだー」
「おやっさんは?」
「仕事ー。祭り用の椅子壊れたって」
「あー……」
ノアが納得する。
ありそうだった。
そしてフルールはふと思い出したように言った。
「そうだノア」
「ん?」
「荷物増えそうなんだけど、手伝ってよ」
「別にいいけど」
即答だった。
四人が止まる。
「じゃ、行こ!」
「ん」
ノアは自然に歩き出した。
フルールも隣へ並ぶ。
「あ、そうだ。黒白六連どうなった?」
「赤で止まってる」
「まだ悩んでんの!?」
「妥協したくない」
「職人だねぇ」
「美しさは大事だ」
「木組みの時だけ熱いよね」
「否定できん」
そんな話をしながら。
二人は自然に歩いていく。
誰も止められなかった。
いや。
止める理由が分からなかった。
数秒後。
「あれ?」
リーシャが気づく。
「……いない」
ミーナが止まる。
「副長さん?」
ミレイユが固まる。
「ノア様?」
セレナだけが夜空を見上げていた。
「……なるほど」
「な、何がですの?」
ミレイユが聞く。
セレナは少しだけ笑う。
「星、ああいうの好きなのよ」
「だからどういう意味ですかぁ!?」
リーシャが叫ぶ。
少し離れた通り。
祭りの灯りの外。
ノアとフルールはまだ普通に歩いていた。
「祭り楽しかった?」
「うるさかった」
「あはは!」
笑い声が夜風に混ざる。
提灯の灯りから少し外れた道を。
二人は歩いていった。
次回、第8片「続く祭りの中で」
お楽しみに!




