第5片「工房の前の攻防」
「……なんだったんだ、あれは……」
夕暮れ。
騎士団任務帰り。
ノア・フェルンはぼんやり空を見上げながら歩いていた。
脳裏に浮かぶのは、数日前の出来事。
黒髪。
男物の服。
半目。
茂み。
そして。
『星がそう言ってるの!』
「……星もなかなか迷惑なことをしてくれたもんだ」
思わず呟く。
あれは本当に何だったのか。
運命とは何なのか。
そもそも茂みから出てくる必要はあったのか。
ノアの中でまだ答えは出ていなかった。
「今日はまたいつにも増してぼんやりしてたな、副長さんよ」
隣を歩くダグがにやにやしながら肘でつついてくる。
「うるせ、ぼんやりしてねーよ」
「じゃあなんだ」
「考え事だ」
「女のことか?」
「そうだけどそうじゃない」
「面白そうじゃねぇか」
ダグの目が輝く。
「聞かせろよ」
「嫌だ」
「なんでだよ」
「説明するのが面倒」
「絶対面白いじゃねぇか」
ノアは無視して歩いた。
ダグはしつこく横をついてくる。
「で? 美人だったのか?」
「……まぁ」
「おぉ!」
「でも茂みに埋まってた」
「……は?」
「星占いがどうとか言ってた」
「……は???」
ダグが完全に理解を放棄した顔になる。
「副長、お前だけ生きてるジャンル違わない?」
「俺もそう思う」
ノアは真顔だった。
◇
宿舎、自室。
机の上には木材。
道具、そして削り屑。
黒。
白。
そして赤。
ノアは座るなり木組みを手に取った。
「……やっぱここだよなぁ」
今作っているのは黒白六連。
だが、まだ足りない。
もっと複雑にしたい。
もっと美しくしたい。
そして。
赤。
このアカシアをどう組み込むか。
「ここに赤入れると浮くんだよな……」
削る。
組む。
外す。
考える。
やっぱりこれが一番楽しい。
騎士団の仕事も悪くない。
でも。
心が静かになるのはこっちだった。
木と向き合っている時間。
構造を考えている時間。
何もかも忘れられる。
「……やっぱ次は違う発想試すか」
黒白六連もいい。
だが別方向も欲しい。
発想の転換。
そのためには新しい木材も必要だ。
ノアは静かに頷いた。
「よし。次の非番、工房行くか」
◇
数日後。
王都は快晴だった。
ノアはいつものようにグリンウッド工房へ向かっていた。
石畳。
木の香り。
昼下がりの陽射し。
嫌いじゃない。
工房が見えてきた時だった。
「ノア様ーっ!」
「……」
聞こえた。
聞こえてしまった。
ノアは一瞬だけ考える。
――このまま聞こえなかったことにできないか?
しかし。
「ノア様っ!」
だめだった。
すごい勢いで来ている。
仕方なく振り返る。
そこには、満面の笑みのミレイユ・バルドーがいた。
金髪を揺らしながら、片手でスカートを持って小走りしてくる。
お嬢様らしい上品な走り方だった。
「……どうも」
「ちょうど宿舎へお伺いするところでしたの!」
嬉しそうである。
かなり嬉しそうである。
「そうですか」
「ノア様にぜひお贈りしたいものがありまして!」
「なんですか?」
ノアは一応聞いた。
内心では、
(いや、別にいらんけど)
と思っていた。
ミレイユは大事そうに抱えていた箱を差し出す。
「開けてくださいまし!」
「……?」
ノアが箱を開ける。
その瞬間だった。
「……え?」
空気が変わった。
ノアの目が見開かれる。
中に入っていたのは――
王国外の高級木材。
しかもかなり質がいい。
王都でも滅多に流通しないレベルだった。
木目。
艶。
乾燥状態。
全部が完璧。
「え、こんな貴重なものを?」
ノアの声色が変わる。
ミレイユの顔がぱぁっと輝いた。
初めてだった。
ここまで明確にノアが食いついたのは。
「お父様の伝手で取り寄せましたの!」
「これ普通に高いですよね?」
「えぇ、かなり」
「なんで?」
「ノア様に喜んでいただきたくて」
ノアは木材を見つめたまま固まった。
すごい。
これは本当にすごい。
「……加工しやすそうだな」
「はいっ!」
「色も綺麗だ」
「はいっ!」
「香りもいい……」
「はいっ!」
ミレイユが幸せそうだった。
完全に会話が成立している。
初めて。
本当に初めて。
その時だった。
「それでその……もしよろしければ」
ミレイユが頬を赤くする。
「また、お茶にでも――」
聞いていない。
ノアは完全に木材を見ていた。
「この赤み、黒と合わせても面白いな……いや白か……?」
「ノア様?」
「繊維細かいな……」
「ノア様?」
そこへ。
工房の扉が開いた。
「ノア!来てたんだ!」
フルールだった。
エプロン姿。
いつもの笑顔。
「どうしたの? ノア。また知り合い?」
「あぁ、ちょっとな」
ノアが自然に答える。
ミレイユがぴたりと止まった。
その“自然さ”が気になった。
「こちらは?」
「世話になってる工房の娘さん」
「フルール・グリンウッドです!」
フルールがにこっと笑う。
ミレイユも上品に一礼した。
「ミレイユ・バルドーですわ」
「バルドー……って地主さんの?」
「えぇ」
フルールの目が少し丸くなる。
その横でノアはまだ木材を見ていた。
「いやこれ本当にすごいな……」
「気に入っていただけました?」
「かなり」
ミレイユの頬が赤くなる。
その様子を見て、フルールは少しだけ目を細めた。
「ノア様、このような小さな工房ではなく」
ミレイユが優雅に微笑む。
「王都一の老舗工房をご紹介いたしますわよ?」
ノアが顔を上げる。
「老舗?」
「それってキングスツリー工房のこと?」
フルールが首を傾げて聞く。
「えぇ!そうですわ!」
「うーん」
腕を組む。
「たぶんノア、あそこあんま好きじゃないと思うなー」
「……え?」
ミレイユが止まる。
フルールは普通に続けた。
「あそこ綺麗すぎるし、職人さんも分業制だし」
「分業制の何が悪いんですの?」
「悪くはないけど」
フルールはちらっとノアを見る。
「ノアって、“人が作ってる感じ”好きじゃん?」
「……まぁな」
ノアが頷いた。
ミレイユが固まる。
「え?」
「キングスツリーって技術はすごいけど、ノアそういう空気好きじゃないと思う」
「……」
ミレイユは言葉に詰まった。
フルールは悪意ゼロだった。
純粋に言っている。
だが。
分かっている。
ノアの好みを。
その時。
ミレイユが負けじとノアの手を取った。
「でしたら! ノア様専属の職人をご用意して――」
フルールの眉がぴくっと動く。
「専属?」
「えぇ!」
「ノア、そういうの嫌いそう」
「嫌いではありませんわ!」
「ノアが?」
「え?」
二人が止まる。
そして。
無言で見つめ合った。
空気が張る。
工房前。
静寂。
笑顔。
しかし目が笑っていない。
通りすがりの猫が避けて通る。
ノアはしばらく二人を見ていた。
それから普通に言った。
「いえ、結構です」
「「え?」」
二人同時だった。
「俺、この工房好きなんで」
あっさり。
即答だった。
フルールが少しだけ嬉しそうな顔をする。
ミレイユは固まる。
ノアは続けた。
「木材のお礼はまたちゃんとします」
「ノア様……!」
「おやっさんいる?」
「いるよー!」
「ん」
ノアは自然にフルールを促し、そのまま工房へ入っていく。
「ノア、今日なんの木探しに来たの?」
「ちょっと発想変えたくて」
「また変なの作るんだ?」
「変とは失礼だな」
「この前の黒白六連は変だったよ?」
「美しかっただろ」
「まだ完成してないじゃん!」
そんな会話をしながら二人は奥へ消えていく。
残されたミレイユ。
「……え?」
ぽかん。
しばらく固まっていた。
工房の扉が閉まる。
「……負けましたの?この私が…?」
風は爽やかだった。
次回、第6片「そんなおまけいらん」
お楽しみに!




