第4片「茂みから出て掴む」
数日後。
非番。
「……今日は煮込みかな」
昼時の王都。
ノア・フェルンは一人、石畳の通りを歩いていた。
目的地はもちろん、酒場《月灯りの麦亭》。
酒は飲まない。
だが飯がうまい。
特に昼の煮込み定食が良い。
騎士団内でも隠れた人気メニューだった。
ノアは店の扉を開ける。
からん、と鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ――あっ」
カウンター奥で皿を運んでいたリーシャ・ベルノがぱっと顔を明るくする。
「ノアさん!」
「どうも」
ノアが軽く手を上げた、その瞬間。
「おっ、ノアじゃねーか!」
別方向から聞こえた太い声。
振り向くと、奥の席にヴィルト・グリンウッドとフルールがいた。
「やぁ、おやっさん」
「偶然だな!」
「まぁ酒場ですし」
「それもそうだ!」
ヴィルトが豪快に笑う。
フルールも嬉しそうに手を振った。
「ノア! こっち座りなよ!」
「ん」
ノアは自然にそちらへ向かった。
リーシャはその背中を見送りながら、少しだけ頬を膨らませた。
(……自然)
何が自然かというと。
距離感である。
ノアは自分と話す時より、明らかに肩の力が抜けている。
しかも。
座る位置まで自然だった。
フルールの隣。
迷いがない。
いつもの席みたいな顔で座った。
(ずるい……)
リーシャはちょっとだけ悔しかった。
でも負ける気はない。
むしろ燃えた。
(よし……今日はいつもより美味しく盛ろう)
方向性が少し違う気もした。
◇
「で? 今は何作ってんだ?」
ヴィルトがパンをちぎりながら尋ねる。
「黒白六連」
「まだやってんのかあれ」
「赤をどこに入れるか悩んでる」
「料理の話みたいに言うな」
フルールがくすくす笑う。
「赤い木って綺麗なの?」
「綺麗」
「今度見せて!」
「完成したらな」
「やった!」
そのやり取りが妙に自然だった。
リーシャが水を運びながらちらりと見る。
(……なんか悔しい)
でも理由は分かっている。
自分は頑張って話しかけている。
フルールは普通に話している。
その差だ。
「ご注文お決まりですか?」
営業スマイル百点の笑顔でリーシャが立つ。
ノアは一瞬固まった。
「……あ」
「今思い出しましたね?」
「ギリギリで」
「忘れないでください!?」
フルールが吹き出す。
「知り合い?」
「あぁ」
ノアはため息混じりに説明した。
「じいちゃんが仕組んだ」
「え?」
「偶然を装ってぶつかってきた」
「えぇ!?」
フルールが机を叩いて笑い出す。
ヴィルトまで吹き出した。
「なんだそりゃ!」
「俺もそう思う」
「いや面白すぎるだろ!」
「本人は真面目なんです!」
リーシャが抗議する。
「二回ぶつかりました!」
「頑張ったなぁ!」
「褒めないでください!」
酒場の空気がどっと笑いに包まれる。
ノアだけ真顔だった。
「しかも途中で白状した」
「耐えきれなかったんです!」
「じいちゃんの作戦が雑だった」
「そこは否定できません……」
リーシャがしょんぼりする。
フルールは笑いすぎて涙目だった。
「ノアってそういうこと巻き込まれるんだ……」
「最近多い」
「モテるんじゃねぇか?」
ヴィルトがにやにやする。
「いや別に」
「好きな女とかいねぇのか?」
「おやっさんまで……」
ノアは苦笑いした。
「勘弁してくれよ」
「なんなら紹介してやるぞ?」
「だからいいって」
フルールが面白そうに身を乗り出す。
「どんな人がタイプなの?」
「……んー」
ノアは少し考えた。
リーシャも耳をそばだてる。
周囲の客までなんとなく聞いていた。
「一緒にいて疲れない人」
「おぉ」
「静かでも平気な人」
「へぇ」
「好きなことしてても怒らない人」
「……」
「あと飯うまいと助かる」
「最後急に生活感!」
フルールが笑う。
ヴィルトも笑う。
リーシャはなぜか赤くなっていた。
ノアは続ける。
「無理して気を遣う関係は苦手だな」
その瞬間。
フルールは少しだけ目を丸くした。
――なんか、いいな。
そう思った。
ノアの言う“結婚”は、何だか温かかった。
「ノアらしいね」
「そうか?」
「うん」
リーシャはそっとメモを取っていた。
『飯うまい人』
「何してるんです?」
「努力です」
「方向性が怖いんですけど」
◇
食事後。
ヴィルト親子は先に帰ることになった。
「じゃあなノア!」
「また木材貰いに行くよ」
「おう!」
フルールが笑顔で手を振る。
「また工房来てね!」
「行く」
短いやり取り。
でも自然だった。
リーシャはその空気をまた見ていた。
(……ずるい)
頬を膨らませる。
ノアはそれに気づかない。
全く気づかない。
「ご馳走様でした」
普通に会計して帰ろうとしていた。
リーシャは慌てて呼び止める。
「あ、あの!」
「?」
「また来てくださいね!」
「飯うまいし来る」
「そ、そういう意味じゃ……いや嬉しいですけど!」
ノアは首を傾げた。
やっぱり少しズレていた。
◇
その後。
ノアは道具屋へ向かった。
新しい細工用の刃が欲しかったのだ。
「……お、これいいな」
細い削り刃。
小型彫刻刀。
繊細加工用の金具。
見ているだけで楽しい。
気づけば夕方だった。
店を出る。
空が赤い。
「……久しぶりに星でも見に行くか」
ふと思い立った。
街外れの高台。
時々行く場所だ。
風が静かで落ち着く。
◇
高台。
まだ空は薄青い。
ノアはベンチへ腰掛け、ぼんやり空を見上げた。
涼しい風。
静かな空気。
嫌いじゃない。
ふと昼間のことを思い出す。
フルール。
よく笑う子だ。
木組みに興味持つやつ、珍しいんだよな。
話してると楽しいし。
気も楽だ。
「……まぁ、あいつ面白いしな」
そこまで考えて。
ノアは小さく息を吐いた。
その時だった。
――がさっ。
背後の茂みが揺れた。
ノアが振り返る。
「……?」
再び、がさがさっ。
そして。
茂みから女が生えてきた。
「いたぁっ!!」
「うわっ」
黒髪短髪。
男物の服。
気の強そうな目。
しかし現在、下半身が茂みに埋まっている。
「……何してんの?」
ノアが真顔で聞いた。
女性は枝を払いながら立ち上がる。
「星占いによると!」
勢いよく指を突きつける。
「今夜ここで運命の殿方と出会えると出た!」
「へぇ」
「つまり貴方よ!」
「違うと思う」
ノアは即答した。
そして普通に帰ろうとする。
「待ちなさい!」
女性が飛びついた。
ぎゅっ。
服の裾を掴まれる。
「……」
「……」
ノアは空を見上げた。
「やめて」
「運命なのよ!?」
「離して」
「嫌よ!」
「なんで」
「星がそう言ってるから!」
「星すげぇ迷惑」
女性はむっと頬を膨らませた。
「貴方、名前は!?」
「帰りたい」
「質問に答えなさい!」
「……ノア」
「ノア!」
女性がびしっと指を突きつける。
「私はセレナ・アルヴィア! 貴方の運命の相手よ!」
「帰る」
「待ちなさいってばぁぁぁ!!」
夕暮れの高台に叫び声が響いた。
星はまだ出ていなかった。
次回、第5片「工房の前の攻防」
お楽しみに!




