第3片「勝手に来た迎え」
「……まったく、あのじじぃめ……」
夜。
王立騎士団宿舎、自室。
ノア・フェルンは椅子に深く座り込み、盛大にため息を吐いた。
机の上には、削り途中の木片。
床には木屑。
窓際には完成済みの木組みパズルが並ぶ。
騎士団副部隊長の部屋としてはどうかと思う光景である。
「偶然を装って出会え、って……」
昼間の女性――酒場で働いていたというあの女性を思い出す。
じいちゃん。
やはり恐ろしい男だ。
孫の恋愛にまで戦術を持ち込まないでほしい。
「いや、でも……」
ノアはぼんやり天井を見上げた。
結婚。
したくないわけではない。
むしろ、したい。
いつかは。
田舎へ帰って。
静かな村で。
木組みパズルの店なんか開いて。
その隣に、一緒にいてくれる人がいて。
……まぁ、それなりに幸せそうではある。
「でも、“自然に”出会える相手がいないんだよなぁ……」
ぽつりと漏らす。
見合いは違う。
工作も違う。
偶然を装うのも当然違う。
もっとこう。
気づいたら隣にいた、みたいなのが理想だ。
「まぁ、そんな都合いい話あるわけ……」
そして次の瞬間。
「それより木組だ!」
即切り替わった。
ノアは机へ向かう。
黒いダークオーク。
白いシラカバ。
そして赤いアカシア。
今日手に入れた木材を並べる。
「黒と白の六重連結……これはいいのが出来そうだ」
指先で木を撫でる。
木目。
硬さ。
香り。
たまらない。
「赤も面白いよな……何に使うか……」
真剣に悩む。
はっきり言って。
剣を振っている時より遥かに楽しい。
騎士団の仕事は嫌いではない。
誇りもある。
でも。
心が落ち着くのはこっちだった。
木を削っている時。
構造を考えている時。
カチッとはまる瞬間。
あれが好きなのだ。
「……村帰って、店出したいなぁ」
ぽつりと漏れる。
木組み専門店。
絶対儲からない気もする。
でも楽しそうだ。
そして。
「……隣に誰かいてくれたら、もっといいか」
少しだけ笑う。
その後、ノアは深夜まで木を削り続けた。
◇
翌日。
街道警備任務帰り。
「なぁノア」
隣を歩く同期の騎士、ダグが呆れた声を出す。
「お前昨日また徹夜したろ」
「ちょっと」
「目の下ひどいぞ」
「いい感じの構造思いついた」
「知らん」
ダグは肩を竦めた。
「お前ほんと木組み好きだな……」
「まぁな」
「副部隊長が言う台詞じゃねぇ」
「副部隊長だからこそ癒しが必要なんだよ」
「それが木切れ?」
「木切れじゃない」
真顔だった。
ダグは諦めたように空を仰ぐ。
その時だった。
「――きゃあぁぁぁっ!!」
女性の悲鳴。
二人の顔色が変わる。
「っ!」
ノアとダグは反射的に走り出した。
街道脇。
少し森へ入った場所。
そこには、荷車の前で尻餅をついた若い女性と、一体の魔獣がいた。
狼型。
中型。
そこまで強くはない。
だが一般人には十分危険だ。
「ギャアアア!」
飛びかかる魔獣。
その瞬間。
銀閃。
ノアの剣が走った。
一撃。
魔獣の動きが止まる。
直後。
「はぁっ!」
ダグの斬撃が追撃した。
魔獣は地面へ倒れ込む。
戦闘終了。
数秒だった。
「大丈夫ですか?」
ノアが女性へ手を差し出す。
女性は呆然とノアを見上げていた。
綺麗な金色の髪。
上品な服装。
どう見ても裕福な家の娘だ。
「あ、あの……ありがとうございます……!」
震える声で礼を言う。
「怪我は?」
「だ、大丈夫です……」
ノアは周囲を確認する。
他の魔獣はいない。
「街まで送ります」
「えっ、でも……」
女性が遠慮がちに視線を揺らす。
「また襲われる可能性があります」
淡々と言うノアに、女性は顔を赤くしながら頷いた。
その横でダグが小さく口笛を吹いた。
◇
王都入口。
「本当にありがとうございました!」
女性が何度も頭を下げる。
ダグは少し得意げだった。
ノアはいつも通り無表情だった。
「お気になさらず」
「で、でも……!」
女性は少し迷った後、恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……お名前を……」
「ノア・フェルン」
「ノア様……」
名前を繰り返す声はどこか熱っぽい。
「そちらは?」
「ミレイユ・バルドーです」
聞いたことある家名だった。
確か近郊の地主。
かなり裕福な家だったはず。
「では失礼します」
ノアは軽く会釈して歩き出した。
その背中を。
ミレイユは名残惜しそうにずっと見送っていた。
ダグは横でその様子を見て、ニヤニヤしていた。
「……お前、まただな」
「何が」
「なんでお前ばっか恋愛イベント起きるんだよ」
「知らん」
「俺も一緒に戦ったんだけど?」
「そうだな」
「扱い軽っ」
◇
翌日。
宿舎。
「ノア・フェルン様はいらっしゃいますか?」
受付がざわついていた。
ノアが顔を出すと、そこには昨日のミレイユが立っていた。
しかも箱を抱えている。
「あ」
「ノア様!」
ぱぁっと表情が明るくなる。
周囲の騎士たちがざわついた。
「美人じゃねぇか……」
「なんなんだあの人……」
ひそひそ声が飛び交う。
ノアは少し嫌そうな顔をした。
目立ちたくない。
非常に目立ちたくない。
「昨日のお礼に、ケーキを焼いてきたんです!」
「……どうも」
「よかったら召し上がってください!」
「ありがとうございます」
隣で様子を見ていたダグが、小声でぼやく。
「なんでお前だけ?」
「知らん」
「俺もいたよな?」
「いたな」
「なぁ?」
ダグの訴えを完全に流しながら、ミレイユは嬉しそうに続けた。
「父もぜひお礼がしたいと申してまして……」
「あぁ」
「今度ぜひ、屋敷へいらしてください!」
「まぁ、休みが合えば」
ノアは適当に答えた。
社交辞令である。
完全に。
だがミレイユはぱっと顔を輝かせた。
「本当ですか!」
「……え?」
ノアが嫌な予感を覚えた時には遅かった。
「父に伝えてきます!」
「いや、あの」
もう遅かった。
ミレイユは嬉しそうに帰っていく。
ノアはその背中を見送りながら、ゆっくりダグを見る。
「……なんか話通じてなかった気がする」
「お前が曖昧な返事するからだろ」
「断ったつもりだったんだが」
「どこが?」
ダグは呆れ顔だった。
◇
そして数日後。
非番。
宿舎前。
「ノア・フェルン様をお迎えに参りました」
豪華な馬車が勝手にやって来て止まっていた。
ノアは固まった。
「……来た」
逃げられない。
完全に来た。
「なんで休み把握してんの」
横で見ていたダグが腹を抱えて爆笑していた。
「行ってこいよ副長!」
「嫌だなぁ……」
「地主のお屋敷だぞ!? 美人のお嬢様だぞ!?」
「木組みしたい」
「終わってる」
結局。
ノアは観念した。
ただし。
小さな木材は持った。
馬車内で構造を考えるためである。
◇
バルドー家屋敷。
豪華だった。
広い。
眩しい。
落ち着かない。
ノアは終始そんな顔だった。
メイドたちはひそひそ話している。
「あの方が……」
「ミレイユお嬢様のお相手候補……?」
「騎士団副部隊長らしいわよ」
「素敵……」
ノアは聞こえていた。
副部隊長って肩書き便利だな。
くらいしか思っていなかった。
通された晩餐室には豪華な料理が並んでいた。
肉。
魚。
スープ。
高級そうなパン。
「ぜひ召し上がってください!」
ミレイユが期待に満ちた目で見てくる。
その隣では、父であるバルドー卿も品定めするようにノアを見ていた。
「……いただきます」
ノアは一口食べた。
美味い。
かなり美味い。
だが次の瞬間には別のことを考えていた。
赤に合わせるなら……黒か?
いや。
重くなる。
白か?
いや。
普通すぎる。
なら薄い茶色……?
「ノア様?」
ミレイユが不安そうに声をかける。
「……はい?」
戻ってきた。
ミレイユは頬を赤くしていた。
「その……お口に合いましたか?」
「はい。木目が綺麗ですね」
「……木目?」
「このテーブル」
沈黙。
ミレイユがぱちぱち瞬きする。
バルドー卿も止まった。
ノアは気づいていない。
「良い加工してます。反りも少ないし」
「そ、そうかね……?」
「乾燥工程が丁寧なんでしょうね」
料理ではなく机を褒め始めた。
後ろに控えていたメイドが吹き出しそうになって肩を震わせる。
ミレイユはなぜか嬉しそうだった。
「お父様、この方やっぱり職人気質で素敵です……!」
頬を染めてうっとりしている。
「そ、そうだな……?」
バルドー卿は戸惑い気味だった。
違う。
ただ木が好きなだけである。
バルドー卿が咳払いした。
「ノア君」
「はい」
「娘も、君のことを大変気に入っていてね」
ミレイユが恥ずかしそうに俯く。
「はぁ」
「君ほどの青年なら、ぜひ将来を考えていただきたい」
「……」
ノアは少し考えた。
将来。
田舎。
店。
木組み。
隣に誰か。
悪くない。
だが今は。
赤と白だと軽いんだよな……
また思考が逸れた。
「ノア君?」
バルドー卿が怪訝そうに呼ぶ。
「……はい?」
また戻ってきた。
バルドー卿は優雅に微笑む。
「つまりだ。娘との縁談を前向きに――」
「ちなみに」
ノアが真顔で口を挟んだ。
「この屋敷の家具、どこの工房です?」
「……は?」
バルドー卿の笑顔が固まる。
「椅子の継ぎ、かなり精巧で」
ミレイユが両手を胸の前で組む。
「まぁ……家具にまで興味を……!」
目がきらきらしていた。
「いや普通に気になって」
「職人を大切にする方なのですね!」
「え?」
どんどん話がズレていく。
ノアだけが置いていかれていた。
バルドー卿は何とか軌道修正を試みる。
「その、ノア君。君は結婚についてどう思うかね?」
「結婚ですか」
ノアは少し真面目に考えた。
「静かな村で、好きなことしながら暮らせたらいいですね」
ミレイユの顔が真っ赤になる。
「まぁ……!」
嬉しさを隠しきれない声だった。
「隣に理解ある人がいてくれると助かります」
「お、お父様……!」
ミレイユが感極まったように父を見る。
「う、うむ……!」
バルドー卿まで満更でもない顔になる。
盛り上がる父娘。
ノアは首を傾げた。
木組みの話なんだが?
完全に伝わっていない。
そして。
バルドー卿が満足げに頷いた。
「なるほど。では、そんな木切れ遊びもほどほどにして娘との――」
その瞬間。
ノアの眉がぴくっと動いた。
空気が変わる。
メイドたちが息を呑む。
ダグなら「あ、終わった」と察する顔だった。
「木切れ…」
木切れと言ったか?
ノアが静かに復唱する。
「……あ、結構です」
場が止まる。
ミレイユが固まる。
バルドー卿も固まる。
メイドたちまで動きを止めた。
ノアは静かに立ち上がる。
「そろそろ帰ります」
「えっ?」
ミレイユが慌てて顔を上げる。
「ご馳走様でした」
礼儀正しく一礼。
そして机の端に置いていた木材をそっと手に取った。
「ノ、ノア君!? 待ちたまえ!」
「失礼します」
「ち、違うんだ! 私はただ――」
焦るバルドー卿に、ノアは振り返る。
「木切れではないので」
真顔だった。
致命的に真顔だった。
そのままノアは普通に帰り始めた。
徒歩で。
残された地主とミレイユは呆然としていた。
「……え?」
「帰っちゃうの……?」
メイドが恐る恐る呟く。
「もしかして……怒らせたのでは……」
バルドー卿が青ざめる。
ミレイユはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「……でも」
「ミレイユ?」
父が不安げに娘を見る。
「好きなものを馬鹿にされて怒る方なんですね……」
頬が赤かった。
「素敵……」
「えー……」
メイドたちは困惑し、
バルドー卿は頭を抱えた。
夜道を歩きながら、ノアはさっきの会話を思い返していた。
結婚。
将来。
隣に誰か。
悪くはない気もする。
だが結局、最後には――
「赤と合わせるなら何色かなぁ……」
次回、第4片「茂みから出て掴む」
お楽しみに!




