第2片「自然な?出会いとは」
「おーい、おやっさーん! また切れっ端おくれー!」
昼下がり。
王都西区の外れにある家具工房へ向かって、ノア・フェルンはいつもの調子で声を張った。
すると工房の奥から、
「おう! その辺にあるやつならどれでも持っていきな!」
と、気のいい太い声が返ってくる。
木を削る音。
漂う木屑の匂い。
職人たちの笑い声。
ノアはこの空気が結構好きだった。
「黒と白ある?」
「あー、それならダークオークとシラカバが余ってるぞ」
「そりゃいいね」
「この辺じゃ珍しいアカシアって赤いのもあるぜ」
「じゃあそれももらっとくよ。ありがとよ、いつも」
工房の主、ヴィルト・グリンウッドは豪快に笑った。
熊みたいな大男である。
実際、初対面の人間は大抵一瞬身構える。
だが話してみると、
「細かいことは気にすんな!」
で大体済ませるタイプだった。
ノアとはもう数年来の付き合いである。
家具製作で余った端材を、駄菓子みたいな値段で分けてくれるありがたい存在だ。
おかげで木組みパズル製作が存分に楽しめている。
「今回は何作るんだ?」
「六連」
「また変なの作るなぁ」
「今回は色分けする」
「何言ってるか分からん」
「俺も途中から分からなくなる時ある」
「おい」
そんな会話をしていると、
「あ! ノア! また来たんだ!」
工房の奥からぱたぱた駆け寄ってきたのは、ヴィルトの娘、フルールだった。
明るい栗色の髪を後ろで結んだ十九歳。
今は父の工房を手伝っている。
そして妙にノアの木組みパズルを気に入っていた。
「やぁ、フルール」
「今度はどんなの作るの?」
「黒と白の六連」
「六連!? そんなの解けないよー!」
「完成したらまた試させてやるよ」
「絶対無理だって!」
「大丈夫だ。俺もたまに解けなくなる」
「作った本人が言わないで!?」
ヴィルトが奥で大笑いする。
ノアは木材を抱えながら少し考え込んだ。
黒と白。
そこへ赤を混ぜるとどうなるだろう。
色の流れができる。
いや、構造が複雑になりすぎるか?
「……七連もいけるか?」
「何が?」
「いや独り言」
フルールは慣れた笑顔で、
「また変なこと考えてる……」
と呟いた。
◇
帰り道。
ノアはご機嫌だった。
黒、白、赤。
かなり良い材料が手に入った。
今日は久々に長時間没頭できそうである。
「やっぱシラカバ綺麗だな……」
白木の木材を眺めながら歩く。
完全に木材に意識を持っていかれていた、その時。
どんっ。
「きゃっ!?」
「っと」
また誰かとぶつかった。
今日は本当によくぶつかる。
ノアは軽くため息をつきながら相手を見る。
「あ」
「あっ!」
グレーの髪。
慌てた顔。
なんか既視感あるなと思ったらさっきぶつかった女性だった。
「先ほどはすみません!」
「いや、今もですけど?」
「あ、そうですね! すみませんすみません!」
ぺこぺこ頭を下げる女性。
ノアは少しだけ眉を寄せた。
……おかしい。
家具工房への道中。
そして今、帰り道。
しかも同じ場所周辺。
偶然にしては妙だ。
女性は慌てた様子で言葉を続けた。
「あ、あの! 二度もぶつかったお詫びと言ってはなんですけど、よ、良かったらウチで夕食でも……!」
「いえ、結構です」
即答だった。
女性が固まる。
ノアは真顔だった。
「お気になさらず」
「えっ」
「では」
「ま、待ってください!」
女性が慌てて腕を伸ばす。
「それは困ります!」
「え?」
ノアは止まった。
そして首を傾げる。
「何が困るんです?」
「えっ」
「……」
「……」
女性の目が泳ぐ。
ノアは段々確信し始めていた。
これは何かある。
普通ではない。
そもそも最初のぶつかり方も妙だった。
一度目はまだ流した。
だが同じ日に同一人物と二度は流石に怪しい。
騎士団副部隊長としての勘がそう言っている。
……いや。
使う場所合ってるかは分からないが。
「何か理由があるんですか?」
「い、いえ、その……」
「……」
「……」
「分かりました」
ノアは頷いた。
女性が少し安心した顔をする。
「食事に行きましょう」
「えっ」
「話、聞きます」
◇
十分後。
ノアは女性の自宅にいた。
小綺麗な部屋だった。
机には二人分の食事。
妙に準備がいい。
ノアは静かに椅子へ座る。
そして。
「さぁ」
女性がびくっと肩を震わせた。
「どういう訳ですか」
「え、えっと……」
「何が困るんです?」
「そ、それは……」
「説明してもらいますよ」
ちょっと騎士団モードだった。
内容は恋愛工作の尋問だが。
女性は数秒耐えた。
しかし。
「私はリーシャ・ベルノといいます。
実は、あ、あなたのお祖父様に……」
案外あっさり口を割った。
「……じいちゃん?」
「お、お孫さんに早く結婚してほしいって……!」
ノアは無表情になった。
「あのクソじじいめ……」
「す、すみません!」
「いやリーシャさんは悪くないです」
かなりじいちゃんだった。
むしろ予想よりじいちゃんだった。
女性はおずおず続ける。
「偶然を装って出会うように、と依頼されまして……」
「雑だなぁ……」
「え?」
「いや、じいちゃんの作戦」
ノアは深くため息を吐いた。
あの祖父ならやる。
やるだろうなとは思っていた。
だが本当にやるとは。
いややりそうだった。
かなりやりそうだった。
「……ちなみに報酬は?」
「えっ」
「いや、じいちゃん幾ら払ったんです?」
「そ、そういう感じじゃないです!」
「違うんですか」
「ち、違います!」
女性は慌てて首を振った。
そして少し俯く。
「あ、でも……」
「?」
「それだけじゃないんです」
ノアは黙る。
女性は顔を赤くしながら言った。
「わ、私自身も、ノアさんのことは前から気になってて……」
「はて?」
ノアは首を傾げた。
誰だっただろう。
見覚えがない。
女性は恐る恐る尋ねる。
「……覚えてらっしゃいませんか?」
「……」
ノアは真剣に考えた。
全然分からない。
「あなたがよくいらっしゃる酒場、
『月灯りの麦亭』で働いてるんですが……」
「……」
「……」
「全く覚えてない」
「…………」
空気が止まった。
女性の目が死んだ。
ノアは少し申し訳なくなった。
「いや、その」
「こないだも来てくださったじゃないですか……!」
「月灯りの麦亭は分かる」
「私は!?」
「……」
「……」
「おすすめ定食うまかったです」
「そういう話じゃないです!!」
ノアは少し怒られた。
理不尽な気もしたが、多分自分が悪い。
次回、第3片「勝手に来た迎え」
お楽しみに!




