第1片「騎士団副長、木材を貰いに」
「……あー、疲れたー……」
王都西区、王立騎士団宿舎。
夕暮れの廊下をだらだら歩きながら、ノア・フェルンは心底どうでもよさそうな声を漏らした。
赤みがかった髪は少し乱れ、制服の上着は肩に引っ掛けているだけ。
王立騎士団副部隊長――などという肩書きから想像される威厳は、今は欠片もない。
本日の任務は魔獣討伐ではなく、街道警備の応援だった。
平和と言えば平和だが、平和な任務は平和な任務で疲れる。
「副長、お疲れ様です!」
「……おう」
後輩騎士に手を上げて返し、自室の扉を開ける。
途端、床に一通の封筒が落ちているのが見えた。
ノアは一瞬だけ無表情になった。
「……」
拾い上げると、そこには見覚えしかない文字が連なっていた。実家の母親の字だ。
「どうせまた見合いだろ」
封も切らずに机へ放り投げる。
的中していた。
実際、中身は、
『村のパン屋の娘さんが――』
『隣村の牧場の姪御さんが――』
『今度帰って来なさい』
『母より』
などが丁寧に並べられた、いつもの手紙である。
ちなみに父の追記は一行。
『逃げるな』
逃げている自覚はあるので何も言えない。
ノアは椅子に腰掛け、ぼんやり天井を見上げた。
「結婚ねぇ……」
別にしたくないわけではない。
むしろ、したい。
いつかは田舎へ帰って、小さな店でも開いて、静かに暮らしたいと思っている。
できれば、一緒にいて疲れない相手と。
ただ問題は。
「見合いが面倒なんだよな……」
会って、話して、気を遣ってと、その時点で少し疲れる。
自然な出会いがいい。自然に話して、自然に仲良くなって。
その結果、気づいたら隣にいるような、そんな感じが理想だった。
「まぁ、そんな都合よくあるわけないか」
呟きながら、木屑だらけの机に置かれた木組みパズルを手に取る。
複雑に組まれた木片を、指先でくるくる回す。
カチ、と小気味よい音がした。
これを作っている時間は好きだった。
剣を振っているより落ち着く。
多分、向いているのもこっちだ。
祖父が聞いたら怒鳴るだろうが。
脳裏に、白髭の老人の顔が浮かぶ。
元王立騎士団長、ガルド・フェルン。
今でも現役騎士が震えるレベルの化け物である。
『お前には才能がある』
『田舎に埋もれるな』
『騎士として国に尽くせ』
幼い頃から耳に穴が開くほど聞かされた。
その結果。
気づけば副部隊長になっていた。
「……いや、出世しすぎだろ」
ノアはぼそりと呟いた。
本当は中堅くらいでのんびりやる予定だったのだ。
どこで間違えた。
多分じいちゃんだ。
かなりじいちゃんだ。
――コンコン。
扉が鳴る。
「副長ー、飯行かねー?」
同期の騎士、ダグ・ウォーキンだった。
「今日はいい。疲れた」
「またかよ。副長ほんと一人好きだねー」
「嫌いじゃないだけだ」
「同じだって」
「違う」
適当に返しながら、ノアは窓の外を見る。
夕暮れの王都。
賑やかな街並み。
悪くはない。
悪くはないが。
「……田舎帰りたい」
「また言ってる」
ダグは呆れたように笑った。
◇
翌日。
今日は非番だった。
ノアは私服姿で王都の通りを歩いていた。
騎士団の制服ではないだけで、妙に肩が軽い。
「さて……」
今日の目的地は西区の家具工房。
以前から付き合いのある家具職人の店だ。
そこでは、家具製作で余った端材を安く譲ってもらえる。
ノアの趣味――木組みパズル製作の材料である。
「黒い木と白い木、残ってるといいな……」
歩きながら呟く。
最近、新しい構造を思いついたのだ。
色の対比があると綺麗に見える。
六重連結式。
七重でもいけるかもしれない。
「……いや強度足りんか?」
そんなことを真剣に考えていた、その時だった。
「きゃっ!?」
どんっ。
誰かが正面からぶつかってきた。
軽い衝撃。
ノアは反射的に相手の肩を支える。
「っと……大丈夫か?」
そこにいたのは、一人の女性だった。
グレー色の髪。
少し慌てたような顔。
年齢は自分より少し下だろうか。
「あ、ご、ごめんなさい! 急いでて……!」
「ああ、別に気にしてない」
女性はぺこぺこ頭を下げる。
だがノアは、少しだけ首を傾げた。
「……?」
何だろう。
妙な。
妙な違和感を覚えた気がする。
いや。
気のせいか?
女性は再び頭を下げると、人混みの中へ去っていった。
ノアはしばらくその背中を見送り、
「……何か不自然なような」
と、ぼそりと呟いた。
しかし次の瞬間には。
「まぁいいか」
と切り替えた。
今はそれより木材である。
黒い木と白い木が欲しい。
重要なのはそこだ。
そんな男であった。
――この時、ノアはまだ知らない。
これが、“自然な出会い”の始まりだったことを。
かくして、ノアの恋愛フラグが立ちまくる日々がはじまる。
次回、第2片「自然な?出会いとは」
お楽しみに!




