勇者の条件
「ではそろそろ本題に入りましょうか」
ユーヤメがタブレットのような魔術端末を手に姿勢を正した。
「ヒイロ様の召喚に際して使われた魔法はいわゆる ”勇者召喚” と言われるものです。世界間で人を移動させた際の反作用のエネルギーを被召喚者に固定して超人を作るわけですね。エクスキュリアの場合は第二勇者のミストを元にした術式で聖剣を使えるという能力を付与していると考えられます」
なるほどと召喚のシステムに感心しつつも、同時にヒイロとしては釈然としないものがある。
「じゃあ勇者は別に僕じゃなくても、あっちの人なら誰でも良かったってことですか?」
口調が憮然としたものになったのは仕方ないことだろう。
聖剣教会の老人たちはヒイロのことを聖剣に選ばれた勇者と散々持ちあげていたのだが、ユーヤメの言うとおりだとすればそれも怪しくなってくる。
「一概に決めつけることはできません。強制召喚に使われる呪縛鎖の術式が狙いやすい人物には一定の傾向がありますから、それ自体が勇者の素質であるとも言えます」
勇者の素質。一体どんなものだろう。実際に召喚されてしまったヒイロとしては気になるところだ。
「……ちなみに狙われやすいのはどんな人なんですか?」
思い切って聞いてみると、ユーヤメは淡い蛋白石色の目をぱちくりと瞬かせ、そしてわずかに苦笑した。
「頼まれたら断れない、自分よりも人を優先する、誰かが困っていると放っておけない。そんな方々ですよ」
「…………」
思っていたのとはかなり違う答えが返ってきた。聞かなければよかったと後悔する。
しかし勇者の条件という話はともかく、困っている人を放っておかないというのは当たり前のことではないだろうか。
そうも思ったが明日香にも同じことを言われたことがあるヒイロは沈黙するしかない。
大体ヒイロに言わせれば明日香だって大概お人よしで、ヒイロは明日香のそんなところに惹かれたのだ。
「ただ、聖剣が持ち主に求めるものはそれだけではないでしょう。勇者召喚云々は別としてエクスキュリアの聖剣は本物です。能力値やエネルギー量だけで使用者を認めるわけがありません。呪縛鎖の術式にはなんらかの形で聖剣への適合条件を入力したと思われます」
ユーヤメが言っていることは難しいが、要約すれば結局どうしてヒイロが選ばれたのかは分からないということだ。
やはり選ばれた勇者というよりは聖剣だか呪縛鎖だかに捕まってしまったまぬけと言った方が事実に近い気がする。
「さてこの呪縛鎖ですが、構築が簡単なため召喚魔法には多くの世界で同系統の術式が使われています。ヒイロ様もこの呪縛鎖の本体をご覧になっているのではないでしょうか」
ヒイロは無言で頷いた。あまりよい記憶ではない。
魔法陣から伸びてヒイロを拘束した真っ黒な鎖。きっとアレが呪縛鎖なのだろう。
「そしてもう一つ。こちらはお気づきではないと思いますが。ヒイロ様は現在もこの呪縛鎖に束縛されています」
「えっ」
ユーヤメの前置きの通り、ヒイロには思いもよらない話だった。
この世界に来た時、ヒイロは確かに黒い鎖にがんじがらめにされていた。だけどその後鎖は消えてしまったし、ヒイロは現に自由に動くことができている。
「消えたのではありません。ヒイロ様の一部になったため見えなくなっているのです。ヒイロ様がご自身の状態を正しく判断できなくなっていたのもこの呪縛鎖のせいです」
「…………」
見えない鎖が巻き付いている。そう言われるとなんだか急に体が重いような気がしてきた。それにあの黒い鎖が一部になっていると言われれば気持ちがいいわけがない。
なんとなく首や肩をぐるぐるとまわしてみると、こちらにも同様の違和感を覚えてヒイロは顔をしかめた。
「体に重さや束縛感を感じているようでしたらそれは悪いことではありません。呪縛鎖の心象束縛が緩んでいる証ですね。この状態でしたら私どもで切断することが可能です」
そういうとユーヤメは腰に括り付けられていた短刀を外して見せた。
紋状の模様をもつ石の鞘を取り払うと湾曲した乳白色の刃が現れる。
「……っ!」
その金属とは異なる質感の迫力に、ヒイロは思わず一歩後ずさる。
ただのナイフではないのは明らかだった。
決して大きくはない刃から放たれるのは、まるでドレイヴ・ザ=モウが操る大型魔獣グラトニスと対峙した時かそれ以上の圧迫感。
あるいはシャアクに腕をもがれた時に覚えた物と同等の恐怖。
「流石ですね。お分かりになりますか」
室内灯の明かりを受けて鈍く光るナイフを手に、ユーヤメが感心したように呟いた。
「しかしご安心ください。危険はありません。これは鎖断刀"ムーンバイト"。ヒイロ様に掛けられた呪縛鎖を断ち斬るための刃です」




