第5話 猫とハンバーグ
「ヒイロ様、お待たせしました。お食事の用意が整いました」
きっとタイミングを見計らっての事だったのだろう。
ナヴィアが食事を乗せたワゴンを運んできたのはちょうど、ヒイロが渡されたハンカチで涙をぬぐい終わった後だった。
「照り焼きソースのハンバーグをご用意いたしました。お口に合うと良いのですが」
鉄板の上で脂とソースがぐつぐつと音を立てている。
二ヶ月もの間日本から離れていたヒイロにとって醤油の焦げた香りは殆ど暴力的だった。泣きはらした後だというのに節操なく湧き出てくる唾をごくんと飲み込む。
「大変熱くなっておりますのでどうぞお気をつけてお召し上がりください」
元の世界に帰れる希望が見えたこともあるのだろう。会食に出席するのも面倒だったのが嘘のように猛烈な空腹が押し寄せてくる。
しかしここは異世界、過度な期待は禁物。
そう思いつつも口にしてみれば見かけだけの偽物などでは決してなかった。
「お、おいしいっ!」
牛肉の食感の残るあらびき肉。そこからあふれ出す脂と甘辛い照り焼きソースが口の中で混じる。
切り分けた一切れを茶碗で用意された白飯の上にワンバウンド。ハンバーグの後にすぐに脂とソースがついたご飯をかきこむ。一緒に出された豆腐とわかめの味噌汁も実に旨い。
元の世界では残して明日香に怒られていたというのに、ソースのついたキャベツの千切りの一本まで夢中になって、ヒイロは故郷の味を堪能した。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
「ウェオロルドの方にそう言っていただけて光栄です」
お茶を運んで来てくれたナヴィアに礼を言うと、銀髪の美女はふふっと上品に笑った。
「そうそう、ウェオロルドといえば。今後の参考としてお伺いしたいのですが。ヒイロ様、ご覧いただいたチラシはどうでしたか?」
ユーヤメに聞かれて此処に来るまでの経緯を思い出す。文面は怪しいことこの上なかったが、紙一枚に二つの魔法を仕込むというのは驚異の一言に尽きる。
「凄かったです。本当にびっくりしました。あれ一枚で王宮の宝物にも匹敵すると思います」
世辞でも誇張でもなかった。
エクスキュリアの中でもトップクラスの魔法技術を誇るヴァルセイン王国でも移動式の伝話魔法装置など数台しかなかったはず。 【繋空扉】に至っては王宮に設置されているものがあるだけだ。
加えて実際に魔法を行使する際には多くの触媒を消費する。詠唱や術式だけでは世界に影響を与えるには説得力がなさすぎるためだ。
それを触媒を一切使わず紙一枚に書かれた式のみで発動させて見せたのだから、その技術は計り知れない。
感想を聞いたユーヤメは、表情に乏しい顔に僅かに満足げな笑みを浮かべた。
「貴重なご意見ありがとうございます。やはり猫の絵を入れたのは正解でしたね。ウェオロルドの方はみんな猫が好きですから」
「流石です。ユーヤメ様」
ナヴィアに向かって得意げに解説するユーヤメに、ヒイロは内心で首をひねる。
猫?
そんなもの描いてあっただろうか?
咄嗟に口にしなかったのはヒイロとユーヤメの双方にとって幸運なことだったろう。
そういえばあのチラシには確かに一つの絵が描かれていた。恐ろしいまでに緻密な魔法陣と共に、稚拙を通り越して呪術的ですらある「何か」の絵。
あれが、つまり。
「……そうですね。猫は可愛いです」
ヒイロの言葉にユーヤメはまた満足そうに頷いた。




