新生活応援プラン
この先ガートとリシュアが暮らすことになる街のはるか上空、空を飛ぶ不思議な船、"ナヴィア" の内部。
「まさか、本当に御髪を分けて頂けるとは。言ってみるものですねえ」
どうしても追加の報酬を払いたいというリシュアからの希望により、金糸のような髪を六本分けてもらうことになった。
素材とすれば最上級の回復魔法スクロールが作成できることは間違いない。
その実用性はもちろんだが、最高級の素材を扱うことができるというのは職人にとっては大変な名誉であり、ユーヤメからすればまさに価千金。
無表情の中ユーヤメの口角がわずかに上がり、平坦な口調も微かに弾んでいる。
しかし一方リシュアにしてみればたかが髪、しかも梳った際に抜け落ちたものというのだから、してもらったことの対価に釣り合うとは到底思えない。
「そんな。髪などでよろしければいくらでも……」
「いやいやいや、とんでもない。これ以上頂くわけには」
互いに奥ゆかしいやり取りする二人だが、それを聞く隣のガートの表情には渋いものが浮かんでいる。
魔法使いに身体の一部を渡すのに抵抗を感じるのは一般的な反応だろう。
覚えられる気がしない名前が付いた金属製の櫛には呪いを断つ効果があり、万が一にも髪からリシュアへの影響が及ぶことはないとのことだが、そう言われてもやはり抵抗感はぬぐい切れない。
回復魔術を一回限りで行使するスクロールの作成、それ以外の用途には決して使用しないこと。ユーヤメはそう言った内容の契約書を提示してきたが、ガートにしてみればそういった書面のやりとりそのものが胡散臭く感じてしまう。
ただガートとしてもユーヤメにひとかたならぬ恩があるのは事実であり、リシュアが良しとしている以上は何も言うつもりはないのだが。
「さて、ご用意させていただいたお住まいについてですが」
リシュアの髪をこれまた正体不明の模様が彫りこまれた金属ケースに大切そうにしまい込んだユーヤメが振り返る。
「以前この辺りを根城にしていた盗賊団がおりまして、お二人はその襲撃を受けて壊滅したロルグ村の生き残り、という設定をご用意しました。村が滅んだのが半年前。その後お二人は付近の村を転々としてこちらのベルクの街にたどり着いた、という筋書きです」
「件の盗賊団は既に壊滅しており残党もおらぬでゴザル。ベルクの住民はそのことを知らぬ故、ガート様の腕は用心棒として重宝されるでゴザろう」
新居についてのユーヤメの説明を、アンタンが補足した。
「まあ。何から何まで本当にありがとうございます。良かったわね、ガート」
「……ああ。そうだな」
ガートも頷く。
偽死薬 "氷鼠の冬ごもり" によって体調を回復したこともあってリシュアの順応性は高く、聖女でなくなったことをすぐに受け入れて昔と同じ距離で接してくる。
一方でガートは遠く離れてしまったはずの幼馴染がすぐ傍らにあることにまだ慣れておらず、どうにも返事にぎこちないものが混じる。
二人は服装もそのベルクとやらの周辺の村の住民として問題のないものに着替えていた。
ハンガーラックをひいてきた空船と同じ名前の女性はユーヤメによく似た見た目をしていた。仕事中のためかお互い「ユーヤメ様」、「ナヴィアさん」と呼んでいたが、恐らくは姉妹なのだろう。
何から何まで手回しのいいことだった。実にありがたい。それはもう間違いない。ただそれはそれとして。
そこまで都合いい場所を用意できたのは何故なのか。付近の街の住民も把握していないのに、何故盗賊の残党がいないと言い切れるのか。
思いを巡らせばガートとしてはうっすらと恐ろしいものを感じざるを得ない。
「それとアフターサービスについてですね。こちらをお渡しさせていただきます」
ユーヤメが差出してきた冊子は見たこともないような薄くて上質な紙でできていた。
表面にはパペッサの公用語で "一般人になったあなたへ。普通って何だろう 〜うっかり勇者しちゃった場合の対処法〜" との文字が書かれている。
「勇者様というのは退職されてもなんだかんだやらかしてしまう場合が多くてですね。このようなものを作成いたしました。リシュア様の場合は性質上、お力を使わずにはいられないシーンが出てくると思います。その場合はできるだけ早めにお伝話下さい。転居、隠ぺい、記憶消去など、その場に合わせた解決策をご提案させていただきます」
転居、隠ぺいはともかく記憶消去。
抑揚のない事務的な口調でとんでもないことを言う。
「ご安心ください。これらのアフターサービスはすべて契約に含まれております。追加の料金を頂くことはありません」
ガートの視線に気がついたのだろう。ユーヤメの例によってズレた言い訳にガートは苦笑する。
鉱石喰らいのことといい、ローデ鉱山跡からグラシアまで二人を運んだ翼竜といい、全くとんでもない連中だ。
ここまでくればいっそ警戒するのもバカバカしい。
「新居が定まりましたら先ほどのしおりからお伝話下さい。家具や生活に必要な品などをお届けに上がります。それまで当面の生活資金がこちらとなります」
差し出された皮の袋はずしりと重かった。受け取ったリシュアの顔に驚愕が走る。
「こ、こんなに?」
「ご心配なく。アンタンさんが教会の募金箱からくすねてきた物ですから」
「え」
「亡くなられた聖女様へのお気持ちがたっぷりと届いてゴザル。これはご本人にお届けせねばと思った次第」
出処を聞いてガートはまた内心頭を抱えるが、リシュアの方は最初は目を丸くして驚いたものの、やがてくすくすとさもおかしそうに笑い始めた。
そう言えばリシュアはこんな風によく笑う人だった。
「でもこんな風に多くの人を騙してしまっているのは、なんだか心苦しいですね」
寄付金もそうだが、リシュアとガートの死に関して、教会には実に多くの歎願が届いているのだという。
ガートの死体をリシュアと共に葬ってほしい、リシュアとガートの婚姻を認めて欲しい、二人を罪に問わないでほしい。
また教会の聖女の扱いに関しての苦情も寄せられているらしい。
聖女を死なせてしまった本当の原因を、きっと彼らは分かっている。だからこそ教会に責を求めずにはいられない。
「多少の罪悪感は彼らが支払うべき当然の対価でしょう」
退職代行の社長はそんな人々の代償行為を感情のこもらない声でばさりと切り捨てる。
その目的はリシュアやガートの負担を軽くする為なのだろう。
「本当にありがとうございました。あなた達と出会えたことを、神に感謝します」
「ああ、そのことなのですが」
リシュアが頭を下げると、ユーヤメは思い出したようにぽんと手を打った。
「この出会いが神とやらの御業ならば私としてもその存在に感謝したいところです。ただ、一概にそうとも言い切れないような気がするのです」
ユーヤメの言葉にリシュアは思わず首を傾げる。
人と人とのつながりを左右するような力を持つ存在。
そんなものが神以外にあり得るだろうか?
「今回、リシュア様はガート様の危機を夢に見られましたね? 」
「え、ええ。確かに……」
「この力こそがリシュア様のお力の本質である、と私は考えます」
いわれてリシュアはガートの方を見るが、リシュアの夢について良く知っているガートの方も不思議そうな顔で首をひねった。
ユーヤメの言うことが真実だとすれば、その能力にはあまりに大きな欠点がある。
「でも、夢を見た時にはいつも私には何もできなくて。誰かにお願いして何とかしてもらうばかりで……」
村にいた頃、リシュアが人の危機を見るのは常にリシュア自身ではどうにもならないような状況だった。
たまたま誰かがそこにいて、リシュアの言うことを信じてくれた。ただ、それだけのこと。
「そう、そこです」
だがユーヤメは我が意を得たりとばかりにかくんと大きく首肯した。
「幼い頃のリシュア様がお知り合いの危機を悟った時、傍らには必ずそれを解決できる方がいた。そして、今回は私達が。これは本当に偶然でしょうか?」
「…………?」
リシュアにはまだ分からない。だが隣でガートが息を飲んだのが分かった。
「我々はこのパペッサにくる前、ウェオロルドという別の世界に立ち寄っております。そこで既にあらかたの補給は済ませていました。だというのに私はどうしたことか食料品の補充の必要を感じ、急遽こちらの世界に寄らせて頂いたのです」
「……急遽にしては買い過ぎでゴザったが」
ぼそりと呟く蟲人を無視して、希代の魔法使いが真実を告げる。
「リシュア様。貴女のお力は万人を癒すなどという生易しいものではありません。もっとずっととんでもない力。確定した運命すらも捻じ曲げて、貴女が救いたい人を――ガート様を救うためのお力です」




