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ゾンビと死霊術師

「我が魂の器、 蟲人風情に渡すものか! 行け、ゾンビどもよ。その蟲人を引き裂き、はらわたを抉り出せ!」



 死霊術師(ネクロマンサー)、ヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールの絶叫と共に、死体の群れがアンタンとその背後で眠る聖女に向かって進攻する。


 アンタンは特に動揺することもなく四本の腕を組んだまま、よたよたと近づいてくるゾンビたちを見やる。


 

「ゾンビ。ゾンビにゴザルか。魔法を知らぬ兵士達ならばともかく。死霊術師(ネクロマンサー)を自ら名乗る者がこれをゾンビと呼ぶはあまりにも片腹痛しでゴザル」


「な、なんだと、貴様何が言いたい!」


「ソンビとは死して尚、魂を縛るおぞましくも恐ろしき魔法。本当なら拙者の手には負えぬ、社長案件にゴザルが……。お主がやっているのはただの罰当たりな人形遊びでゴザル」


「蟲人風情が、知った口を!」



 アンタンの指摘に、ヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールは明らかに動揺した。


 


 "死体が動く"


 その現象は多くの世界で観測される。動く死体(リビングデッド)のミストである。


 だが実は、その原因は一様ではない。



 数多の動く死体(リビングデッド)のなかで最も名が知られているのがゾンビである。

 

 だがゾンビは本来、魔術的にも社会的にも強い力を持った魔術団体がその団体内で罪を犯した者の魂を死後も束縛し労役を課すものであり、単に死体を労力として使うだけでなく懲罰的な側面を持つ。


 死後も魂を束縛するという恐ろしさからゾンビという名前は広まりやすく、ゾンビ=動く死体(リビングデッド)という誤解は世界を問わず頻発した。しかし本物のゾンビは動く死体(リビングデッド)のうちのごくごく一部に過ぎない。

 


 実際には動く死体(リビングデッド)発生原因として最も多いのが情報生命体の寄生によるもので、自然発生についてはこの型が殆どを占める。


 次いで上位アンデットや死霊術師によって偽りの命を与えられたもの。本来のアンデッドモンスターに属するのがこれらだろう。


 そして、繰り糸を使うものや術式を書き込んだ核で制御するもの。


 これらは素材に死体を使っているだけでそれぞれ繰り人形(パペット)自動人形(ゴーレム)と同じものと言える。


 もっとも繰り人形(パペット)自動人形(ゴーレム)に精通した者がその作品の素材として人間の死体を使うということはまずありえない。精魂込めて作成した繰り人形(パペット)自動人形(ゴーレム)こそが彼らの魔法の中核である。


 このような魔術的にも芸術的にも非常に高い価値を持つ人形(ひとがた)の代わりに "元は動いていた" というミストをもつ死体を使った、パペットやゴーレムとしても三流の魔法。


 それがヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールのいう「ゾンビ」の正体だ。


 しかもアンタンの見立てでは、使われているミストは非常に雑なものだった。


 数は多いが動きが単調で意思は感じられない。


 曲がりなりにも戦闘に耐えうるだけの能力を有しているのは扉を破壊した一体のみ。


 それ以外の似非ゾンビに使われているのはおそらく、鳥や獣を追い払うために使う自動案山子(スケアクロウ)と同等のもの。ユーヤメならば腕の一振りで全てを解呪して見せるだろう。


 聖女を守る兵士たちにしても、遭遇直後の驚きから立ち直れば簡単に取り押さえられたはずだ。



 当然、アンタンにとっても敵ではない。



「児戯とはいえ罰当たりに相違なし。邪悪なる術によって不当に弄ばれるその体、我が業にて解放仕る!」



 かちゃりという金属同士がぶつかる僅かな音。その瞬間、アンタンの手にはそれぞれ一本。計四本の曲刀が握られていた。


 武器持つ多腕に忿怒の強貌。


 その姿に、人によっては世界を破壊、あるいは守護する神のミストを想起したかもしれない。



 直後アンタンの姿はかき消えた。カゲロウ族の秘術ではなく急激な加速によるものだ。蟲人の筋繊維はバネのように、ゼロから百へと一気に力を開放する。


 蝋燭の明かりを照り返し、四刃が踊る。瞬時に四体の偽ゾンビが倒れた。


 そして三瞬の後には十二体すべてが動かぬ死体に戻る。


 それぞれ一突き。魔術核の位置を的確に狙った正確無比な攻撃。


 魔力の流れを読んだわけではない。偽ゾンビの体の動きから核の場所を把握した。




「さて。後はお主のみにゴザルが」



 くるりと振り返った複眼に見据えられて、ヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールは思わず後ずさる。


 だが力量もわきまえず聖女の死体を盗み出すなどという大それた計画を立てるような者は、往々にして引き際を知らない。



「くっ。蟲人如きに我が器を渡してなるものかっ」


「……我が器、でござるか。しかしゾンビと案山子の区別もつかぬお主に魂の転写など到底不可能でゴザろう。美しき聖女の死体でなにするつもりでゴザルかこの変態」


「なッ⁉ き、き貴様のような蟲人如きに、我が魔法の何がわかる!」


「とんとわからんでゴザル。いやまあ、確かに "我が器" も十分キモイでござるが。正直ドン引きにゴザル」


「黙れ蟲人風情が!」


「蟲人、蟲人と失敬なやつにゴザルなあ。拙者これでもお主よりは余程イケメンと自負してゴザル」


「や、やかましい! このむし、この、こいつっ! 我が最大の魔法で消し炭にしてくれるわ!」



 アンタンの煽りに、ヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールは顔を朱に染めて激高した。わなわなと体を震わせながら、どくろ飾りのついた長杖を高く掲げる。



「深き深淵のアビスの底より湧き出でし黒き漆黒の力たるダークエナジーパワーよ。古に繫栄して滅びし古き力の残骸たるレムナントより抽出されしフォースの残り香の似姿の残滓よ。我が杖に宿れ。我が自ら与えし真名、ヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールのご芳名において我は呼ぶ。三神と四神で合わせて七神。古の契約書をよく確認し」


「長いでゴザル」



 詠唱中、トランス状態の頭上に拳の一撃。


 きゅうとおかしな音を立てて、ヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールは地に伏した。



「しまったついイラっとして。強く殴りすぎてしまったでゴザル」



 アンタンはヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールの命に別条がないことを確認すると、護衛兵士が持っていた縄で両手両足を縛りあげた。念のため猿轡を噛ませ、出来るだけ目立つように部屋の中央に転がしておく。


 偽ゾンビであった死体から取り出した核は分かりやすい形で死体のそばに置いておいた。これで状況は分かるはずだ。あとは教会が再び丁重に葬ってくれることを期待する。


 

 兵士たちは"ゾンビ" とそれを操っていた死霊術師(ネクロマンサー)を目撃している。


 それが拘束されて転がされていれば、賊はもう一組存在しその一団が聖女の死体を持ち去った、という図式が成り立つ。


 教会はその事実を隠ぺいした上で、この騒ぎの首謀者である死霊術師(ネクロマンサー)ヴァルグリム=デス=アビス=グリモワールを捉えたことを大々的にアピールするだろう。




「では、参るでゴザルか」



 下側二本の手で静かに聖女の身体を抱え上げる。


 仮死薬の眠りはまだ深く、全身を脱力させてはいるがアンタンの感覚では羽のように軽い。



「油断禁物。完了までが任務にゴザル」




 背の翅が小さく空気を震わせると、彼の身体は抱えた聖女ごと光に溶けていった。

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