第3話 ゆーやめ
【繋空扉】によってつながった先は、ヒイロにとってかつては異世界であったエクスキュリアの王城よりもさらに奇妙な空間だった。
壁も床も金属とも陶器ともつかない不思議な素材でできていて、全体が淡い光を放っている。
アニメに出てくる宇宙戦艦の中みたいだ、というのがヒイロの感想だった。
部屋の中にはヒイロが入ってきたものとは別にいくつもの扉が並び、その一番奥に背恰好の違う二人の女性が立っていた。
「ようこそ、ヒイロ様」
伝話の声の主は、二人のうちの小さい方のようだった。
思っていたよりもずっと若い。見た目ではヒイロの方が年上だろう。その小柄な身体には左の眼に嵌められた金縁の片眼鏡が似つかわしくなく見えてしまう。
もっとも実際の歳はわからない。
一見灰色に見えるセミロングの髪と片方だけを片眼鏡で覆った瞳は、よく見れば共に蛋白石のように青から淡紫に揺らめく光を放っており、人とはいえヒイロと同じ種ではないのは明らかだった。
美少女と言って全く差し支えない容姿だが、少々残念なことにはその蛋白石のような美しい目は半分しか開かれておらず眠たげな印象を受ける。
「改めまして、私は "ゆーやめ" の代表をしております、ユークリファ・ヤタノア・メトロディータと申します。長いのでユーヤメちゃんとお呼びください」
少女は丁寧に深々と頭を下げた。その仕草は驚くほど洗練されていた。やはり見た目通りの歳ではないのだろう。
その間もずっと半眼のままなのは、もしかすると眠たいからではなくもともとこういう顔なのかもしれない。
「こちらはナヴィアさん。私のアシストをしてくれています」
紹介に従ってもう一人が静かに会釈した。
「ナヴィア・ケノノートと申します。この空間の管理を担当しております。ヒイロ様、どうぞお見知りおきを」
こちらの方は完全に非の打ち所のない美人だった。整いすぎていて非人間的な印象を受けるほどだ。
透明感のある肌、すっと通った鼻筋。
先端に行くほど青みを帯びる銀色の長い髪はユーヤメに似ており、ぱっと見には年の離れた姉のようにも見える。
しかしユーヤメの半眼とは対照的にぱっちりとしたアーモンド型の瞳は深い青色の中に金色の輪状の模様が入り、虹彩が二重になって見えるという特徴的なものだった。
ユーヤメとはまた別の種族なのだろうか。
ふと、その不思議な目が微笑んだ。
いつの間にか見入ってしまっていたことに気がついたヒイロは慌ててあたふたと頭を下げる。
「あっ、あの、渡瀬 緋彩です。どうぞよろしくお願いします」
美人の前で醜態を見せたことに若干へこんだヒイロだったが、ユーヤメのまずはお座りになってという勧めに従って腰を下ろした。
クッションは柔らかく、しかししっかりと身体を支えてくれる。王宮の物より余程座りやすい。
「何かお飲みになりますか? コーヒー、紅茶、オレンジジュース……。ああ、日本茶もご用意できますよ」
「日本茶っ?」
思わず声が裏返った。
特段お茶が大好きというわけではない。オレンジジュースなどは久しく口にしていないし、そちらの方が余程好きだったはずだ。だが「日本茶」というその響きが魅力的だった。
「何でしたらお味噌汁もご用意できますが」
「……えっ?」
ユーヤメが付け加えた品に今度は本当に惹かれる。
脳内に広がる味噌汁のイメージ。
それと同じ味と香りを求めて思わず喉を鳴らしたヒイロを見て、ユーヤメはわずかに微笑んだ。
「ナヴィアさん、まずはヒイロ様にお茶を。それとニホン風の軽い食事の用意をお願いします」
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出されたお茶を一口飲んでほうとため息をつく。
茶の良し悪しなどヒイロには分からないが、素直においしいと思った。
「ここはどこなんですか? それに貴方たちは……」
聞いたのは不信感ではなく純粋な興味と期待からだった。
王宮の警備を抜けてヒイロの自室に奇怪な手紙を届けるような相手だ。本来なら最大限の警戒をしなければならないはずだがそんな気にはなれなかった。
もしかすると元の世界に帰るための伝手を疑いたくないという心理から来ているのかもしれない。
「ここはナヴィア。私共の事務所のようなものとお考え下さい」
ヒイロの内心を知ってか知らずか、ユーヤメは感情に乏しい声と表情で質問に答える。
ナヴィアという名には聞き覚えがあった。先ほどお茶を運んできてくれた銀髪の美女の名もナヴィアだった。恐らく常に穏やかな微笑を浮かべていた彼女と無関係ではないのだろう。
「はい。ナヴィアさんは "ナヴィア" が作った自分自身兼私たちのお世話係です」
オールAI住宅に付属するアンドロイドのようなものだろうか。
ヒイロの元居た世界にはまだあと一歩存在していない技術だがここは異世界。どこか非現実的な美しさを持つ彼女が人間ではないというのは納得もいく。
「そして私共は "ゆーやめ"。ヒイロ様と同じような境遇の方々をお役目から解放することを生業としています」
どうやらユーヤメとはこの蛋白石色と勇者の帰還を手伝う会社と両方を指す名前のようだ。
「私共はヒイロ様を元の世界にお返しすることが可能です。ただしそのためには料金が発生するというのはご承知下さい」
ユーヤメが改めて美しい所作で頭を下げる。実に当たり前のことだった。
夢のような光景と状況の中で、それでも「料金が必要」という一言は逆に現実味を感じる。
そしてその料金が安価でないのも、また容易に想像がつく。
「……いくらくらいかかるんでしょうか?」
恐る恐る尋ねるヒイロをユーヤメは感情の読めない目で片眼鏡越しにじっと見つめ、静かに答えた。
「実費を含めまして、あなたがエクスキュリアの世界で獲得した財産の全てを頂戴いたします」
「!」
一瞬、言葉を失った。
王からの褒章や貴族たちの貢ぎ物によってヒイロのこの世界での財産はかなりの金額になる。一生どころか何度生まれ変わっても遊んで暮らせるだろう。
しかし考えてみれば元の世界に帰ることはヒイロにとって最大の願いであり、その対価として考えれば決して高い金額ではない。
もっと別の、例えば「魂と引き換え」等と言われれば流石に悩まざるを得ないが、元よりヒイロにとってこの世界の財産など何の価値もない。
大量の魔力触媒を必要とする【繋空扉】を平気で起動するような相手だ。実費を含めてという高額な費用はむしろ元の世界に戻れるということの信憑性を上げているようにすら思ってしまう。
あるいはそれもヒイロがユーヤメを、元の世界に帰れることを信じたいと思っているからだろうか。
期待が高まる中、しかしヒイロの心の奥にはにつきりと刺さる棘があった。
彼女が、"ゆーやめ"が本物だとすれば、ヒイロにはどうしても聞かなくてはならないことがある。
「もう一つ教えてください」
ヒイロは魔王と戦う勇者としてエクスキュリアの世界に召喚された。つまりヒイロが元の世界に戻るということは、あの世界から勇者が失われることに他ならない。
ユーヤメが続きを促すようにうなずいたのを見てから、ヒイロは出来れば確かめたくない質問を口にした。
「僕が元の世界に帰ってしまったら、エクスキュリアはどうなるんですか?」
ユーヤメの紫の瞳が一瞬、揺れた気がした。
あるいは単に光の加減だったのかもしれない。彼女はすぐに先ほどと変わらない平静な表情で答えた。
「さあ、どうなるのでしょう。それは私どもの業務の管轄外です」




