グラシア心中
「ガート、ああ、ガート! 良かった、生きて……!」
目の前に、大きな「何か」に取られてしまったはずの幼馴染がいた。
涙を流しながら、その手がしっかりと自分の手を握っている。
「……リシュ、ア……?」
正体不明の魔物に大怪我を負わされ、意識を失った自分が目を覚ましたということもさることながら、幼馴染の名前が自然に出てきたのもまた不思議なことだった。
「いったいこれは……?」
混乱しつつ身を起こすガートに、傍らにいた別の人物から声がかけられる。
「ガート様。まずはご無事で何よりです」
「……あんたは!」
特徴的な淡白石色の目と髪は見間違えようもない。先日、蟲人と共に現れて訳の分からないことを言い出した少女。確かユーヤメと名乗っていたか。
ガートにしてみれば、リシュアとの仲を詮索してきたこの少女は決して愉快な相手ではない。
思わず目を細めたが、それを制するようにリシュアの手が肩に置かれた。
「ガート、ユーヤメさんが助けてくれたの。私をここまで運んでくれたのよ」
「何だって?」
その後リシュアが語ったことによれば、ユーヤメは夢を見たリシュアの叫びを聞きつけて(?)、聖女の寝所がある塔に忍び込み(!?)、巨大なワイバーンを駆り(???)、グラシアから此処までリシュアを連れてきた(!!??)のだという。
正直言って説明される前以上にわけがわからない。
それでも助けてもらったことは事実なのだろう。
「なんだ、その、世話になったみたいだな」
「いえいえ。これは全てリシュア様のお力によるもの。目の当たりにさせていただき、ただただ感服するばかりです」
一応は礼を述べると淡白石色の少女も丁寧な所作で頭を下げる。
だがガートの内心は大分複雑だった。
夜中に聖女をこんな場所に連れ出すなど、およそ常識では考えられない大罪だ。
露見すれば実行犯は極刑、とばっちりはおそらく自分にも及ぶだろう。
これでは命を救ってもらったという感謝が妥当な物とは思えない。
そんなガートの内心を知ってか知らずか、頭を上げた少女の不思議な目がガートを見た。
「ところでガート様が討伐を命じられた魔物ですが。どうやら鉱石喰らいだったようですね」
「鉱石喰らい……っ!」
その名を、ガートは唸るように呟く。
見た目と鉱山跡という立地から考えてはいた。
鉱石喰らいは大きさで言えば長地虫としては中クラスだが、食らった鉱石の性質を体表に纏う厄介な性質を持っている。
ローデ鉱山ではかつて黒鉱石が採掘されていたという。随分前に枯渇して廃坑になったはずだが、隠れた鉱脈が残っていたのだろう。
真っ黒な見た目にあの体表の硬さ、黒鉱石を取り込んでいると考えて間違いあるまい。
黒鉱石を取り込んだ鉱石喰らいなど、一人で太刀打ちできる相手ではない。
しかしこの報告を持ち帰ったところでどうなるものでもない。
調査不十分で再度任務を言い渡されるか、別のさらに危険で理不尽な任務が与えられるだけ。
これははじめから体のいい処刑、控えめに言っても国外追放だ。
結局、命を取り留めてもそれまで。リシュアの傍にいることは叶わない。
それでは死んでいるのと大差ない。
「その鉱石喰らいですが。先ほどの討伐が完了いたしました」
「……は?」
ガートがつきかけた大きなため息は、驚きによって呑み込まれる。
「こちら、証となります」
ユーヤメが差し出してきたのは、確かにつるはしの先のような見た目の真っ黒な金属片。
間違いなくあの鉱石喰らいの穿牙だった。
「牙をお持ち帰り頂けばガート様の任務も完了。聖女様の護衛に戻ることも可能ではないかと思われます」
淡々と、抑揚なく語るユーヤメの顔と渡された穿牙とを、ガートは交互に見比べてしまう。
たしかにニゲライトを取り込んだ鉱石喰らいを討伐したとなれば、その功績は大きい。
死体から高純度に生成された鉱石が採取できるのはもちろん、穿孔跡をたどれば新たな黒鉱石の鉱床を発見できる可能性も高い。
武勇としても十分以上で、再び聖女護衛の任に付くことも可能かもしれない。
だが、それは鉱石喰らいの討伐が極めて困難であることと同義だ。
自分が気を失っていた時間だってそう長くはないはず。
刃の通らない怪物をこの短時間で、一体どうやって倒したというのか。
いやそれ以前に。
一体何故そんなことをしたのか?
「牙では証として不十分ということでしたら頭部をお持ちしましょうか。かなりの重量がありますから、よろしければこちらでお運びしますよ」
ガートの視線に何か勘違いをしたのか、淡白石色の少女はピントのズレたことを言い出した。
証としては純度の高い黒鉱石を含むこの牙一本で十分事足りる。だいたい運ぶと言ってもあの巨大な頭をこの山の中からどうやって運び出すというのか。
かつての鉱石運搬の道路は既に荒れ果ててしまっていて荷馬車の走行は不可能。黒鉱石が採れるとなれば再び整備もされようが、それまでは死体は放っておくしかないはずだ。
「ご安心ください。鉱石喰らいの討伐程度で料金はいただきません。運搬の費用も当社で負担いたします」
「ちがう、そうじゃない。頼むからちょっと待ってくれ」
どこから疑問を挟めばいいのか分からずにいるとさらに追い打ちがかけられた。ガートはあわててそれを制止する。
リシュアの力によって全ての傷は癒えたはずなのに、なんだか頭が痛くなってきた。
討伐程度。
聞くだけならモンスターを見たこともない子供のたわごとだが、現にガートの手の中には岩をもやすやすと削り取る牙がある。
「あんた、一体何者なんだ?」
問われた少女はわずかに姿勢を正すと、ガートに向かって丁寧に頭を下げた。
「我々は 退職代行"ゆーやめ"。リシュア様のように望まぬ役目を強いられる方を解放することを生業としています」
「退職代行……」
そう言えば初めて会った時から、この少女はそんなことを言っていた。リシュアを聖女の役から解き放つ、と。
それを一笑に付したのは自分だ。
だが、あの時からずっと、この少女が本当のことを言っているとすれば。
鉱石喰らいの討伐だけではなく、リシュアがさっき言っていた冗談じみた話の全てを、本当に全て実際にやってのけていたのだとすれば。
「あとはリシュア様を寝所にお返しすれば、全て元通り――。ですが“元通り”でない方法もご提案できます。リシュア様、いかがなさいますか?」
ユーヤメが視線を移すのにつられ、ガートもリシュアを見やる。
だが傍らでガートの手を握るリシュアは、そっとその目を伏せた。
「ユーヤメさん。あなたがいなかったらきっと、ガートは死んでしまっていたでしょう」
リシュアの、ガートの手を握る指に力が籠ったったのを感じた。
「ガートを死なせてしまった私はそれでも、変わらず人々を癒し続けているのでしょう。『その世界』はきっと "地獄" よりも恐ろしい場所です」
「……リシュア」
生前大きな罪を犯した者は、死後に恐ろしい場所に連れていかれ、永遠にその身を炎で焼かれ続ける。―― "地獄" のミストである。
パペッサの世界において永遠の苦痛とは絶対悪であり恐怖の対象そのもの。
だがその地獄よりも、ガートがいない世界をこそ、リシュアは恐れるという。
「でも駄目なんです。聖なる力を授かった者が勤めを放棄することは許されない。ガートと二人世界の果てまで逃げたとしても、必ず見つかってしまうでしょう。そうなれば、ガートは……」
自分は果報者だ、とガートは思った。
もしもリシュアが望むのなら、見つかるまでのわずかな時間を二人で過ごすのも悪くない。
たとえその先でこの身が切り裂かれたとしても構わない。
「リシュア。君が望むのなら、俺は……」
傍らの聖女の瞳に涙が浮かぶ。
「ガート。ではその時には、私も……」
自分の死など怖くはない。恐ろしいのは一人を先に逝かせること、一人を後に残して逝くこと。
「……リシュア」
「ガート……」
今までと同じように、聖女と護衛として過ごすくらいなら、束の間の幸福と未来の死を。
最早、二人の思いは一つ。
「そのような悲壮な決断は不要でございます」
見つめあう二人に、脇から実に平坦な声が告げられた。
「今の状態なら "聖女の契約" の解除は問題なく行えます。遠くグラシアを離れれば追跡は不可能と思われますが、それでも不安ということでしたら、さらなるプランを提案させていただきます」
二人の視線を受けながら、ユーヤメの口調はあくまで平坦で、穏やかだった。
「“死ななければ呪いが解けない”というのなら、いっそお二人で心中していただくというのはどうでしょう?」




