祈り、聞き届けたり
護衛の列の中に、ガートの姿はなかった。
ガートはローデ鉱山跡に出現した魔物の討伐の任を言い渡され、今朝の内に出立したのだという。
若い兵士はリシュアに声を掛けられたことに驚き、顔を真っ赤にしながらもそのことを教えてくれた。
なぜ突然そんなことになったのかについては若い兵士も知らないようだった。
だがリシュアはすぐにその理由に思い当たった。
――私のせいだ。
何処からか自分とガートの過去が伝わったに違いない。そのせいでガートは護衛の任を解かれた。
そして魔物の討伐という危険な任務を与えられた。
それを口に出して非難することなど、聖女には許されない。
聖女が王族でもない特定の一人の身を案じるなどあってはならない。
だが、それでも――。
罪深いと知りながらも、リシュアの内心は乱れた。
彼女はただ、ガートの無事を祈らずにはいられなかった。
――――――――
そこは、粗末な小屋のような場所だった。
ランプのか細い光が、うずくまる兵士の姿を映し出している。
兵士は「あの時」と同じように、足に大けがを負っていた。
『ガート!』
声を上げて駆けつけようとして気がつく。
この光景は、ただ見えているだけ。そこに自分の体はない。
見ることしかできない景色の中、苦痛に顔を歪ませながら、ガートは腰のポーチからガラスの小瓶を取り出した。
――!
槍使いの薔薇。
パペッサの世界において、苦痛とは忌むべきものである。
なればこそ任務を与えられ聖女無き地に赴く勇者には、その苦痛から逃れるための手段が支給される。
『ガート、やめてお願い!』
届かぬと知りながらそれでも必死に上げた声は、豪華な部屋の壁や調度品に跳ね返って自分の耳に届く。
気づけば寝台の上で、リシュアは半身を起こしていた。
「今の、は……!」
夢。
しかしただの夢ではない。
最後に見たのはずいぶん昔だが、はっきりと分かった。
あれは遠い場所で起きている現実。
ガートは今まさに、命の危機に瀕している。
「ああ、ガート、ガート、ガート……!」
嗚咽のような祈りがこぼれる。
なぜ――なぜあの人の危機に、私はあの人の隣にいないのか。
万人に降り注ぐはずの聖女の力が、ガートにだけ届かない。
神は祈りを聞き届けない。
神が直接人を救うことなど、ありはしない。
だから人は皆、神の代行者たる聖女に奇跡を求める。
ならば――聖女である私は、一体何に奇跡を求めればいい?
絶望が寝所を覆いつくす。
「お願い、だれか、だれか、ガートを助けて……!」
聖女の祈りは、やはり神には届かない。
――だがその代わり、その祈りに含まれた言葉を捉えたものがあった。
トゥルルルル! トゥルルルル!
闇の中、突如鳴り響く魔法の発動音。
床に就く前、つい眺めて机の上に置きっぱなしにしてしまった紙片が発光している。
『はい。こちら勇者専門退職代行"ゆーやめ"でございます。リシュア様、いかがなされましたか?』
続いて、感情を感じさせない平坦な声。
絶望の中、リシュアはその声に縋った。
「ユーヤメさん、ガートが、ガートがっ!」
『落ち着いて。何があったのかお話しください』
言われるがままに口からこぼれる絶望と罪の告白に、その抑揚に乏しい声は、答えた。
「承知いたしました。全て当社にお任せください。私共が契約する翼は三千世界で最速。死神すらも追い越して、必ずや貴女をガート様の元へお届けいたします」




