市民からの投書
聖堂都市グラシアの庁舎の一室。
集まった四人の男たちは、皆一様に苦い表情を浮かべていた。
グラシアの司教オルバン・ヘイスティング、聖堂警備隊長ドミニク・ハルフォード、聖務監督官アルノー・ルシエル、書記官セラフィム・グレイン。
彼らが囲む長机の上には、一通の投書。
「聖女と護衛兵の不適切な関係を憂う市民より」
そう記されている。
「ガートという男は、本当にリシュア様と同郷なのだな?」
オルバン司教の確認に、ドミニク警備隊長が重々しく首肯した。
「間違いありません。名はガート・バルド。出身はリシュア様と同じヴァーモン村です」
「以前よりこのガートという兵士については苦情が上がっていました。聖女様のお顔を一目見ようと近づいたら突き飛ばされたとか」
書記官セラフィムが補足するが、それが事実とは異なるだろうことは此処にいる全員がわかっていた。
ガートは与えられた職務を全うしようとしたに過ぎない。
だがそこに同郷であるという事実があると話は変わってくる。
「民衆など愚物の塊。ただ一時の感情に振り回され、思いついたことを口にしているにすぎません。ガートは職務には忠実な男です」
「ああ、わかっている。しかし、同郷は良くないな」
聖務監督官アルノーがため息をついた。
投書の内容は、ガートが聖女と同郷であるのを理由に、不当に聖女護衛という任務に着任したこと、またそのことを傘に来て横暴の限りを尽くしていること等が記されていた。
無論、そのような事実はない。ドミニクがガートという兵士を擁護するのは当然のことだ。
ただ擁護の理由に、聖女と同郷の者を護衛として就任させた自身の責任を問われたくないというのも含まれてはいるだろうが。
同郷だから聖女の護衛に就いてはいけないなどという決まりはない。
だが人は自らの中にあるミストを通してしか世界を見ることができない。投書した者にとっては投書の内容こそが真実だ。
それだけではない。
聖女の運用に関しての実務を取り仕切る立場のアルノーは、聖女に関わる民衆の過敏さをよく理解している。
同郷の者が護衛に付いている。
それだけの事実に、民衆がどんなミストを見出すか知れたものではない。
「聖女の奇跡は神聖なるもの。俗なる感情が介在しているなどと勘繰られては、神への背徳になりかねん」
なんら罪を犯したわけでもない兵士ガートを処罰することはできない。だがこのままにもしておけない。
グラシアの教会の最高責任者たる司教の言葉には、世界の平和に対する深い憂いが込められていた。
何か問題があったわけではない。
だが問題にする者がいることが問題だった。
聖女には一片の影も許されない。
「そういえば確か、魔物出現の報告があったな」
アルノーの言葉にセラフィムが頷いた。
「はい。ローデ鉱山跡で巨大なワーム型の魔物の目撃が報告されています」
「ガートは優秀な兵士です。たとえ正体不明の魔物といえど、あの男ならば必ずや討伐をなしとげるでしょう」
ドミニクの声には明らかな安堵が混じっていた。
「では、そのように」
「畏まりました」
魔物の正体についても、討伐に必要な物資や兵の数も、今は使われることもない鉱山跡に現れた魔物の討伐の必要性すらも、この場では一切触れられることはなかった。
誰も、本当の事を口にはしない。
《《もし仮に》》、優秀な兵士が正体不明の魔物の単独討伐で命を落としたとしても、それはしかたがないこと。
有能なものに与えられる任務には危険がつきものだ。
老司教が両手を組み、祈りの形を取った。
他の三人もそれに倣う。
「――神の名のもとに、秩序を保たれんことを。聖女の清浄を、いかなる影にも穢されぬよう」
「世界」を守る聖職者たちの祈りは荘厳で、美しかった。




