護衛兵士ガート
リシュアが宿舎に戻った後も、門の前には多くの者が押しかけていた。
「下がれ!本日の祈りは終了だ。奇跡を願うなら既定の時間に聖堂に赴くがいい!」
声を荒げて叫ぶのは先ほど聖女に縋ってきた民衆の一人を突き飛ばした兵士だ。
だがそれでも人々はなお食い下がる。
「高い税金を払っているのにこの上寄付金なんて無理だよ!」
「頼む、娘が熱を出してるんだ!」
「払いたくても払えないんです! 夫が去年の疫病で――!」
「お願いだから聖女様に伝えておくれ」
「頼むよ、畑が駄目んなっちまう。この足だけでも治してもらえりゃ、また働けるんだ」
民衆の訴えに兵士は一瞬つらそうに顔を歪める。しかしそれだけだった。
「下がれ! 聖女様は既に休まれた。例外は認められん!」
他の兵士たちも穂先の無い槍を構えると、人々はようやくあきらめて散っていく。
「護衛兵士風情が出しゃばりやがって」
「貧乏人には奇跡もお預けか」
「聖女様はお優しいお方だ。声さえ聞いていただければ奇跡は授けていただける」
「あのガートっていう兵士、聖女様と同郷らしいぞ」
「それで何か勘違いしちまったってか。ハッ、笑わせやがる」
「聖女様もさぞ迷惑している事だろう」
多くの者たちはそれぞれの家へと散っていったが、そのまま酒場へと足を運ぶ者もいる。
その中には足が悪くて畑に出られないと叫んだ男も混じっていた。
「普通に歩かれてますね。足が痛むのも嘘ではないのかもしれませんが」
「寄付金は払えなくとも酒代は払えるのでゴザルなあ」
様子を観察していたユーヤメとアンタンの声には呆れが混じる。施しは受けたい。だが対価を払ってまで治して貰うほどではない。そんな意図が透けて見えるようだ。
側からすれば、万能の聖女へのほんのささやかな願いなのだろう。だが塵も積もれば塔の如しだ。癒しの力が無償であるはずがない。
「お疲れさまです。少々お話を伺いたいのですが」
ユーヤメが声を掛けると門を施錠しようとしていた兵士が振り返る。しかしその直後、あからさまに眉間に皺をよせ、胡乱なものを見るような目つきになった。
「何だ、お前たちは?」
声にも訝し気なものが混じるがそれも仕方がないことだろう。
声をかけてきた相手は幼さを残す少女。連れは二メートルを超す巨漢でそれも蟲人だ。いくら平和に慣れたパペッサとはいえ、この取り合わせを不審に思わないようでは護衛は務まらない。
「失礼。怪しい者ではありません。私はこういう者でして」
ユーヤメがパペッサの公用語で書かれた名刺を差し出すと、兵士は不審な様を崩す様子はなかったが一応それを受け取った。
「……退職代行、ゆーやめ?」
「はい。望まぬ職に就いた方の退職のお手伝いをさせていただいております」
「なんだか知らんが他をあたれ。私はこの職を退くつもりなどない」
兵士は鬱陶し気に片手で追い払う仕草をとるが、もちろんここで引き下がっては仕事にならない。
「いえいえ、今回ご提案させていただくのは、リシュア様の件でして」
「何?」
一瞬、兵士の目の色が変わる。しかしその気配はすぐに警戒に戻ってしまった。
「馬鹿なことを言うな。神の名のもとに結ばれた聖女様の契約は絶対だ。退職などありえん」
「契約……。聖女の契約、ですか」
元より平坦なユーヤメの口調が、さらにトーンダウンする。
聖女リシュアとこの兵士の間にある縁エンを観測した際、ユーヤメの片眼鏡モノクルは同時にリシュアに絡みつく黒い鎖を捕らえている。
「では仮に、その契約を解除できるとしたら?」
「……何だと?」
「私共ならば聖女の契約とやらを解除し、リシュア様を呪いから解き放つことが可能です。あなたには喜んでいただけるご提案だと思うのですが」
「貴様、何処で何を聞いてきた?」
ユーヤメの言葉に、兵士の眉間の皺が深くなる。
「誰に何を吹き込まれたのか知らんが私たちの間には何の関係もない。しかも神聖な聖女のお勤めを呪い呼ばわりなど、バチが当たるぞ」
先ほどの群衆を追い払った時と同様の、怒気を孕んだ声。続いてがしゃーんと金属がぶつかる激しい音と共に、宿舎の門は閉ざされてしまう。
「やれやれ、けんもほろろ、ですね」
ウェオロルドに住む伝説の鳥の鳴き声からできた慣用句を引用して、ユーヤメは肩をすくめた。
「真面目な御仁のようでゴザルなあ」
アンタンもそれに合わせるようにして腕組みしながら肩をすくめる。
勿論あきらめたわけではない。"ゆーやめ"という会社の業務上、門前払いは通過儀礼のようなものだ。むしろあの兵士の様子は脈ありであると言える。
「では次は聖女様にお話を聞いてみましょうか。アンタンさん、よろしくお願いします」
「やれやれ。まったく、社員遣いが荒いでゴザルなあ」
ぼやきながらも四本ある手の中の一本でユーヤメの身体を持ち上げる。
小柄なユーヤメを右下の腕一本で抱えたアンタンの姿は夜気に溶けるように消え――
後には気配すら残らなかった。




