間章 鎧と船と
「なゔぃあ、何ヲ読ンデイル?」
世界渡航艦"ナヴィア"の人型端末、ナヴィアに話し掛けたのは身の丈2m半を超える漆黒の鎧。がらんどうの頭部には二つの目が赤く輝いている。
ガシャルド・ノクト・ドミナス。
見た目はどこかの世界の魔王の腹心、四天王最強の一角、あるいは魔王以上の強さを誇る裏ボスといった風体だが、その実態はというと――
――大体見た目通りである。
ガシャルドはノアリスという世界で発見された超古代の兵器である、らしい。
らしいというのはこの仮説が荒野の朽ちた遺跡からガシャルドを発見したユーヤメの推論によるものだ、ということと、ガシャルド自身に再起動前の記憶がないためだ。
一応ながら会社という形をとっている”ゆーやめ”の正社員は社長のユーヤメを含めて四人。
ナヴィアとガシャルド、それにもう一人、今日は仕事で不在の蟲人、アンタン。
オノダとクオンのように事業に協力してくれる者はいるが、正式な社員はこの四人だけだ。
話しかけられたナヴィアはタブレット型の端末から視線を外し、ガシャルドを見上げた。その瞳が若干潤み、頬もわずかに上気している。
「『皇宮を追放された私が拾ったビスクドールは、破棄が嫌で逃げ出した最強戦艦の人工知能でした』です」
質問に答えるナヴィアの表情は何処かうっとりとした夢見心地で、未だ物語の世界から完全に帰ってきていないのがわかる。
「フム?」
がらんどうの兜の奥、ガシャルドの目の赤い光が強くなった。
「良イ、カ?」
「ええ、とても素敵な物語ですよ」
ナヴィアはタブレットを胸に抱えてほう、とため息をついた。
「亡国のお姫様が戦艦の人工知能と出会って国の再建を目指すお話です。その過程で境遇が似た二人は信頼を深めあい、それがだんだんと愛に変わっていくんです」
「ム、ゥ。愛。愛ハ 我ニハ ワカラヌ」
人の感情というものは難しいが、恋愛というのはその最たるものだ。思わず尻込みするガシャルドを諭すようにナヴィアは言う。
「だからこその勉強ではないですか。ウェオロルドのミストは素晴らしいですね。読んでいてたまらなく面白いのに同時に胸が苦しくもなる。これをときめくというのでしょうか」
「フム、トキメク」
愛は難しいがトキメクはガシャルドにもわかる。主人公が主君への誠の忠義故に敢えて不忠者のように振る舞う時などがまさにトキメクだ。
ナヴィアの言う通り、たまらなく面白いのに同時に胸が苦しくなる。
「ガシャさんは今は何を読んでいるんです?」
問い返されたガシャルドは待ってました、とばかりに目を赤く輝かせる。
「ウム。『転生したら初期装備の鎧だったので捨てられないために最強目指してみた』、ダ」
ナヴィアが読んでいるものにも勿論興味はあるが、本当の用事はこっち。
良いと感じた物は是非他の人にも読んでもらいたい。特にこの体格の違う友人には。
「あら、そちらも面白そうですね」
別に調子を合わせただけというわけでも無く、ナヴィアは興味を惹かれたようだった。
超古代の戦闘兵器ガシャルド・ノクト・ドミナスと、製造元不明の世界渡航艦"ナヴィア・ケノノート"の人型媒体ナヴィア。
共にノアリス世界のオーパーツとも言うべき存在のこの二人には共通の趣味があった。
ウェオロルドで作られる物語、特に人が無生物に転生したり人工知能が人と心を通わせたりと言った内容の話に、彼らの心は強く引き付けられたのだ。
ちなみにガシャルドの目が深紅の光を放っているのもウェオロルドのweb小説の読みすぎによるものである。
もう戻らなくなって久しいが、本来はインペリアルトパーズのような綺麗なオレンジ色をしていた。
「うぇおろるどノ、人間ガ、異世界 ニ 転生シタ所、鎧ダッタ ト イウ話、ダ。主ノ為ニ、強ク 在ラントスル 忠義ガ素晴ラシイ。我モ、カク在リタイ」
あらすじを語るガシャルドから発せられるプシューという音は、ガシャルドの感情の高まりを示している。
しかしガシャルドの体は機械仕掛けというわけではなく、その内部はがらんどうで、ホースやシリンダー等にたまった空気等を排出する必要は全くない。
では何の音かというと、実はよくわかっていない。
どんな理由でどこから何が出ているのか、ガシャルド本人はもちろん、ガシャルドを修繕し再び活動できるように調整したユーヤメにもよく分からないらしい。
「コノ話 ノ 作者ハ、鎧 ノ 気持チ ヲ 良ク理解シテ イル。前世、作者ハ鎧 デアリ、今生 人ニ 転生シタ ノ デハナイカ。サレバ 我ラ モ、カツテハ 人デ 在ッタ ヤモ、知レヌ」
いつになく饒舌に作品の魅力を語りつつ興奮でプシュープシューと何かの音を立てるガシャルドだが、それが本当に「興奮」なのかは本人にもわからない。
そしてそのことこそが人ではない、生き物ですらない彼ら二人にとっては重要なのだ。
「どうでしょう。もしかしたら逆かもしれませんよ。クオンさんという実例もありますから」
「ヌ、くおん。サレバ我ハ、何処カノ 世界 デ 主ヲ持ツ鎧デ在ッタカ?」
それもまた良い話だ。
動くことの無い金属でできた顔の内で、ガシャルドの心は踊る。
しかしそれを聞いた体格に著しい差のある友人は、ガシャルドからつんと顔を背けてしまった。
「ガシャさんはその前世の主さんに会いたいんですか? 私はユーヤメ様にお仕えできて幸せですが」
急変した友人の態度にガシャルドは慌てた。
「ム。ゆーやめ、ハ、護る。いつきトノ、約定故」
「ではイツキ様との約束が無ければユーヤメ様のことはどうでもいいと?」
「ム? ム、ムムウ」
ナヴィアは残骸であった自分を修復し、役目を与えたユーヤメに対して非常に強い感情を持っている。
ガシャルドとてそれは変わらないが、ナヴィアのそれと自分のそれが同じなのかどうかは難しいところだ。
ナヴィアは端末としての自分を作る際、その姿をユーヤメに似せた。その感覚はいまいちガシャルドにはわからない。
それでも仮初めの心しか持たないガシャルドにとってナヴィアは得難い友人であり、機嫌を損ねるのは避けたいところだ。
「なゔぃあ、イジワル ヲ 言ウナ。乗セル者無キ船 ト 同ジク、護ル者無キ 鎧 ハ 虚シイ。我モ 今生ニ 満足 シテイル」
赤い目を明滅させながら言い訳を口にするガシャルドに、ナヴィアはいたずらっぽく笑う。
「うふふ、わかっています。冗談ですよ」
その笑顔にほっとした物を感じてしまった。なるほど、これは見事な冗談だ。
「ムム、コレハ 我ノ 負ケ、カ」
冗談は高等なテクニックだ。見事に使いこなして見せた友人は尊敬に値する。
これがナヴィアが「愛」なるものを学んだ結果だとすれば、『皇宮を追放された私が拾ったビスクドールは、破棄が嫌で逃げ出した最強戦艦の人工知能でした』は是非読んでみなくてはなるまい。
『人が死ねば、魂はその世界に返り、またいつか新たな命として生まれ変わる』
輪廻転生のミストである。
人は死について何らかのミストを求めずにはいられない。そんな中で終わりは新たな始まりなのだと説くこのミストは多くの世界で受け入れられている。
対して、
『ただし何らかの理由で魂が世界を離れ、別の世界の人間として生まれることがある』
これが異世界転生のミストである。
前世の記憶の保持や後天的な記憶回帰は稀有な現象だが、これが異世界転生で起きた場合世界に与える影響は非常に大きくなる。
記憶を所持したままに転生した者は、往々にして前世の価値観と嗜好によって行動する。
世界とは違う倫理に従って行動する彼らは時に、世界を変える英雄となる。
マルディクスの救世主 オノダ・タケシとクオン然り、である。
では、人以外の魂はどうなのだろう。
船や鎧に魂があるとして、それが肉体を離れるのはいつなのか。
人で言う所の「死」が鎧や船にもあるのなら、ガシャルドもナヴィアも既にそれを経験している。
構成する肉体が同じものであるとしても、ユーヤメの手により再起動を受けた彼らは今、第二の人生を歩んでいると言っていい。
ならば、この魂は、この感情は、一体どこから来たのか。
そして再び死を迎えた時、一体どこへ向かうのか。
その謎に彼らなりのミストを得るために、二人は今日もウェオロルドの物語を読むのだ。




