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クオン

 長い尾、長い首。そして二枚の大きな翼とくれば見間違えようもない。



 ワイバーン。



 ドラゴンと並び称される空の驚異。


 ヒイロも小型の種が遠くの山を飛び越えて行くのを見たことがある。だが雲から現れたワイバーンはその三倍近い大きさがあった。 


 そんな巨大な空の王者が戦場めがけて急降下してくる。


 旅客機ほどもある「生き物」がはるか頭上から襲い掛かってくる非現実的な光景に、人と魔族の軍勢は共に混乱の様相を呈していた。


 当然と言えば当然だろう。ヴァルセイン王国においてワイバーンによる被害は殆ど報告されていない。だがそれはこの魔獣が山岳地帯に生息し人里に降りてくることがないためだ。


 もし仮に討伐しようとすればその難度は計り知れない。


 専用の対空兵器でもなければ対応は不可能で一方的に蹂躙されるのみ。この大きさともなればこの場の人と魔族の両軍が壊滅しかねない。



 だが。



 それすらあのワイバーンが野生のものであるという非常に「楽観的な」予測の元に成立するシミュレーション。



 はたして野生のワイバーンがこんな平野に現れるだろうか。


 あの飛竜は敵軍の兵器。自分たちは敵の策略にはまり、まんまとおびき出された。


 そう考えた方が余程自然ではないか?



 ではその場合はどのような結果が推測される?



 混乱の中、巨大なワイバーンは天空から地面に向けてゆっくりと口を開いた。





『本契約を疑似縁(パス)とし、対象に精神防御壁を展開。ヒイロ様――衝撃に、備えてください』




 契約書からユーヤメの言葉にヒイロは思わず身構える。次の瞬間、雷鳴のような咆哮が空を裂いた。


 



 クゥオオオオオオオオーーーーーン!!!




 本契約書から伸びる紅の光に護られたヒイロには何の効果も及ぼさない。


 だが既に浮足立っていた両軍にしてみればたまったものではない。何割かは戦闘を放棄して逃亡。多くの者が膝をつき、中には泡を吹いて失神してしまった者までいる。



 ただ一声での戦線崩壊。至近距離からの飛竜の咆哮を受ければそれは必然の結果だった。



 両軍共に恐慌をきたす中、ワイバーンはヒイロのすぐ近くに舞い降りる。


 その巨大な足に鋼の籠のような装置が括りつけられていた。

 


「お待たせいたしました。ヒイロ様、こちらへどうぞ」


「ユーヤメさん!」



 籠の中から手招きするのは淡白石(オパール)色の少女。




「あの、こ、このワイバーンは? ユーヤメさんがテイムしたんですか? 」


「まさか。成獣になったワイバーンをテイムするなど何処の世界でも不可能です。奇跡か、前世の(エン)でもない限り」



 ではいったい誰が。


 含みを持たせたユーヤメの言い方に困惑するヒイロに、頭上から声がかけられた。



「おっす、ヒイロ。元気にしてたか?」


「オノダさん!」



 飛竜の背の上、二階の窓ほどの高さからヒイロを見下ろしているのは"ナヴィア" のなかで出会ったヒイロと同郷の男。オノダ・タケシだった。




「じゃあ、このワイバーンをテイムしたのはオノダさんなんですか?」


「テイムとはちょ~っと違うな。こないだ言ったろ。こいつは前世からの俺の相棒だ」


「!」



 オノダ・タケシの前世たるウェオロルドの日本に飛竜は生息していない。だがヒイロはオノダが巻き込まれた事故の顛末を思い出す。



 ――オノダ・タケシは、()()()()()()()()()()()ごとウェオロルドから消滅した。




「じゃあこの子って!」


「おう、クオンだ。よろしくな」




 クォオオオン!



 オノダの声に応えるようにして軽く鳴くと、ワイバーンのクオンはヒイロに向かって頭を下げた。



「ヒイロ様確保。ベルト固定しました。オノダさん、離脱して下さい」


『おっけー。んじゃ、行くか』



 【伝話(テレデイド)】の魔法によるものか、籠の中に操縦席のオノダの声が響く。



『だがま、その前に』




 ばさり、と羽ばたき一つで空中に戻った大魔獣の首が、エディス将軍率いるヴァルセイン王国軍へと向けられた。



「うちのヒイロをこんな目に合わせてくれやがったんだ。ちぃとばかり驚かしてやっても罰は当たんねえよなあ?」




 再び羽ばたき一つ。巨竜の体はあっという間にヴァルセイン王国軍本陣の真上にあった。


 空の全てを覆う影に身動きもできない兵士たちに向けて、飛竜がゆっくりと口を開く。


 


「クゥオオオオオオオオオオーーーーーーーン!!!」




 この至近距離、しかも頭上という絶対死角から二回目の竜の咆哮を浴びればどうなるか。


 泡を吹いて気絶しなかったごく少数の兵士の胆力は称賛に値する。だがそれまで。


 気絶できなかった分、這いつくばったままに空を覆う怪物の恐ろしい爪がやすやすと自分たちの体を引き裂くことを想像させられる。



 だが飛竜はそれきり地面に這いつくばるちっぽけな者たちに興味を無くしたように、大きく羽ばたき空の彼方へと帰っていった。



 ――――――――――――




 地面が凄い速さで遠ざかっていく。


 これだけの上昇速度で体に重力の負荷を感じないのは魔法の力か、それともワイバーン自身の加護によるものだろうか。


 籠の下に見える大地を含めて360度広がる大パノラマ。この雄大な景色は飛行機に乗ったとして見られるものでもない。




 真下に見える建物はレオノールの屋敷。はるか遠くに見える大きな建物は王都ヴァロアの宮廷だろう。


 様々なことがあったエクスキュリアという世界、その全てを置き去りに飛竜は空を舞う。



 目を前方に向ければ、ワイバーンのクオンが飛び出してきた巨大な雲はもうすぐ目の前だ。




「あの雲に向かっているんですか?」




 ヒイロの質問に、ユーヤメはわずかに微笑んだ。



「はい。ですが雲ではありません。あれは偽装した我々の船。虚無の海を渡ってヒイロ様をウェオロルドへとお送りする、世界渡航艦"ナヴィア・ケノノート"です」

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