第10話 ミッションスタート
勇者ヒイロが去った後のナヴィア内部。
「行ッタ、カ」
ずらりと並んだ内のひときわ大きな扉から、がしゃんがしゃんと金属音を響かせて巨大な人影が現れた。
身の丈二メートル半の見上げるほどの漆黒の西洋甲冑。兜の隙間から覗く赤い光を放つ双眼。しかしその異様な風体に、ナヴィアに用意してもらったハンバーグを食べるオノダが驚く様子はない。
「お、ガシャじゃないか。ヒイロの話聞いていたのか?」
「ウ ム。我ハ、扉ノ裏 ニ イタ」
くぐもったようにして低く響くその声は、鎧の中の人物のものではない。鎧の中はからっぽのがらんどうであることをオノダは知っている。
この男? は"ゆーやめ"に所属する生きた鎧だ。ガシャというのはあだ名で、正確な名前はガシャルド何某というらしい。
「ガシャさんはヒイロ様の契約に同席したいと言っていたのに、直前になって逃げてしまったのです」
「ム、逃ゲタ デハナイ。我 ハ、ひいろ ガ 我ヲ 恐レルノデハ、ト」
「あ~、なるほどね。ハイハイ大体わかった」
仮に契約の場に居合わせたとして彼?が発言することはなかっただろう。ガシャルドは人見知りが激しい。
オノダも会った当初はこの鎧は動くし意思の疎通も可能だが言葉は発しないのだとばかり思っていた。話せるとわかった時には大いに驚いたものだ。
ではなぜ契約に同席を望んだのかといえば、ヒイロに興味があったからに他ならない。この鎧はヒイロやオノダの元の世界"ウェオロルド"に対して強い憧れを持っている。まあ、それはガシャルドに限ったことではなく、"ゆーやめ”という組織の全員に共通の事でもあるのだが。
ガシャルドはヒイロと話をしたいのと話すのが怖いのとの板挟みで悩んだ挙句、扉の向こうでこっそりと様子をうかがう、という選択に至ったのだろう。
図体に似合わない行動に呆れながらも微笑ましくも感じつつ、オノダは再びナヴィアが用意してくれた食事に手をつけた。
「あーうめえ。醤油が体に染み渡る」
元日本人の身としては、ナヴィアがたまに作る日本風の味付けの食事はたまらないものがある。
ユーヤメに頼んで仕入れた醤油を分けてもらうことはあるが、自分でできるのはせいぜいが焼いたものに醤油を垂らす程度。それだって"ゆーやめ"に関わらなければ決して手に入れることができない贅沢品だ。
世界によっては渡ってきた日本人が醤油や味噌を開発してしまったというような奇天烈な話もあるらしいが、いくら元日本人といっても一介のトラックドライバーでしかなかった自分には無理な話だ。羨ましいがどうしようもない。
「しかしいやはや、ヒイロ殿は良き若者にゴザルなあ。イツキ殿を思い出してしまうでゴザル」
「おわっ⁉」
突如隣に生じた声と気配にオノダは思わず飛び上がった。
「なんだ、アンタもいたのか」
現れたのは薄緑色をした巨大なカマキリ人間、といった風体の男。ガシャに比べれば小さいがそれでも二メートルを超える巨漢だ。
名をアンタン。世界多しといえど彼のような蟲人の存在は稀である。
顔の半分を占める巨大な複眼、ねじ切り鋏のような大あご、六本の腕に半透明の緑色の外骨格といったその姿は多くの種族にとって脅威の対象になるだろう。
世界によってはモンスターとして討伐隊を差し向けられかねない。
「ったく。いつからそこにいたんだ?」
「オノダ殿よりも前にてゴザル」
しかしその恐ろしい顔も"ゆーやめ"に出入りの多いオノダにしてみれば見慣れたものである。貴重なハンバーグを取り落としそうになるほど驚いたのは、アンタンが突然現れたからにすぎない。
「早く言ってくれよ。びっくりしちまったじゃねえか」
「ヒイロ殿の前で姿を見せるわけにはいかなかったのでゴザル」
「アンタンさんにはヒイロ様の周辺とヴァルセインの王宮を調査してもらっていたのです」
「あー、なるほどな」
アンタンの故郷であるノアリスという世界でも蟲人の数は少ないが、彼はその中でもさらに希少なカゲロウ族。姿と気配を他者から完全に隠すことができる生まれながらのニンジャだ。
もっともアンタンはニンジャとしては致命的な欠陥を抱えており、マスタークラスの腕を持ちながらあちこちで解雇された過去があるらしい。
ただ彼のそのニンジャとしての致命的な弱点は、オノダにとっては非常に好ましい長所でもあった。
「ユーヤメ様。ヒイロ様をお返ししてしまって良かったのですか? アンタンさんの事前報告ではヒイロ様はかなり危険な状況だったはずですが」
「ナヴィアさんの言う通りです。しかしヒイロ様は見ての通りなかなかに強情な方。しかも心象束縛がなくなってからも腹を立てるどころか残りの時間で世界を救う等と言い出す位です。事が起こる前の説得は難しいでしょう」
ユーヤメとナヴィアの会話にオノダが眉をひそめる。
「おい嬢ちゃん達。 なんだそれ、どういう意味だ? 」
オノダは"ゆーやめ”の社員ではなく、契約によって配送仕事を請け負う立場にある。当然、顧客情報の共有などあるはずもないが、黙って聞いていられる内容ではなかった。
「実はエクスキュリアの中にヒイロ様を快く思っていない人たちがいるのです。この人たちというのがかなりの権力を持っておりましてね」
「いや、権力って。んなこといったってあいつは勇者だ。なんぼ気に入らないっていってもあいつに何かあれば困るのはエクスキュリアだろう?」
「別の勇者を召喚すれば済む話です。ただしヒイロ様がいるうちは聖剣は別の人間を使い手と認めることはないでしょうけど」
答えるユーヤメの乳白色の瞳には一切の感情が見えなかった。相対的にオノダの顔は驚愕に染まる。
「おい。おい嘘だろ? そんな馬鹿な話があるのか? あいつは、自分には米粒ほども関係ない世界を救うって、そう言って戻っていったんだぞ!」
「残念ながら嘘ではありません。ヒイロ様は現在、大変危険な状況にあります」
オノダから見たヒイロは同郷のよく似た境遇で、しかも自分の半分ほどしか生きていないほんの子供だ。自然声にも怒りの色が混じるが、対するユーヤメは冷静なままだった。
——少なくとも表面上は。
「とはいえ聖剣に護られた勇者を直接害するというのは現実的ではありません。民衆の目もありますから、方法はおのずと限られてくるでしょう。アンタンさんは引き続き王宮への潜入と調査をお願いします」
「了解にゴザル。では早速」
微かに空気を揺らす翅の音と共に、アンタンの姿がかき消える。ヒイロが使ったのとは別の扉から王宮へと潜入するのだろう。
アンタンの体はそれ自体が強力な魔法であり、身に着けた物も含めて一切の光を反射せず、屈折も起こさない。
「フム。ナラバ ひいろ ヲ 回収 スル時ガ 我ノ 出番 デ アルナ?」
ガシャルドの赤い目がさらに強く光を放つ。
鎧の形をしているからなのか、ガシャルドは何かを守るということに対して特別な感情を持っている。しかも護衛対象がウェオロルドの少年であれば気力も高まるというものだろう。
「すいませんがガシャさんは今回はお休みです。ヒイロ様の心中を察するに、大立ち回りは避けた方がいいでしょう」
「ム、ウ。」
なるほど、とオノダは内心頷いた。
やる気を見せるガシャルドには悪いが、オノダが入って来た際ユーヤメが言っていた『ちょうどいい所に』は、単に同じ日本人と引き合わせるだけが目的ではなかったらしい。
「というわけで、作戦実行の際はオノダさんとクオンさんのお力をお借りすることになるかと思います。どうぞよろしくお願いします」
その頼みにかつてウェオロルドという世界で大型トラックのドライバーであった男は力強く頷いてハンバーグの最後の一切れを飲み込んだ。
「おう。そういうことなら任せとけ。あんなガキを死なせるわけにはいかねえからな」




