5-19 いざリヴィアへ
魔都デートの翌日。
時刻は、まだ東の空から太陽が顔を見せ始めたばかりの早朝。
フィル、アイヴィ、メフィストは、ギルド銀水晶の正面に居た。
フィルは、とんがり帽子に濃紺のローブ姿。
アイヴィは、洒落た洋装を戦闘用に補強した狩人服。
どちらも仕事着である。
フィルの右手に納まっているメフィストは、特に変わりなく木製の杖のままだ。
フィルたちは今、ギルド入口に立つ金髪の美女へ向け笑みを向けている。
まだ二十代半ば程に見えるこの金髪の美女の名は、ヨハンナ。
ギルド一階にある食堂の主であり、受付の少女ララの母である女性だ。
フィルたちの笑みに呼応し、見送りに来たヨハンナの顔も柔らかに綻んだ。
「弁当は日持ちしないから気を付けてね」
「はーい。おばちゃんのお弁当があれば怖いものなしさぁ」
「朝からありがとうございます」
「見送りも助かるぜ」
三者三様の返しに、ヨハンナは快活に笑うだけであった。
挨拶が済み、フィルが宙に腰を下ろし始める。
すると、自然とその下にメフィストが潜り込み、フィルの体を持ち上げた。
横向きに杖に乗ったフィルに続きアイヴィがその隣に腰掛けると、待ってましたとばかりにメフィストが上昇を始めた。
「それじゃあ、いってきまーす」「いってきます」
「土産、楽しみにしてな」
「フィルちゃん、アイヴィちゃん、メフィスト。無理しちゃ駄目だよ」
地上のヨハンナと空中のフィルたち。
互いに手を振り合うその距離は、西へと進むメフィストに合わせて徐々に離れて行く。
地上に居るヨハンナの姿が建物に隠れ見えなくなると、アイヴィは振っていた手をフィルの腰に回した。
それは親愛の印などではなく、単純に空中での安全確保の手段でしかない。
すぃーと空を駆ける中、やや震えたアイヴィの声が静かな魔都の空に響いた。
「ねぇ、フィルメイル。今日はゆっくり行くのよね?」
「門を出るまでは、ねっ」
「……出てからは?」
「もう、アイヴィちゃんったら~。分かってるくせに~」
顔を引きつらせたアイヴィの頬を、フィルは容赦なくツンツンし始める。
四階建ての建物程度の高さを飛ぶ中、逃げ場のないアイヴィは、フィルの好意的な行為を受け入れるしかない。
アイヴィは頬をへこませながらグッと表情を引き締め、覚悟の声を上げた。
「急ぎだものね。超高速でお願い」
「期待されちゃぁしょうがないねぇ、メフィちゃん」
「だな相棒。いつもより張り切るとするか」
「いつも通りでいいから! いつも通りで」
「りょーかい」
陽気に笑うフィルと安堵の息を零すアイヴィ。
二人を乗せ魔都の空を飛ぶメフィストは、西門にて地上スレスレまで高度を下げた。
一行を待っていたのは、西門を見張る四人の門番兵であった。
朝の番ゆえか、どこか眠けを噛み殺している風である。
「おっはよーございまぁーす」
「おっ、フィルちゃん。おはようさん。朝から外とは珍しいね」
「ちょっとアイヴィちゃんと西の海にお・で・か・け」
まるで遊びに行くかのような言い草に、門番兵たちは互いに視線を交わし、彼らは一様に何か納得したような表情を浮かべた。
「あー。シーサーペントか。あいつのせいでこっちまで海産物が回ってこないんだよなぁ」
「俺達のイカ焼きの為にも頑張ってくれよな」
「えー、イカ焼きのためぇ……じゅるり。頑張るよ」
そんな気の抜ける会話をしている間に、フィルとアイヴィは薄く小さな金属板『認識票』を提示し、通行の許可を取っていた。
門番兵たちの間をスィーと抜け、開かれたままの厚い門を通り抜ける。
するとフィル達の前に、朝日に照らされた緑映える草原が広がった。西へ続く街道が草原を二つに割っている。
町の外に出たフィルたちは、グイッと高度を上げ、少しずつ加速を始めた。
「風よ、守護の力――」「ふぅ。覚悟を決めるのよ」
魔法を唱え始めたフィルと、彼女の体をギュッと抱き締めるアイヴィ。
フィルの右腕で赤い腕輪が輝き、メフィストが速度を上げる中、フィルは悠然と口遊み続ける。
「飛行、加速、増幅。行くよメフィちゃん」
「応よ。かっ飛ばすぜぇ」
風をまとったフィルたちが爆発的な加速を見せ、朝の空を切り裂くように西へ、西へと駆け抜けていく。
空を飛ぶ鳥たちも、朝駆けする早馬も、空飛ぶ彼女らには追いつけない。
恐るべき速度で移動しているにもかかわらず、フィルやアイヴィに猛烈な空気の抵抗が訪れる事はなかった。
だが、目まぐるしく変わる景色に、アイヴィの平静は限界を迎えてしまう。
「やっぱり、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「もぅ。こんなに乗り心地良いのにねぇー、メフィちゃん」
「全くだぜ」
アイヴィの悲鳴と重なる二つの声は、お散歩中かのような酷くのどかなもので、超高速で空を駆ける姿とはあまりにも不釣り合いであった。
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フィルたち一行は、昼まで飛びっぱなしだった疲れを癒すため、途中の村で休息を取ることにした。
人の多い魔都や王都と違い、村は閑散としている。
だがそれが、余計に和やかで穏やかな雰囲気を村に生み出していた。
フィルたちの休む小さな公園じみた休憩所も、駆け回る子供たちの高い笑い声が響くだけで、のどかな昼下がりを演出していた。
フィルとアイヴィは今、木陰の涼しい木製ベンチに隣り合わせで腰掛けている。
その膝の上には、ヨハンナのお弁当箱が一つずつ。
「では、いざ、オォープン……おぉ、おいしそう」
パカッと上蓋を開いた中には、薄切りの牛肉と千切りキャベツを四角くカットした白いパンで挟んだものが、六組もぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
一組だけでも小腹は満たせるほどに大きなものが、六組も。
「牛肉サンド。うーん。いい香りね」
アイヴィの開けたお弁当箱にも、フィルのと同じものが二組入っている。
フィルの膝の上に乗るお弁当箱と、アイヴィの膝の上に乗るお弁当箱の大きさは目を疑う程に違う。決して遠近法による錯覚などではない。
アイヴィの方が通常サイズであるが、フィルからすればこの程度の量は軽くペロリである。
「それじゃあ、おばちゃんに感謝して、いただきまぁーす」
「いただきます」
元気よく響くフィルの声に、遠くから興味深げな視線を投げ掛ける子供たち。
しかしフィルは好奇の視線に取り合わず、ぎゅうぎゅう詰めの牛肉サンドを素手で取り出し、そのまま大きく開いた口へと運んだ。
「あーむっ」と閉じる口。ふわふわ柔らかなパンと、少し歯ごたえを感じる牛肉。そこに新鮮なキャベツのシャキッが加わり、フィルの歯を小気味よく跳ねさせる。
噛む度にじゅわぁぁっと広がる牛の旨味。
牛の味付け、特に塩気はパンと合わせる為かしっかりと付けられており、キャベツの瑞々しさとよくマッチしている。
それに加え、鼻の裏を厚みのある風味が通り抜ける。
白ワイン仕立ての心地良い香りだ。
牛の味わいを強調する為か、あえて香辛料を少なめに仕上げてあるため、この牛肉サンドにはガツンッとした力強さはない。
だがそれも、昼のひと時には丁度いい。
「……んまぁーい。おばちゃんさいこぉー。愛してるぅ」
「愛を叫んでも魔都には届かないわよ。けど、貴女がそういうのも分かるわ。上品な味わいで好きよ」
ひと感想言い終わり、二人は黙々ともぐもぐし始めた。
時折木漏れ日が顔を照らそうとも、無心に顎を動かし続ける。
「休憩も兼ねてんだから、ゆっくり食えよな」
「……ふぅ。あはは、顎が止まらんのだよ、メフィちゃん――はむっ」
水筒から注いだ茶で一服し、フィルはすぐに牛肉サンドに戻ってしまう。
だがフィルは、もぐもぐ食べながらも別のカップに注いだ茶をアイヴィへ渡すのを忘れない。
「ありがと……うっ。このハーブティー……あまりおいしそうじゃないわね」
「健康にはいいんだよ。健康には……疲れが取れるいいお茶なのだ」
「まぁ、貴女が勧めてくれるなら飲むけど」
口を付ける前に香った花のようにも草のようにも思える独特な匂いに、アイヴィの顔にくしゃりと皺が増えてしまう。
意を決し、カップを満たす透き通った黄色い茶を口へと運ぶアイヴィ。
微妙なままの顔を見れば、味の感想はお察しであった。




