5-20 村の子供たち
港町リヴィアへと向かう道中。
途中にある村にて昼休憩をしている二人は、木陰にあるベンチに並んで座り、あまり美味しくないハーブティーを合間に挟みながら上品な味わいの牛肉サンドを味わい尽くしていた。
アイヴィが二つ目の半分を食し、フィルが四つ目へと突入しようとお弁当箱へと手を伸ばした時、フィルの手が止まった。
フィルは顔を上げ、正面から伸びる視線を真っ直ぐに捉える。
そこに居たのは、十歳ぐらいの小さな男の子と女の子であった。
子供二人は、少し離れた場所からフィルの方を見ている。
正確には、大きいお弁当箱を。
お弁当箱をじぃーと見つめているのは、一目でわんぱくさが見て取れる男の子。
その男の子の粗雑な服の袖をクイクイ引っ張っているのが、村で遊ぶ子供にしては良い服を着ている女の子。
どうやら女の子の方は、フィルたちへ近づこうとしている男の子を止めようとしているらしいのだが、女の子の目もまたチラチラとアイヴィが食べるパンへと向けられていた。
そんな子供たちを発見したフィルは、四つ目の牛肉サンドをゆっくりと取り出し二人に見せつけた。
お弁当箱から牛肉サンドが昇るにつれ、子供の視線が上へ上へと釣られる。
顔の横まで辿り着いた瞬間、フィルの目と口が柔和に曲がった。
「食べる?」
「いいのか!」
「うん。みんなで食べた方が美味しいからねぇ」
子供らしい加速でフィルの前まで来た男の子に、フィルはそう告げた。
横目で状況を見守るアイヴィは、子供たちを見るフィルの目にどこか哀愁が宿っている……ような気がした。
が、アイヴィは気にせず手に持った牛肉サンドを食む。
一方、フィルは牛肉サンドをもう片方の手にも持ち、ダブルで子供らに見せつけていた。
目を輝かせた男の子の服を、後ろから追いついた女の子が引っ張る。
「だ、駄目だよ。知らない人から食べ物もらったら」
「別にいいだろ。この姉ちゃんたち悪もんには見えねぇぞ」
『ちゃんと躾が行き届いた女の子ね』と思うアイヴィと違い、フィルは綺麗な顔をニヤリと歪め、笑っている。
「ふふふ。私、カッコいい良いもんに見える?」
「いや。変な恰好してるし、良いもんにも見えねぇ」
「ガーン!?」
フィルの目がクワッと開き、衝撃が露わとなる。
現在両手に持つ牛肉サンドを落とさぬことからも、驚きがただの演技でしかないことが見て取れた。目の前の子供たちすら騙せていない。
「なぁなぁ。くれるんなら、早くくれよ姉ちゃん」
「はいはーい。そのまえに、水よ」
フィルが呪文を唱えると、子供らの手が突如として現れた水に包まれた。
驚く子供らへ、フィルが指示を送る。
「食べる前にまず手を洗わないと、ねっ。ほら、もみもみして」
「……母ちゃんみたいなこと言う姉ちゃんだな」
「もらっちゃ駄目なのに……」
子供らは文句を言いながらも、素直に手をもみもみと動かす。
すると砂で汚れていた手が段々と綺麗になっていった。
そしてフィルの魔法の操りに従い動く水が子供らの手から離れ、ふわふわと空中に浮かび始める。そのまま、初めからそこに何もなかったかのようにフッと水が消えた。
「はい。どーぞ」
「おぉぉ。マジで旨そう」
「いただきます」
フィルが前に突き出した両手から、子供らの手へと牛肉サンドが渡る。
一人一つ。平等に。
男の子は目を輝かせながら、そして女の子は少し戸惑いながら、二人は小さな口で牛肉サンドをパクッと頬張る――瞬間、喜びの声が静かな村に轟いた。
「ん~~~~、うんめぇぇぇ。こんなん食ったの初めてだぜ」
「わぁぁぁぁ、おいしぃ」
言うや否や、むしゃむしゃ食べ始める男の子と、端を小さく齧る女の子。
食べる子供らの表情は、彼らの視線よりもキラキラと輝いていた。
フィルもまた最後の一組を口へ運びながら、子供らを嬉しそうに眺めている。
食べるのに夢中であった男の子も、フィルの視線が気になってしまう。
「……そんな見んなよな」
「ごめんごめん。美味しそうに食べるなぁ、と思ってねぇ」
「ああ、ウメェ! 王都にはこんなもんが売ってんだな」
「残念。王都じゃなくて魔法都市。それにこれは、お姉さんたちの知り合いが特別に作ってくれたものなのだぁ。ハハハ、羨ましいだろぉ」
食べるのを止めたフィルが「フンッ」と大きな胸を前に張る。
だが、大威張りなフィルと違い、男の子と女の子の反応は淡泊であった。
「別にそんな。ねぇ」
「なぁ。てか王都から来たんじゃないのか。最近騎士やら狩人やら東から西に通ってくから、姉ちゃんたちもそうかと思ったぜ」
「へぇ、騎士ねぇ。あっ、その狩人さんは、たぶんお姉さんたちの友達だよ」
何気なく言った一言が、男の子の目を再び輝かせた。
尊敬の念でも含んでいるかのような眼差しに、フィルは男の子の勘違いに気が付いたものの、男の子の言葉を待つことにした。
「おぉぉ、狩人! 変な恰好してると思ったら姉ちゃんも狩人なんだな」
「あはは、これまた残念。狩人さんは、こっちのお姉さんの方だよ」
隣を指すフィルに合わせ、男の子の輝く瞳がアイヴィを捉え――輝きが一瞬にして失われてしまう。
「すげぇ弱そう」
「……失礼な子ね」
「まぁまぁアイヴィちゃん。少年よ、強さと見た目は関係ないのさ。こんな可憐で愛らしい姿をしてても、アイヴィちゃんってば結構強いんだよぉ」
「うっそだぁー」
声と顔であからさまに疑う男の子の横で、ひっそりと女の子からも疑惑の視線が伸びていた。
「本当なんだけどなぁ」と笑うフィルと違い、アイヴィは少し不機嫌そうである。
フィルたちの側から動かず、ただの杖になりきっているメフィスト。
無言を貫くメフィストは、フィルの脳内へ『仕方ないガキだな。ケッケッケッ』と伝えていた。
子供らはフィル達の反応を気にせず、パクパクと牛肉サンドを頬張る。
子供らの食欲はすさまじく、男の子はあっという間に食べ終わってしまった。
女の子が食べ終えるのを待ち、男の子は「じゃーなー。変な姉ちゃん」とだけ告げると、そのままフィル達に背を向け歩き出してしまう。
女の子もまたペコリと頭を下げただけで、すぐに男の子を追って走り去ってしまった。
感謝の言葉一つなく消えた子供らであったが、見送るフィルは満足げだ。
隣で食べ終わったアイヴィが、食事を再開したフィルへ話しかける。
「貴女、あんな子供にも優しいのね」
「……もぐもぐ……子供関係なく、悪人以外には分け隔てなく平等に接してるつもりなんだけどなぁ。逆に言えば、悪人なら子供でも容赦しないよぉ」
「礼儀知らずなだけなら、まだ可愛いもんだぜ。なっ、相棒」
「ねー。あれぐらいただの元気で良い子良い子。おっと、急いで食べないと」
フィルの顎が、ガジガジと速度を上げる。
そんな急く姿に、アイヴィは「ゆっくりでいいわよ」と告げると、健康に良いハーブティーをちびちびと飲み、愛らしい顔を渋く歪めた。
そしてアイヴィは、ある事に気付く。
「って。疲れてない私が飲んでも、意味ないじゃないこれ」
「おっ。ようやく気付いたな」
「メフィスト。これ、貴方が飲むべきでしょ」
「ケッケッケッ。杖に茶を飲めとか随分と風流なこと言うじゃねぇか。まっ、俺様は相棒の魔力で飛んでっから、全く疲れてねぇんだけどな」
「そうなの?」
二人の前にふわりと移動したメフィストが、アイヴィの問いに答える。
「だぜ。なにせ俺様と相棒は――」
「ていっ。メフィちゃん、お口が軽いですわよ」
「おっと、わりぃわりぃ」
口封じに手刀を叩き込むフィルであったが、当然痛いのはフィルの方である。
メフィストは謝罪の言葉を口にしながらも、気にした素振りなくふわふわ浮いていた。
「もしかして聞いたらまずいことだった? ごめん」
「ふふふ……秘密は女を美しく飾り立てるのだぁ」
そう言ってフィルは、ベンチに座ったまま腰にくねりを生み、傾けた顔でアイヴィを流し見た。まるでイイ女でも気取っているようである。
お道化たフィルと無表情のアイヴィ。
涼やかな風を頬に受けながら、アイヴィはハーブティーをごくりと飲み干した。
「……ごちそうさま。メフィストが疲れてないなら良かったわ」
「華麗にスルーされたぁ!」
アイヴィは、フィルに肩を掴まれガタガタ揺らされながらも、反応を示さない。
騒ぐ相棒の姿を嬉しそうに眺めていたメフィストであったが、先の冗談の正体に気付き、相棒へと苦言を呈した。
「てかそれ、怪盗の嬢ちゃんの真似だな。浅はかだぜ、相棒」
「ギクッ。ちょっと言ってみたかっただけだよ」
アイヴィを揺らすのを止め、フィルが顔を逸らす。
そのままフィルは、最後の一切れを口へ放り込んだ。
「怪盗の嬢ちゃん? 貴女たち、変な知り合いもいるのね」
「……もぐもぐ……ふぅ。ごちそうさま。ってあれ? アイヴィちゃんは知らなかったっけ? 『フィルちゃんVS怪盗ヴァラファール』(全一話)」
珍妙なタイトルに「なにそれ?」と、アイヴィの思考が一瞬停止してしまう。
だが、ふと、それが何のことなのかを思い出した。
「あぁ、アダマセインに何か話してたわね」
「そうそう、それ。実は、この間のオークションの時に――って、旅は長いし、飛びながらでも話すとしますか」
「……聞いていられるかしら……」
不安げなアイヴィからお弁当箱などを受け取り、フィルがそそくさとお弁当箱と水筒を腰の鞄に放り込む。
出発の準備など特になく、フィルとアイヴィは、水平に浮かぶメフィストに自然と腰掛けていた。
「それじゃあ、しゅっぱーつ」
「いくぜぇ」
すいっと浮かび、空へと向かうフィルたち一行。
胃を押さえながら「最初はゆっくりで、お願い」と乞うアイヴィに従い、メフィストは比較的穏やかに西へ飛ぶ。
「じゃーなー。変な姉ちゃーん」
「さよーならー」
村から空まで届く元気な声に、フィルは手を振り返す。
牛肉サンド二個分の報酬に耳を癒されながら。
~~~~
フィルたちは、まだ日が暮れる前に港町リヴィアの近くまで辿り着いていた。
若干速度を落とし、港町へと近づく中、フィルたちの目には、海の異常な光景が映り込んでいた。
「近いね」
「近くねぇか?」
「……あの図鑑、間違ってたんじゃ……」
彼女たちの呟きが示す通り、それは港町の近くに居た。
破壊された港の先。一面に広がる青い海の中。
それは、蛇のようににょろにょろと長い体で、海上と海中を交互に縫い合わせるように泳いでいた。
近海には居ないとされていたシーサーペントが。
邪魔するものなく、悠々自適に。




