5-14 フィルの休日~スイーツ巡り~
「一軒目は、こちらで御座います」
フィルはそう言いながら木目調の扉をカランカランと開く。そのまま扉が閉まらぬよう押さえながらお道化て頭を下げる彼女の姿は、まるで『さぁお嬢様、こちらへ』と言わんばかりであった。
そんなフィルへ苦笑を浮かべ、アイヴィが店へと足を踏み入れる。
初めて訪れる店に、アイヴィはざっと店内を見回した。
木目の温かな店内は採光明るく、良い雰囲気を生み出していた。
奥に続く飲食スペースでは、今も柔らかな椅子に腰掛けた女性たちがお喋りを楽しんでいる。
忙しそうに動くフリフリエプロン姿の店員たちの姿も、目に心地良い。
店内を見回したアイヴィの目が、とある一点に吸い込まれてしまう。
それは、入口から進んだ正面に置かれたカウンター兼ショーケースであった。
透明なガラスに仕切られたショーケースの中で、色とりどりケーキたちが輝きを放っていたのである。
雪原の如き白の上に立つ大粒の苺とクリームの森が栄える生クリームケーキ。
黄色の焼き目から匂いが漂ってくる気さえするチーズケーキ。
タルト生地の上にフルーツとクリームが盛りに盛られたタルトケーキ。
濃い茶褐色の上に粉雪が飾り立てられたガトーショコラ。
どれも三角にカットされており、側面から内側の層をのぞかせている。
それ以外にも様々なケーキたちが並んでおり、小さな円形のカップ型の物なども含め、ケースの中の全てが乙女たちの心と胃を誘惑していた。
フィルたちのスイーツ巡り一店舗目は、ケーキ屋『ブラウ二―ズ』であった。
「さぁさぁ、お好きなのをどうぞ~」
店員でもないのに、アイヴィをショーケースへ誘うフィル。
その案内に従いアイヴィはケーキたちの前へ歩み寄る。その橙の瞳は眩いケーキたちに吸い寄せられてしまっていた。既に苦笑いは消えている。
「迷うわね……どれも美味しそう」
「でしょ~。私もどれ食べよっかなぁー」
別腹をツンツン刺激するケーキたちに目移りする二人を、ショーケース裏に居るフリフリエプロンの女性が、笑みを湛えたまま見守っている。
そこにメフィストが水を差した。
「相棒もアイヴィも、選ぶのは一個にしとけよ」
「えー……まぁ一軒目だし、仕方ないにゃー」
「私、元からそんなに食べないって」
そう言いながらもフィルとアイヴィの目は『何個でもイケる!』と輝いていた。
そんな二人の耳に、ショーケース奥から誘惑の声が流れ込んだ。
「新作も御座いますよ」
「なにっ! 新作ぅ」
店員さんの声に反応し、目を見開くフィル。
ショーケースの中をフィルの視線が走り――フィルはがっくりと肩を落とした。
フィルが発見したのは、球状でふわふわな生地に白の粉砂糖を振りかけたシュークリームであったのだ。
ケーキたちの中に、二列のシュークリームが異質に並んでいる。
見本としてか、上部の蓋が横に立てかけられた物が一つあり、その内側に充填された滑らかな白を客へと魅せつけていた。
そう。中身が真っ白なのである。
「なっ……なんてこったい。もう、もう……」
「え、えっと、フィルさん?」
突如顔に悲しみを浮かべたフィルと、それを見て戸惑う店員さん。
嘆くフィルが何を言おうとしているのか、隣で溜息を吐くアイヴィには分かってしまった。
アイヴィの想像通りの言葉が、フィルの口から零れ落ちた。
「王都からの侵略者が、もうここまで来てるなんて!」
「流石フィルさん。王都の流行も御存じなんですね。おひとつ如何でしょう」
営業スマイルを取り戻した店員さんと違い、フィルの瞳は捨てられた仔犬のようにプルプルと潤み、揺れていた。
ご存じの方もいるだろうが、フィルメイル・クリスタという少女は生クリーム派ではなく、カスタード派なのである。
ふと、黄色の使徒たるフィルの脳裏に、最悪の想像がよぎった……その予想が当たらぬことを願いながら、フィルが店員さんへ小声で問う。
「……ちなみに、カスタードのやつは?」
「あー。申し訳ございません。今日の生地は全て……」
「嗚呼、流行が憎い、憎い!……一つ下さい」
床に立てたメフィストに体重を預け、全身で絶望を表現するフィル。
気にせず「ありがとうございます」と、皿の用意を始める店員さん。
一連の茶番を眺めていたアイヴィは『それでも買うんだ』とクスッと笑い、再びケーキたちへと視線を戻した。
チーズケーキにしようか――いや、フルーツタルトも捨てがたい、などと幸せな悩みを表情ににじませながら。
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柔らかな椅子に腰掛け、向かい合うフィルとアイヴィ。
間に挟む丸い卓には、レモン溶け込み透明感が増した紅茶と各々選んだケーキ、そして一個のシュークリームが置かれていた。
甘い空間から視線を上げ、二人は互いに視線を絡め合う。
「じゃあさっそく頂いちゃおー。いっただっきまぁーす」
「フフ、いただきます」
三角にカットされているケーキの端が、すぅっとフォーク一本で切断され、そのまま二人の口へと運ばれていく。
フィルは、苺の乗ったシンプルなショートケーキ。
アイヴィは、焼き目香ばしいチーズケーキ。
違うケーキを口に運んでいても、二人の感想は一つであった。
「ん~。美味しい~」「美味しいわね」
そのまま二口目へ行くフィルと違い、アイヴィは紅茶を一口含み、レモンのさっぱりした酸味を堪能していた。
アイヴィの大きな瞳は、落ちそうな頬を左手で押さえているフィルの姿を興味深そうに観察している。
『カスタード派』なのに、生クリームたっぷりのショートケーキは随分と美味しそうに食べるものだ、と。
じぃっと見つめるアイヴィの視線に、わざとらしく「ん~?」と反応したフィルは、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら次の一口をフォークに取った。
そして、そのままそれを――
「はい、あーん」
「…………違うわよ」
冷ややかな声で差し出されたケーキを拒み、アイヴィは自分のチーズケーキを口へと運ぶ。対してフィルは、一口分のケーキを卓越しに差し出したまま、腕を引っ込めようとしなかった。
「えー。こっちも食べたいのかなぁって思ったのに。ねーメフィちゃん」
「俺様に振られても困るぜ。まぁ相棒に付き合ってやってくれよアイヴィ」
「……仕方ないわね」
「はい、あーん」
羞恥に顔を赤らめたアイヴィが、差し出されたケーキをパクッと咥える。
『何でこんな辱めを』と、しぶしぶ顎を動かすアイヴィであったが、濃すぎない生クリームのコクとふんわり生地の食感に表情が解け、満更でもないといった表情へと変化していた。
「そっちも悪くないわね」
「あーん」
今度の『あーん』は、差し出された物ではなかった。
まるで餌を待つかのように開いたフィルの口に、アイヴィの冷たい視線が突き刺さる――だが、視線とは裏腹に、アイヴィの手は自然とチーズケーキを切り分け、それをフィルの口へと放り込んでいた。
嬌声にも似たフィルの喜ぶ声に、アイヴィの視線が『仕方ないわね』と、先程口で解けたケーキのように柔らかく緩む。
「ん~ん~。お口いっぱいに広がる濃厚チーズがたまらんですにゃぁ……幸せ」
「美味しくて、この一軒だけで満足しそうよ」
「駄目駄目。スイーツ巡りはここからなんだから」
「……何軒行く気?」
「な・い・しょ。さぁさぁシュークリームも食べちゃおう」
素手で良い? とジェスチャーしたフィルは、コクリと頷くアイヴィの許可を貰い、むんずっとシュークリームを両手で掴み「ふんっ!」と下半分を二分した。
素手で強引に分かたれたにもかかわらず、シュークリームは中身の生クリームごと器用に二等分されており、アイヴィは無駄な感心を抱いてしまう。
行儀もへったくれもなく、二人は素手でシュークリームに噛り付く。
もぐもぐと口が動き――
「……意外といける。けど、まだまだだね」
「素直に褒めなさいよ」
「こいつ、結構意地っ張りだからな。ケッケッケッ」
笑う相棒から顔を逸らし、二口目へと行くフィル。
フィルの少しだけ恥ずかしそうに赤くなった頬は、正面に座るアイヴィには丸見えであった。
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次の店を訪れたフィルを待っていたのは、目を疑う事実であった。
「あらフィルちゃん。丁度今日新作が出来たのよ。食べてってちょーだい」
「ま、まさか……」
「じゃじゃーん。生クリームたっぷりの――」
「カスタードのは……」
食い気味で問うフィルに、スイーツ店のおばさまは手をクイクイしながら笑い、言う。非情なる宣告を。
「あはは、今日はないの。新作作り過ぎちゃて」
「Nooooooo!!」
三軒先まで響き渡るフィルの絶叫に、スイーツ店のおばさまの目がキョトンと驚き、点になってしまう。
冗談か? 本音か?
絶望を露わにするフィル。
そんな騒がしい少女の横で、友人たるアイヴィは『他人のふり……なんて出来ないわよね』と、その愛らしい小顔に諦めの色をにじませていた。




