5-13 フィルの休日~アイヴィの用事~
朝食後、フィルとメフィストは、アイヴィと共に魔都の空を駆けていた。
あっという間に目的地に到着した二人と一杖は、正面にそびえる大きな建物へ歩を進め、そのまま開かれた両開きの扉を潜った。
「たのもぉー!」
「ちょ、ちょっと、フィルメイル」
朝の忙しさが過ぎ去った広いロビーに、堂々としたフィルの大声と焦るアイヴィのヒソヒソ声、そして「ケッケッケッ」と笑うメフィストの声が響き渡る。
当然ながらそんな登場をすれば、室内にたむろす人々から睨まれるのは必然である。そのうえ、今、ここに居る者たちの殆どが、話しかけることすら遠慮したくなるような、顔や体に傷跡残る筋骨隆々で強面の男たちであった。
睨む目も、相応に鋭い。
だが、見た目の恐ろしさに反し、彼らは反社会的な存在ではない。
ここは魔法都市『ヴァルミオン』にある狩人ギルドの本部。
そう彼らは狩人。日々人々の平和を脅かす魔物を相手に、己が命を懸けて戦い続けている猛者たちなのである。
そんな魔物も怖気づく彼らの鋭い視線を受けても、フィルは気にする様子一つなく、悠然と受付へ向かっている。
むしろ今も狩人ギルドに所属しているアイヴィの方が、どこか不安気であった。
一方、闖入者が誰か分からなかった狩人達も、トレードマークである長い木製杖を見てか、それが見知った少女であると気が付いた。
一瞬気が付かなかったのも、今の装いが特徴的なとんがり帽と紺のローブ姿ではなく、ラフな休日コーデであったせいであろう。
視線が和らいだのを確認し、フィルが歩きながら知り合いへと話し掛け始めた。
「おはよ、ゴスムさん」
「おう。フィルちゃん、ギルドに何か用か? それとも俺に――」
「別にないよぉ。友達のお供。おっ、ヒューさん髪型変えた? 似合ってるねぇ」
「俺はずっとスキンヘッドだ馬鹿野郎。さっさと行け」
フィルは声を掛けぬ者へも、笑顔で手を振り進み――受付の中から伸びる視線に視線を重ねた。
待ち人の居ない空いた受付の奥に居るのは、落ち着いた雰囲気の女性。
彼女は、フィルの側で『騒がせてすみません』と無言で頭を下げているアイヴィを見て柔らかに微笑む。
アイヴィへと向けられた穏やかな視線と違い、再びフィルへと戻った視線には、力強さが含まれていた。
交わる視線がバチバチと音を立てる中、用事があるアイヴィよりも先に受付カウンター前に辿り着いたフィルが先手を打つ。
「おっはようございまぁす、お姉さん。いつもうちのアイヴィちゃんが、お世話になってまぁす」
『うちの』と聞き、受付の女性の流麗な眉がピクッと反応した。
だが、彼女は微笑を湛えたまま、姿に似合う優し気な声をフィルへと返す。
「いえいえクリスタさん。うちのアイリスさんが、これからそちらでお世話になるそうで……シルバー氏の所でしたら、安心してお預け出来ます」
『うちの』と聞き、フィルの黒眉がピョコンと跳ねた。
何を争っているのか知らぬが、フィルも負けじと言葉を返す。
「ご安心を! アイヴィちゃんはもうバリバリ仕事をこなしている立派な銀水晶の一員ですよ」
「まぁ! それは嬉しい。大ギルドである狩人ギルドとの掛け持ちはとても大変ですから、うちのアイリスさんが馴染めるか心配だったんです。クリスタさんも、うちのアイリスさんに手を貸してあげてくださいね」
「あははは」「うふふふ」と笑い合う二人を見て、フィルの隣に居るアイヴィが、フィルの持つ杖を心配そうにツンと突いた。
「ねぇ、メフィスト。これ、止めた方が……」
「放っておいていいと思うぜ」
平然としたメフィストの言葉を示すように、フィルと受付の女性が動いた。
互いに突き出した拳が一つ二つとリズミカルに上下に動き、重なり、互いに打ち鳴らす。そのままリズムに乗り、二人は正面から拳を重ねた。
離れる拳は止まらず、二人はガシッと手と手を重ね、ギュッと握り合った。
その目と口元は、楽し気にニヤリと曲線を描いている。
そして二人は、同時に言葉を交わした。
「これからもアイヴィちゃんのこと、よろしくぅ」
「これからもアイリスさんのこと、よろしくお願いします」
急に協力関係を築いた二人に、アイヴィはポカンとしてしまう。
「……もしかして、知り合い? ですか?」
「うん。前にちょっとね」
「いえいえ。その件では、うちの狩人共がご迷惑をお掛けしました」
「いえいえ」「いえいえ」と言葉を押し付け合う二人に、アイヴィは小さく溜息を吐いてしまった。
早速お疲れなアイヴィに、メフィストが声をかける。
「な、大丈夫だったろ。もしかして自分を取り合って、一丁決闘でもおっぱじめるかと思っちまったのか?」
「そうじゃなくてよかったわ」
メフィストの冗談に、アイヴィは苦笑いを浮かべることしか出来ない。
だが、その苦笑い一つで、フィルと受付の女性の笑みに柔らかさが増した。
「もうメフィちゃん、そんなことしないってば」
「勿論です。ふふふふ……さぁアイリスさん。申請書類はこちらとなります。ご記入を」
受付の女性は、まるで今日アイヴィが来ることを分かっていたかのように既に用意されていた書類を、サッと素早くカウンターに並べた。
まだアイヴィが用件を言っていないにもかかわらず、その書類は合っていた。
虚を突かれながらも、アイヴィは「あっ、はい」と、備え付けの羽ペンを手に取り、ギルド掛け持ちの為の申請書類を書き始める。
氏名欄に『アイリス・ブラッド』と書くのを、受付の女性がカウンターの奥から見つめる。その目は、まるで慈母の如く柔らかであった。
「良い所を見つけましたね」
「……はい。ありがとうございます」
書類を書きながら小さく頭を下げるアイヴィの姿に、フィルの視線もまた、受付の女性のそれと同じ、優し気なものとなっていた。
フィルはアイヴィの邪魔にならぬよう、他人に聞かれぬ脳内会話でメフィストへ話しかけることにした。
『やっぱり優しいね。このお姉さん』
『獲物を横取りしただなんだって因縁つけられた時も、助けてくれたしな』
『そんなお姉さんから任されたんだから、今日も頑張らなきゃね』
『ケッケッケッ。程々にな』
フィルが今日の自分の役目を密かに再確認したことなど、書類と格闘しているアイヴィには知る由もなかった。
受付の女性の瞳に、少しの寂しさが混じっている事にも。




