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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第五話「フィルの過去と月の魔女」

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5-10 フィルの涙


 事件から五日後の昼下がり。

 この日も柔らかな日差しが窓から射し、流れる風が心地良い、外で遊ぶにしろ家で本を読むにしろ快適に過ごせること間違いない、そんな何をするにも良い日よりであった。


 だがしかし、フィルは自室のベッドの上にいた。

 フィルは、その小さな体を横たえたまま、ぐったりと動かない。


 少々心配になる光景であるが、ベッドの隣に立てかけられた杖メフィストは特に動じてはいなかった。

 ここ数日、似たような光景が繰り広げられているからである。


 この少女。

 鬱々(うつうつ)ゴロゴロし、ぐったりしていても、祖母の手伝いはきちんとこなしているのである。もちろん三食欠かさずペロリなのだ。


「なぁフィル。暇なら本でも読もうぜ。植物図鑑、読んでる途中だったろ?」

「うー。今はむーりー」

「そっか。なら仕方ない(しゃーねー)な。まっ、たまには休むのも良いか。俺様も一緒にゴロゴロするぜ」


 ベッドに身を委ねたままのフィルが顔を横へ向けると、そこには、ゆっくりゆっくり、ふわふわふわふわと空中を移動するメフィストの姿があった。

 大人程に長い杖であるメフィストは、そのままフィルに寄り添うようにベッドの上にポトンと落ちる。

 フィルは動物である『なまけもの』の様にのっそりと動くと、隣で寝転んだメフィストをギュッと抱き締めた。


「ありがと。うつうつが消えたらうごくぅ」

「おう。無理はすんなよ」

「うん」


 力ない返事と共に、フィルが柔らかな頬をメフィストに乗せる。

 そのままフィルは、再び動かなくなってしまった。


 緑のにょろにょろが風と共に窓から入り込み、そして窓から流れ出ても、フィル達は動かない。青や白のポワポワが現れては消え、現れては消えを繰り返しても、フィル達は動かない。


 小一時間ほどぐったりしていたフィルと、それに寄り添うメフィスト。

 一人と一杖が再起動する切っ掛けは、突如として廊下からやってきた。

 それは、木造の床を鳴らす小気味よい足音。


 祖母のものとも違う足音に、フィルは『だれだろう?』とメフィストごと体を動かし始めた。大儀(たいぎ)そうにゆっくりと。


「誰だ?」

「ねー」


 フィルが体を起こすよりも早く、扉の外で足音が止まった。

 そして、廊下に続く扉がコンコンコンと軽快なリズムを刻む。


「フィ~ルちゃ~ん。い~ま、いい~」


 扉の外から聞こえる間延(まの)びした可笑(おか)しな声に、フィルが「ど~~ぞ~~」と真似をするように返事をする。

 開いた扉から姿を現したのは、とんがり帽子を被った美しい女性であった。


「やっほー。元気して……なさそうだねぇ。困った困った」


 記憶に新しい女性を見てか、(いま)だベッドの上に居るフィルとメフィストが反応を示す。


「あー。奇術師のおねーさんだぁ」「おっ。この間の奴だな」


 波打つ濃紺の髪を揺らしながら部屋に入って来たのは、魔女メロウであった。

 魔女メロウは、メフィストを抱きしめたままベッドの端に座っているフィルの前までトコトコと歩み寄ると、立てた人差し指を横に振り始めた。


「チッチッチッ。違う違う。魔女ね、魔女。どこから奇術師が出てきたのさ?」

「んー。何となく」

「そっかぁ、何となくかぁ」


 そんな気の抜けた応酬に、メフィストが答えに近い疑問を投げかける。


「いやフィル。この前、この女がどこからともなく物を取り出してたからだろ?」

「んー?」

「ほら、ミューって白い猫が主人公の話にさ、似たようなことする奇術師が居たじゃねーか。名前は……ど忘れしちまったけど」


 メフィストの言葉に触発され、フィルの脳裏に以前読んだお話が駆け巡った。

 勇敢な白猫と相棒の黒ぶち猫が(つむ)ぐ、友情あふれる冒険の数々が。


「ムニャだ! 黒ぶちのムニャ」

「おぉ。そうだそうだ」

「へぇ、黒ぶちかぁ。その子も猫さん?」


『まさか眼鏡ではなかろう』等と考えながら、魔女メロウはフィルに問う。

 すると、先程までのぼんやりした雰囲気を吹き飛ばすような、明るく元気な笑みが返って来た。


「うん。そうだよー。カッコいい猫さん」

「おぉ、いいねぇ。私も猫さんは好きだニャー。ミューって猫が主人公か……今度探して読んでみようっと」

「おう。読んでみな。子供向けながら話は面白かった――あれ。ちょっと待て」

「んー?」「急にどしたの?」


 突如として頭に疑問符を浮かべたメフィストに、フィルと魔女メロウの頭上にも疑問符が生まれてしまう。

 何が可笑(おか)しいのか考えていたメフィストは、すぐに答えに辿り着いた。


「って。フィルは先に猫とも言ってねぇし、ミューの話もしてねぇじゃねーか。まさか、魔女の嬢ちゃん――」

「うん。聞こえてるよ杖さん」

「おぉぉぉ」


 自然に杖と受け答えする魔女メロウに、叫ぶフィルの青い瞳がキラリと輝く。

 そんな小さな少女から伸びる好奇の視線をこそばゆく感じながらも、魔女メロウはメフィストに話し掛け続けた。


「この前、フィルちゃんの無実を訴えてたのも、私を『変な奴』扱いしてたのも、ねっ」

「うっ。実際、変な奴だと思っちまったんだよ」

「まぁ、いいけどねぇ。それにしても、お話しできるなら前に会った時も話し掛けてくれれば良かったのに……見た目と違って意外とシャイなのかなぁ?」


 そう言って、魔女メロウはメフィストを人差し指で突っつこうとする。

 対してメフィストは、フィルが困らぬ程度にゆっくり小さく動き、からかいの指から逃れていた。


「何だよ見た目と違ってって。にしても前? たぶんここの倉庫でだよな?」

「YES! この家以外で君と会ったことなんて無いよ」

「わりぃ。憶えてねぇ。てか多分だけどよ、その時も俺様、喋ってたと思うぜ」

「あれれ? そうなの? そうなの?」


 予想外の回答を受けた魔女メロウは、疑問の視線をフィルへと投げかける。

 だが当然ながら、問われてもフィルには分からない。


「知らなーい。わたしも急にメフィちゃんとおしゃべり出来るようになったよ」

「だったよな。けど、その前から……ずっとずっと昔から、俺様独りでベラベラ喋ってるぜ」

「うぅ。気付いてあげられなくて、ごめんねメフィちゃん」

「ケッケッケッ。今、話せてんだから良いってことよ」


 屈託ないメフィストの声に、フィルは自分の頬をメフィストへとピタッと当てたくなった。実際、ぺトッと当てた。

 子供らしい柔らかな頬が杖に当たりへこむ光景に、魔女メロウの頬が緩む。


 緩んだ魔女の顔から、同じく緩んだ声が零れ落ちた。


「そっかー。世の中不思議でいっぱいだねぇ」

「だねぇー」

「だな」


 のほほんとした空気に包まれる、二人と一杖。

 しかし、空気に呑まれていた魔女メロウが「ハッ」と本来の目的を思い出す。


「おっとそうだった。今日はフィルちゃんに大事なお届け物があったんだ」

「おとどけもの?」

「そう。ちょっとだけ目を(つぶ)っててもらえる?」

「いいよー」


 魔女メロウの言葉に従い、素直にまぶたを閉じるフィル。

 (ほの)かに日の光を感じる黒の中、フィルは待つ。


 ふと、魔女さんの左手に魔力を感じたフィルは『今度はなにかなぁ?』と、前回空中に突如として出現させた小瓶とは違う『何か』に期待していた。


 瞬間、正面に『何か』が現れるのを、フィルは感じ取る。

 その『何か』から伝わるのは、柔らかくて温かな感覚……目を閉じたままでも、フィルにはそれが何か分かってしまい、心がぴょんと跳ねた。


 目を開けたい衝動に駆られながらも、フィルはギュッとまぶたを閉じ続ける。

 がまん、がぁまぁん、と。


「フフッ、もう何か分かっちゃってるねぇ。よーし、さぁ目を開けてごらん」

「あっ! うわぁぁ……」


 目を開けたフィルの目の前にあったのは、一つの指輪であった。 

 キラリと輝く赤い一粒石が、フィルの瞳を輝かせる。


 魔女メロウの細い指で摘ままれた指輪は、母の指輪とは少し違っていた。

 リングは同じであるのだが、赤い宝石は元の形とは少々変わっており、その大きさも少しばかり小さくなってしまっている。


 たが、フィルには一目で分かった。いいや。見る前から分かっていた。

 それが、母の指輪であると。


「これ! お母さんの!」

「そうだよぉ。しかし形が変わっても分かるもんだねぇ。フィルちゃん凄い」


 魔女メロウの率直な称賛の言葉に、フィルは嬉しそうに大きく頷いていた。


「うん! だってだって、お母さんとお婆ちゃんの魔力がギュぅぅぅってなってるもん。ねぇねぇ、魔女さんが直してくれたの?」

「へへへ。まぁねぇ。けど、壊れた時に魔力が霧散――もやもやぁって抜けちゃってたから、急いで作り直したけど、中の魔力結構減っちゃったんだ。ごめんね」


『何を謝ることか』と言わんばかりに、フィルが首を横にブンブンと振り始める。

 そしてひとしきり否定を終えたフィルは、指輪から視線を外すと、魔女メロウの瞳をしっかりと見つめ、愛らしい唇を開いた。


「ありがとう。魔女さん」

「どういたしまして。さぁ、受け取って」


 促されるまま、フィルはメフィストから右手を離し、指輪を受け取る。

 フィルは受け取った指輪を優しく右手の中に包み込み、そのまま右手を自分の胸に押し付けた。


「よかったな、フィル」

「うん。よかった……よかったぁ……」


 静かな部屋の中に、フィルの心からの呟きが響き渡った。

 フィルの心から零れ出たのは、そんな呟きだけではない。

 青い瞳からあふれた涙が、すぅっとフィルの頬へ流れていた。

 静かに、ゆっくりと。


 祖母から貰った、母が使っていた大切な指輪。

 そんな宝物が無残に壊されても流れなかった涙が、ようやく生まれることを許されたのかもしれない。


 泣き叫んでもいいのに、フィルはそうしない。

 そんなフィルの頭を、魔女メロウが柔らかに撫でる。


 涙を流すフィルに抱き締められたままのメフィストにも、頬から落ちた雫が伝っていた。

 メフィストは、こんな時なんと言えばいいのか分からずにいた。

 だからメフィストは、黙って寄り添い続ける。


 メフィストと魔女メロウは、フィルが泣き止むまで、ただただ、ただただ、静かに待ち続けた。

 愛らしい子を、柔らかな視線で包みながら。

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