5-8 真実を見抜く魔女の秘薬
「さぁさぁ、グイッと飲んでみよー」
フィル、村長の息子、そして村長の妻に『真実を見抜く魔女の秘薬』を飲むように促す魔女メロウ。
フィルは勧めに従い、躊躇なく手近な薬瓶に手を伸ばしていた。
だがその手は、卓を挟んだ反対側から響くうるさい声により止められてしまう。
「待ちなさい。それは私が飲むわ」
村長の妻カラが、まるで奪うような勢いで卓上に手を伸ばし、フィルに一番近い位置に置かれた薬の小瓶を己の物とした。
この強引さ。カラには考えがあったのである。
魔女メロウは、フィルの祖母トリーナの娘の友人である。
ならば、友人の娘であるフィルに有利になるよう、近くに置いた薬に仕掛けをしているのだろう、と。
見抜いてやったぞとほくそ笑むカラ。だが彼女は、大人げないことをした自分へ向けられる三つの冷めた視線に気づかない。
その視線の内の一人、魔女メロウが呆れを声に乗せ、言った
「どれも同じだってば」
『そんな訳ないでしょ』と視線で語るカラに、村長は溜息を吐き、魔女メロウは肩をすくめるしかない。
さて、薬を横から奪われた当のフィルはというと、全くもって気にした様子もなく、残り二つの薬の内、自分に近い薬を既に取っていた。
非常に適当である。
他者から奪っておきながら飲むのを躊躇するカラ。
カラと違い、フィルは迷いなく小瓶のガラス蓋を抜き取ると、そのまま小瓶を口に当てグイッと傾けた。
紅茶のカップ四分の一程度の量の液体が、サラリとフィルの口へ流れ――
「ん~~~~! あ、あまぁぁい」
フィルの口の中に広がったのは、甘い甘ぁい幸せの味であった。
それは、フィルが今まで口にして来た果物を絞ったジュースよりも甘く、祖母が作るクッキーよりも甘く、祖母の知り合いから貰ったお土産ものよりも甘かった。
今まで味わった事のない、柔らかなのにとろけるように甘い味わいに、ほっぺたが落ちそうなほどフィルの顔がゆるゆるに弛緩してしまう。
そんなフィルの顔を見てか、魔女メロウの高い鼻が自信気に上向いた。
「フッフッフッ。良いでしょそれ」
「うん! 真っ白なケーキよりも甘いね」
「でしょー。私の自信作ぅ。いぇーい」
互いに自然な笑顔を向け合うフィルと魔女メロウ。
二人の間に広がる和やかな雰囲気に、カラは自分の思い違いを知った。
恐らく、薬そのものに仕掛けなどない。この薬は全部甘い、と。
嘘つきが飲めば苦み走ると嘯き、それを飲むか飲まないかで『正直者』か『嘘つき』かを見分ける……そんな詭弁なのだと。
種が割れれば簡単だと、カラは手に持つ小瓶の蓋を開け、紅の引かれた口元へと瓶を運んだ。
その時、直前まで魔女メロウと笑い合っていたフィルが、ふとカラの持つ小瓶に変化を感じ、カラへと視線を向けた。
そんなフィルの動きに、魔女メロウは「へぇー」と関心そうに呟く。
さて、魔女の秘薬をゴクリと飲んだカラはというと――小瓶をソファに落とし、「うっ!」と両手で口元を覆っていた。
今にも胃の内容物全てを吐き出さんばかりである。
カラの顔に浮かぶ苦悶の表情は、口内に広がる恐るべき苦味と必死に戦っていることを表している様でもあった。
甘さを確信し勝気に満ちていた顔も、今は酷く歪み、見るも無残である。
「吐くなら外で吐きな」
そう短く言い放つトリーナの言葉を聞いたカラは、跳びはねるようにソファから立ち上がると、そのまま脱兎の如く応接間を飛び出して行ってしまった。
逃げ去る妻の背を、村長が残念そうに見送る。
そんな夫の心を気遣えるような余裕は、逃げ出したカラにはない。
「はい。嘘つき一名発見っ! さぁ、残るは君だけだよ」
そう言った魔女メロウの瞳は、次の標的を捉えていた。
彼女が見下ろす先には、ビクリと震えている村長の息子ブレックしか居ない。
魔女メロウの薄紫色の瞳には、さながら獲物を見定めた猛禽類の如き鋭さが宿っており、獲物を逃がすつもりなどないことを表していた。
怯えた獲物は、動くことはない。
いや、初めから小瓶を取ろうとしていなかったのだから、魔女メロウの視線や態度は、村長の息子が動かない理由とは関係ない。
村長の息子は、ただただ飲みたくないのだ。
『真実を見抜く魔女の秘薬』を。
その事をはなから見抜いていた魔女メロウは、村長の息子の包帯でグルグル巻きにされ吊るされている右腕を見て、まるで今気づいたかのように演技を始めた。
「あぁ、ごめんごめん。その腕じゃ飲めないよねぇ。私ってば気が利かないなぁ、もぅ……フフフッ。私が飲ませて、あ・げ・る」
魔女メロウは卓上に残された小瓶をおもむろに手に取ると、先程までカラが座っていたソファ、村長の息子の隣へドッシリと腰を下ろした。
突然、側に来た美女に、ドギマギする村長の息子。
だが、そんな甘い幸せも束の間、すぽっと外された蓋と近づく小瓶に、彼は顔を引き攣らせてしまう。
「さぁさぁ、甘くて甘くて美味しいよぉ……君が正直者なら、ねっ」
平時であれば見惚れるであろう美女の笑みも、毒物めいたものとセットで近づけば、それは恐怖でしかない。
そう。村長の息子からすれば、自分に近づく小瓶の中身は毒物でしかないのだ。
飲めば母と同じ目に合う。
村長の息子には、その確信があった。
顔を歪め、ゆっくりと迫る小瓶から目を離せない村長の息子。
それを、卓を挟んで反対側から眺めながらフィルは思う。
『今飲めば、おいしいのに』と。
だがフィルは、わざわざ敵にそんなアドバイスをする気にはなれなかった。
近づく小瓶の口と、震える少年の唇。
二つの距離が零になる直前、村長の息子の口が開いた。
「ごめんなさい」
そんな逃げの言葉に、フィルは何の感情も抱けなかった。
それは魔女メロウも同じであったのか、あからさまな作り笑顔を浮かべたまま、村長の息子へと語り掛ける。
「それは何のごめんなさい? お姉さん、わっからないなぁ~」
「ぼ、僕が……やりました」
「な~に~を~? 発動体を壊したのも? フィルちゃんをいじめてたのも?」
「は、い……ごめんなさい。ごめんなさぁい……」
それだけ言うと、村長の息子はわんわんと泣きだしてしまった。
泣く息子の背を優しく撫でる村長。
小瓶に蓋をし、卓へとそっと置く魔女メロウ。
『感心しないねぇ』と、魔女メロウのやり方へ厳しい目を向ける祖母トリーナ。
そしてフィルは……泣きだした敵を無表情で見ていた。
先程、魔女の秘薬の甘さに喜び溢れていた少女とは思えぬほどの冷たさを、その青い瞳に宿しながら。




