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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第五話「フィルの過去と月の魔女」

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5-5 騒がしい話し合い


 フィルが村長の息子を杖で殴りつけた日の夕方。

 現在、フィルの家の応接間には、五人の人間と一本の杖が居た。


 布張りの柔らかなソファに座るフィル。その両手にギュっと握られた長い杖メフィスト。そしてフィルの隣に座る祖母トリーナ。

 二人の正面には、紅茶の入った五つのカップが置かれた四角い卓。


 卓を挟んだ対面のソファには、表情と前髪の薄い四十ほどの村長ボーマンと、村長よりやや若いが、キッと睨む目が若さを感じさせない村長の妻カラ。そして二人に挟まれながら、小さく肩を縮こまらせている村長の息子ブレックが居た。


 村長の息子の胸の前には、固定され包帯でグルグル巻きにされた左腕が、首から吊り下げられていた。

 光魔法を得意とする治癒師は、この(へん)ぴな村にも常駐しており、この固定された腕も魔法による治癒を行った後の処置である。


 完全に治っていないのは、この村の治癒師の魔法が下手な訳ではない。

 その証拠に、フィルが己の手で杖を叩きつけた箇所の怪我は、痕一つ残らぬ様に治癒されていた。

 光魔法も万能ではなく、骨折の治療は簡単でないのである。


 さて、卓と香り良い紅茶を挟む彼ら彼女らの間には、穏やかな空気が――当然流れているはずもなく、互いに口を尖らせながら、(つば)を飛ばし合っているかのような状況であった。


「うちのブレックが何度綺麗な服に、汚らしい靴跡を残して帰ってきたことか。ずっと暴力的な子だと思ってましたけど、トリーナ様、一体その子に、どんなしつけをなさっているのですか」

「お生憎(あいにく)さま。うちのフィルは真っ()ぐいい子に育ってるよ。大体ねぇ、それはこっちが言いたい言葉なんだよ、カラ」


 カラと名で呼ばれた村長の妻は、言い返される事などないとばかりにキッと目を鋭く尖らせ、トリーナを(にら)みつけた。

 だが、睨まれたトリーナは、どこ吹く風とばかりに村長の妻へ言葉を続ける。


「お宅の息子が何度も何度も蹴られて帰って来るってことは、取り巻き共とつるんでフィルに何度も何度も嫌がらせした(あかし)じゃないか。徒党を組んで自分より小さい子を虐めて……何が暴力的だい。何がしつけだい。自分で言ってて恥ずかしくないのかい?」

「まぁ! 何て言い方ぁ!」

「ハッ。言われるようなことをしてるのが、お宅の息子だろう」


 主に言葉で殴り合っているのは、この二人。

 フィルの祖母トリーナと村長の妻カラである。


 口を止める事をしない二人の紅茶は、減らず、既に冷めきってしまっていた。

 この話し合いは本来、事件の中心であるフィルと村長の息子、二人の為の場のはずなのだが、むしろ二人は所在なさげである。


 今は、互いに掴みかからんとする勢いの二人であるが、初めは穏やかに話が進んでいたのだ。だが、一度でも(さげす)みの言葉が出ればもうおしまい。仮初(かりそめ)の穏やかさなどフッと吹き飛んでしまい、売り言葉に買い言葉で互いの語気は強まるばかりである。

 互いに大事な息子と大事な孫娘の事なのだから、熱を帯びるのも致し方ないことであろう。


 口を挟めぬ子供二人はともかく、空気に溶け込む様に存在感を消しながら優雅に紅茶を飲む村長こそが、この場では異質であるのかもしれない。


「だからって杖で殴る? 腕を折る? ブレックのこの腕を見なさいよ。嗚呼(ああ)、なんて痛々しい……これが『真っ()ぐいい子』がやることですか、トリーナ様」

「大怪我させちまった事は悪いことさ。フィルには、後でたっぷりなお説教の時間が待ってるよ」


 その言葉を聞いたフィルは、隣に座る祖母へ酷く嫌そうな顔を向けてしまう。

 祖母トリーナは、そんなフィルへチラリと視線を流し、フィルの丸い頭の上でポンッと手を跳ねさせた。

 そしてトリーナは、村長の妻へ視線を戻すと同時に、顔に鋭い眼光を浮かべた。


「フィルが悪いことをしちまったからってねぇ、それをこちらだけの責任にされても困るんだよ。むしろ良い子だから殴ってしまった……その理由、あんたも分かってるだろ」

「……広場で壊されていた発動体(スターター)の話でしたら、うちの息子の仕業じゃないわ」


 そう息子の弁護を口にしながら、村長の妻がトリーナから視線を逸らす。

 瞬間、フィルの青い瞳が、目の前に座る村長の妻と息子の二人を捉えた。

 そこから伸びる視線は、完全に敵を――害虫でも見るかのようである。


 フィルの事を意識すらしていない村長の妻とは違い、フィルの冷めた視線に気付いた村長の息子は、ビクッと身を震わせ、明後日(あさって)の方向へと顔ごと目を逸らした。

 目を逸らそうとも、両隣を両親に塞がれている彼に、逃げ場などない。


 そんな村長の息子の反応を見てか、トリーナの言葉の向きが変わった。


「ブレック。あんたの母親はこう言ってるけど、あんたも『自分はやってない』って言う――」

「トリーナ様! いったい、何を根拠にブレックを犯人扱いなさるんですか。言いがかりも(はなは)だしい――」

「あの時、あんたも広場にいたんだろう? そう聞いてるよ。息子の仕業じゃないって言うんなら、別の犯人でも見たっていうのかい?」

「わたしは……」


 トリーナの追及に、村長の妻が言葉を濁す。

 その時、優雅に紅茶を飲んでいただけの男、村長がボソリと口を開いた。


「カラ。発言には気を付けなさい。村の誰かを犯人だと指摘すれば、ここだけの話では済まなくなるよ」

「……見てないわ。それでもブレックはやってない」


 村長の妻の(かたく)なな態度に対し、トリーナは溜息を一つ吐くと、続けて(すべ)らかに言葉の波を彼女へ浴びせ掛け始めた。


「ならなんだい? こんな田舎村に見知らぬ誰かが来て、フィルの部屋に忍び込んで発動体(スターター)だけを盗み、そのままあんたらが毎日毎日おしゃべりしている広場に近づいて、井戸の側で発動体(スターター)を壊して逃げたって言うのかい? 村の誰にも気づかれないように……うちの裏の林で遊んでたあんたの息子らが犯人じゃないなら、誰がやったってんだい? そんな不審者が居たって言うのかい? そうなら、村一番の大事件じゃないか。で? どうなんだい? ボーマン」

「不審者の報告はありませんし、そんな人物がいたとは到底思えません。同時に、村の者たちがそんな不可解なことをする理由もない」


 冷たさすら感じるほどに素っ気なく答える村長。

 そんな旦那はあてにならぬと、妻であるカラは必至で頭をこねくりかえし始め――彼女は、一つの答えを導き出した。


「そうだわ――そうよ! 一人だけ怪しまれない人がいるじゃない!」


 そんな村長の妻の、まるで世紀の大発明でもしたかのような快活な声に、トリーナとフィル、そして村長の冷たい視線が飛ぶ。


 フィルとメフィストに怯えていた村長の息子だけは、普段は親のことを煙たがっているにもかかわらず、目を輝かせて隣の母を見つめていた。

 何を言い出すのか気付いていないのは、村長の息子だけである。


「あっ! てめぇまさか――」


 フィルにしか聞こえぬメフィストの声を遮るかのように、村長の妻が卓を挟んだ先に座るフィルを指差し、声高らかに追及の一声を放った。


「その子よ! その子が自分で壊して、自分で井戸の側に捨てたのよ!」

「――フィルがやったって、言うんじゃねぇだろうなぁ」


 そんな渾身の告発に、村長の息子の顔がしょんぼりと沈む。

 部屋の中に静けさが広がる中、静かになどしていられぬ者がいた。

 メフィストである。

 

「クソババアがぁ! もう一回言ってみろやぁ! 俺様がお前の頭たたき――」

「メフィちゃん」


 唐突に、フィルの声が静けさの中に広がった。

 落ち着き名を呼ぶ声と、ギュッと杖を握りしめるフィルの行動の意味を、この場で理解出来た者はいなかった――祖母であるトリーナ以外は。

 今にもフィルの手から離れ、目の前の村長の妻に飛び掛からんとしていたメフィストが、フィルの声を聞き、すぅーとその動きを(しず)める。


「くっ。またやっちまう所だったぜ……助かったぜ、フィル」


 声のトーンを落としたメフィストに対し、フィルはギュッと掴んだ手から力を抜き、左手を動かし礼への答えを返す。

 ゆっくりとメフィストの体を撫で始めたフィルの表情には、今まさに自作自演を疑われた少女とは思えぬ穏やかさが生まれていた。


 そう。隣に座るトリーナには、そんなフィルの声と様子から察し、メフィストが何を言ったのか理解出来たのだ。

 きっと、フィルを疑う声に怒りをあらわにしたのだと。


 だからこそトリーナは、口を開く。

 フィルとしか話せない、メフィストに代わって。


「ハッハッハッ。カラ、あんた面白いこと言うじゃないか。あのね、フィルはあの時、直前まで私と一緒に畑仕事してたんだよ。そして部屋に戻ってすぐに家を飛び出して行った。むしろ何が起これば、あんたの言う通りになるのか聞きたいぐらいさ」

「落として割れたのを隠す――」

「カラ。お前も知っているだろう。発動体(スターター)は落として割れるほど(もろ)くはないと」

「あなた! どっちの味方なの!」


 自説を遮る夫の冷めた言葉に、妻たるカラの目が悪鬼の如く尖る。

 だが、夫である村長からは『いつものこと』とばかりに気にした様子は感じられない。

 村長が妻へ弁明の声を上げる前に、トリーナが吐き捨てた。


「ハッ。あんたが可笑(おか)しな事を言うからさ」

「ならハンマーでわざと――いいえ。自分で石の井戸に叩きつけて――」


「はぁぁ~~。聞くに()えないねぇ。あの発動体(スターター)は、祖母から母へ、母から私へ、私から娘のパーラへ、そしてパーラが大事に保管していたものを孫のフィルへと……そんな代々受け継いできた大事なものなんだよ。それをフィルがわざと壊す訳ないじゃないか。酔っぱらいでも、もうちょっとマシな話するよ」

「なっ! 酔っぱらいですってぇ!」「おうおう。もっと言ってやれ婆ちゃん」


 本当に酒でも飲んだかのように顔を赤らめ怒鳴(どな)る村長の妻。

 そして、皆に聞こえぬと分かっていてもトリーナを応援するメフィスト。

 杖の声が聞こえた訳ではないが、トリーナはメフィストの言葉通りに追撃の言葉を放った。


「そもそもフィルは、自分でやったことを他人(ひと)所為(せい)にするような子じゃない。あんたらの息子と違ってね」

「だからブレックはやってないって言ってるでしょう! 何度も言わせないで!」

「カラ、少しは落ち着きなさい。トリーナ様も、不必要にブレックを(おとし)めないで下さい……今のは少々不愉快です」


 朴訥(ぼくとつ)さすら感じる冷静な村長も、流石に口を挟んだ。

 その平坦な声に、トリーナも「すまない、悪かったよ」と軽くではあるが素直に頭を下げる。

 それでも村長の妻の顔色は赤らんだままであった。


 そんな妻が何か口走る前にと、村長が先んじて口を開いた。


「我々は息子が『やっていない』と言う以上、それを信じるまでです。そしてトリーナ様とフィルちゃんは息子が犯人だと言う……この場で平行線になるのは当然のことかと」

「そうだね。で? 誰が犯人か調べる気はあるのかい?」

「その前に……」


 そこで言葉を途切れさせた村長の目が、フィルへと向けられた。

 村長は、視線そのままにフィルへ問う。


「砕けた発動体(スターター)からブレックの魔力を感じたのは、本当なんだね」

「うん。私の部屋にも残ってたよ」

「そうか。ありがとう」


 村長は、フィルの言葉を受け入れるかのように、フィルへ大きく頷いてみせた。

 だが、それに納得出来なかったのか、隣に座る息子ブレックがボソリと呟いた。


「何が魔力だよ。魔法使えないくせに」

「ブレック」


 呟きが見逃される訳もなく、父から短く(とが)められ、ブレックの身が縮こまる。

 対してフィルは、言われたことを気にする様子もなく、親に怒られたブレックの事を『いい気味だ』とすら思っていなかった。


 既に関心自体、薄れていたのだろう。

 そんな平然としているフィルを見て、村長は短く息を吐き、再びフィルへ話し掛けた。


「フィルちゃんの部屋に残った魔力はともかく、発動体(スターター)に残った魔力は、魔法の道具……レリックを使って詳しく調べればわかるんだ。だからフィルちゃん。調査のため、あとで私に発動体(スターター)欠片(かけら)を預けて貰えないかな?」

「かばったりしない?」


 息子を(かば)うつもりか?

 そんなフィルから飛ぶ当然の問いに対し、村長の態度は誠実であった。


「ああ。かばったりしない。調べた結果は正直に話すよ」

「うん。ならいいよー」

「ありがとう、フィルちゃん。トリーナ様も、よろしいですね」

「フィルが良いって言うなら構わないよ」


 落ち着き払った三人と違い、村長の妻と息子は心穏やかではなかった。

 特に息子の様子はおかしく、『調べればわかる』と聞いてから落ち着きがなくなり、(うつむ)いたまま足をガタガタと震えさせている。

 妻の方はというと、調査をすると言い始めた村長へ口を尖らせていた。


「あなた。わざわざ調べる必要なんてあるの?」

「盗まれ、壊されたのが発動体(スターター)である以上、調査しない訳にはいかないよ」


 あからさまな態度の妻へ向け、村長は諭すように言葉を続けた。


「『魔法使いは発動体(スターター)と共に育ち、発動体(スターター)と共に死ぬ』……そんな格言が残るほどに、発動体(スターター)は魔法使いにとっては大切なもの……命のようなものだからね。替えを用意すればいいという話でもないんだ。代々引き継いできたものなら(なお)のこと『子供同士のいざこざ』ではすまされない」


 その村長の言葉は、既に息子が犯人であると認めたようなものであった。

 だが、それに気付いていても、トリーナは口を挟まず、成り行きを見守る。それは、どこか子供自身が自分のやったことを認め、自ら謝罪の言葉を口にすることをトリーナも期待していたのかもしれない。


 まぁ、村長の息子はそんな殊勝(しゅしょう)な子供ではなく、村長がわざわざ『調査をする』と言った意味を理解するほど賢くもなかったので、全くの無駄であったのだが。


 もっとも、落胆を感じたのはトリーナではなく、勿論、夫の言葉に不服そうな妻でも、真実がバレることを恐れる村長の息子でも、ほぼ『どうでもいい』と感じているフィルでもメフィストでもなく、最も落胆していたのは村長であった。


 だが、村長はそれを表情と言葉には出さない。


「壊された発動体(スターター)の件は、調査が済みしだい改めて話し合いの場を(もう)けましょう……ですが、この話をせずに帰る訳にはいきません。息子の怪我の話を」

「当然、そこに戻るわけだ。仕方がないねぇ」

「ありがとうございます。フィルちゃん。君は嫌かもしれないけど、私と話をしてくれるかな?」


 村長の言葉が分からぬほど、フィルは(ほう)けてはいなかった。

 むしろフィルは、心配になったトリーナが安心するほどに、普段と変わらぬ落ち着いた愛らしい顔で、コクリと(うなず)いていた。

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