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流星の魔女〜魔女見習いは魔都を飛ぶ〜  作者: ごこち 一
第五話「フィルの過去と月の魔女」

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5-3 うそつきなフィル

 フィルが村長の息子を杖で殴りつけた後も、広場での騒動は続いていた。


 フィルを抱き抱え凶行を止める村の女性。

 鬼の形相でフィルに掴みかからんとする村長の妻。

 それをを必死で止める奥様方。

 止まぬ村長の息子の悲鳴。

 駆けつけ、村長の息子の傷の具合を見る村の治癒師。


 騒ぎの大元である村長の息子とフィル。そして暴れる村長の妻。

 その三者を引き離す事で、村は一端の落ち着きを取り戻した。


 村の女性に捕獲されたフィルはというと、大人しく抱えられたまま家へと送り届けられ、事情を知った祖母から自室待機の(めい)を受けることとなる。

 先の凶行を起こした行動派なフィルであれど、今のフィルに自室を抜け出す気はなく、同時に抜け出す気力も残っていなかった。


 自室に戻ってからというもの、フィルはいつも本を読む時に座っている子供用の低い椅子に腰掛け、そのまま低い机に体と(ほほ)を預けたまま動かないでいた。


 ぐったりなフィルの横には、赤い欠片四つと銀の輪が白いハンカチの上に並べ直されている。

 横を向き、それを見つめる青い瞳は、どんよりと鈍い。


 時折「うー」と鳴る、低くも愛らしい(うな)り声を聞く者は、フィルに寄りかかるように付き添うメフィストだけであった。


「なぁフィル……本当にすまねぇ。俺様が軽はずみにやっちまったばっかりに」


 フィルの耳に届くメフィストの声は、普段の勝気な張りがなく、()いの色を濃く含んだ弱々しい声であった。

 そんな心配な声に反応し、フィルがおもむろに体を起こし、頬を机から離す。

 少し赤くなった頬を自分で撫でながら、フィルが返事する。


「いいよー」と。

 そんな軽くて、明るい声で。


 予想もしていなかった声に、逆にメフィストは「うっ」と狼狽(うろた)えてしまう。


(ふさ)ぎ込んでると思ったけど、何か意外と軽いな」

「うー。軽くないよぉ……お母さんの指輪、壊れちゃったもん」

「うっ、すまねぇ。そうだよな……大事にしてたもんな」

「うん……しょんぼりでふにゃふにゃだぁ……うー」


 フィルは自身の鬱々(うつうつ)とした気分をまぎらわすように、メフィストをギュッと掴むと、そのままギュッと強く抱き締めた。


「何年生きてもさ、こういう時なんて言えばいいのか分かんねえよ。元はと言えばあの時、俺様が『指輪は置いてけ』なんて言っちまったからなんだよな……」

「ちがうよ。悪いのは盗んで壊したあいつらだよ。メフィちゃんは何にも悪くないんだから」

「けどよ――」

「『けどよ』は、なーしっ」


 そう言って顔をブンブンと横に振るフィルに合わせ、フィルの体とメフィストがぐらぐらと揺れる。

 動きを止めたフィルは、頬をメフィストに当てながら嬉しそうに子供らしい笑みを浮かべ、ぷにっとした唇を動かした。


「あのねメフィちゃん。わたしあのとき、むかむかで、もやもやで、頭の中ぐちゃぐちゃしてて、よくわかんなかったんだぁ。でもねでもね、メフィちゃんがビューンってすっごい速く動いて、わたしの代わりにバシーンってやってくれて……」


 フィルはギュギュっと抱き締める力を強めながら、明るく言葉を続ける。

 自分はきっと『うそつき』なんだと……そう思いながら。


「むかむかももやもやも、メフィちゃんがぜーんぶ吹き飛ばしてくれたんだよ」


 吹き飛んでなんていない。

 その言葉は、真っ赤な嘘であった。


 自室に戻り気分が少し落ち着いた今でさえ、フィルの心には『むかむか』も『もやもや』も残ったままである。

 それでもフィルは、メフィストにそう言った。


 そして、嘘に続けて本当を言葉にする。思いが友へと真っ直ぐ伝わるように。


「怒ってくれてありがとう、メフィちゃん」


 フィルの言葉をどう感じてか、メフィストはフィルの腕に抱かれながらプルプルと震えていた。

 そんな身の震えとは違い、メフィストの返事はハッキリとしたものであった。 


「違う。そうじゃ――そんなんじゃねぇんだ。俺様はただ、あのクソガキにムカついた……ぶっ飛ばしてぇって思った。それだけなんだよ」

「んー? それじゃだめなの? メフィちゃん、かっこよかったよ」


 普段通りとまでは言えないが、明るさの見えるフィルの言葉に、メフィストは少しだけ安堵(あんど)していた。

 だが同時に、子供を殴り飛ばして怪我をさせたことを『かっこよかった』と称賛するフィルの姿に、情操教育の危機を抱いてしまう。


「駄目だぜフィル。あのクソガキ(ども)がどうなろうと知ったこっちゃねーが、他人(ひと)(さま)に怪我させんのは悪いことなんだぜ。俺様はドラゴンに(かじ)られても怪我なんてしねぇけど、フィルは怪我すんの嫌だろ?」

「痛いのいやー」


「だよな。俺様の友人が言ってたんだがな『他人(ひと)にされて嫌なことは、他人(ひと)にはしない。これ基本』らしいぜ。怪我して痛いのが嫌なら、まず他人に怪我させんのを止めねぇとな」


 メフィストの言葉をいまいち理解出来ないフィル。彼女は、首をコクリと横へ倒すと、少しだけ理解出来たことを素直に口に出した。


「おたがいさま?」

「おう。お互いさまって奴だ」


 道徳心の目覚めに内心喜ぶメフィストであったが、その喜びは虚しく、次のフィルの言葉によって打ち砕かれてしまう。


「そっかー。なら、あいつは殴らなきゃ。嫌なことずーっとしてくるんだもん」

「……あぁ……あのクソガキ相手だと、そうなっちまうよな……」


 人としての道を(まっと)うさせることの難しさを感じ、深い溜息を吐くメフィスト。


 この善良なる杖は知らない。

 大きく育った未来のフィルが、悪党をばったばったと殴り飛ばす少女になってしまうことなど。そんな少女に同調し、自分が悪党を容赦なく叩き伏せる杖になってしまうことも。


「まぁ、今日の俺様は悪い見本って奴だな。怒りに任せてガキに怪我させて……きっともっと良いやり方があったはずなんだ。今でも思いつかねぇけど」

「えー、ないよー。あいつは、バシーンてやってエイッてやるのが正解」


 自信に満ちたフィルの声には、どこか信念めいたものが含まれていた。

 対しメフィストは、まさに今日自分がやった『悪事』を例に出され、酷く困惑してしまう。そして、思う。


「……もしかして、お前に悪影響を与えてるのって俺様か? お前の婆ちゃんは良い婆ちゃんだし……うん。もしかしなくてもだな」

「んー? メフィちゃんも良い杖さんだよ」

「ありがとよ……教育は難しいぜ」

「むずかしいねー」


 メフィストが悩み、フィルが適当な相槌を打っていると、コン、コン、コンと柔らかなノックの音が響いた。


「はーい」


 張りの戻ったフィルの返事に合わせるように、ゆっくりと扉が開いた。

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