5-42 現れた援軍
メロウと再開した次の日の朝。
寝る前に仕込んでおいたアジで朝食を作ったフィルは、「昨日はごめんなさい」と昨夜とはうって変わってしおらしいアイヴィと共に、酒場の一階で朝のひと時をまったり過ごしていた。
今日の二人は、仕事をする気はないとばかりに休日の装いだ。
さて、今日は何をしよう?
茶を飲みながらそんな事を相談していると、そこに一人の騎士が訪ねてきた。
「船の用意が出来ました」と。
三日前にボルグ隊長から幽霊船調査の話を聞いた際には、船の用意はまだまだ時間が掛かりそうだと聞いていたため、フィルの頭上には、『昨日の今日で早くなぁい?』と疑問符が浮かんでしまう。
だがフィルには、それよりも気になる事があった。
それは、なぜか使いの騎士である青年が浮かない顔をしていたのである。
『まぁ気にしなくていっか』と気を取り直したフィルは、船まで案内するという騎士に従い、メフィストとアイヴィを連れ酒場を後にした。
行先は酒場の近くにある漁船などを泊める船着き場ではなく、普段は商船や貴族らの乗る大型の客船を泊めるための船着き場であった。
そこでフィルたちを待っていたのは、忙しそうに物資を運ぶ騎士たちと威勢の良い声で働く筋骨隆々な海の男たち。そして――
「おぉぉぉぉ。これは大きい」
感嘆の声を上げるフィルの言葉通り、外洋調査にでも向かうかのような大型の帆船が船着き場に板を渡し、フィルたちを待っていた。
美しい曲線を描く船体。高く立ち並ぶ帆柱。たたまれた巨大な帆。
錨を下ろし、海の上でどっしりと構える姿は、まるで海上の城のようであった。
「デカい割には飾り細工が丁寧だな。金の船首像もいかしてるぜ」
メフィストが言う通り、船の先端を飾るのは双翼を背に生やした女神を模る金の船首像であった。そんな船の守り神は、今も朝の光を浴び、美しく輝いている。
船の大きさに圧倒されるフィルと、船大工の繊細な仕事を見るメフィスト。
そして、もう一人の少女アイヴィは……目をクワッと見開いていた。
「あ、あれは! 最新式の二十三式火竜砲『グランフラム』。しかも、見えてるだけで四門……まさかこんなところで出会えるなんて……」
キラキラした目でアイヴィが見ているのは、船体の側面から顔を出す四つの金属製の筒であった。見た目だけならただの金属製の筒に見えるのだが、それは火薬を使い金属球を飛ばす砲ではなく、火球を放つ魔法の道具である。
アイヴィ曰く最新式らしいが、フィルには違いが分からない。
「へぇ。そんな凄いものなの?」
「当然よ。あれも元の仕組みはお爺様が――いえ。今は止めておくわ」
迸るパトスを口から放たんとしていたアイヴィであったが、昨夜のことを思い出し、なんとか踏みとどまることに成功した。
アイヴィは、口を閉ざすためグッと奥歯を噛み締めている。
その姿を隣で眺めるフィルの表情は、『別に話してもいいのに』と言わんばかりであり、ほんわかと慈悲の花を咲かせている。
だが、そんなフィルの右手に握る杖からは笑い声が零れていた。
「ケッケッケッ。長くなるからな」
「うっ」
「コラッ! メフィちゃん。茶化さないの」
フィルが左手でメフィストに手刀を叩き込むも、効いた様子はない。
薄い胸を押さえるアイヴィと打ち込んだ左手を痛そうに振るフィルをよそに、騎士の青年は「こちらへ」と案内を続ける。
進む先にはボルグ隊長がおり、彼は恰幅の良い女性と話をしていた。
その恰幅の良い女性は、この場において一際目立つ存在であった。
蛇のようにうねり広がる赤い髪。背に広がるのは深紅に染まった外套。恰幅の良い体を包むのもまた、飾り細工の細やかな赤の服。被る瀟洒な帽子も赤ければ左目を隠す眼帯すら赤い。
隠されていない右目は、荒波に揉まれたことを示すように鋭く、その内に秘めた瞳もまた燃える様な赤であった。
顔に刻まれた皺からは年の頃四十程に見えるのだが、鎧をまとうボルグ隊長の肩を素手でバシバシと叩く姿からは、若々しい印象を感じられた。
高い鷲鼻と深紅の唇から伝わる彼女の精力の強さも、彼女を若々しく感じる要員であろう。もしも彼女へ嘲りの声一つ上げようものなら、左腰に携えた曲剣で胴を輪切りにされてしまう。そう思えるほどに、彼女は活き活きとしていた。
誰もが一目見れば、彼女がこの大型船の船長であると気付くだろう。
だが同時に、その威風堂々とした彼女の姿を見た者は誰しもが思うだろう。
どう見ても普通の船の船長ではない、と。
フィルは歩きながら素早く周囲を見回し、そして気付いた。
よく見てみると、強面の船乗りたちの服の背に剣とドクロを合わせた模様が描かれていることに。
彼ら、いや彼女らは、自分たちが普通の船乗りでないことを隠してすらいない。
『あれ? この船ってもしかして……』
『だよな、相棒』
脳内会話で疑念を語るフィル&メフィストと違い、アイヴィは「変な顔をしていた訳ね……」と小声を零していた。
アイヴィに『変な顔をしていたと』言われた当の騎士はというと、聞かぬふりをしたまま隊長の元へと向かう。
「隊長。クリスタさんたちをお連れしました」
「ご苦労。そのまま搬入の手伝いを頼む」
一礼の後、そそくさとその場を立ち去る騎士。
フィルたちはその背を見送り、ボルグ隊長と向き合った。
「やっほー。依頼通り来たよ、隊長さん。アイヴィちゃんも一緒だけどいぃい?」
「むしろありがたい。歓迎いたします、アイリス様」
「今は、ただのアイヴィ・アルケインですので」
「これは失礼。では改めて、アルケイン殿、協力感謝する」
そんなやり取りをする間も、ボルグ隊長は表情一つ変えない。
鼻の下から横へチョンと伸びた髭が、今日も変わらず特徴的である。
アイヴィとボルグ隊長が握手を交わしている間、フィルはボルグ隊長の隣に立つ船長らしき女性へ視線を送っていた。
だが船長らしき女性は、ただニヤリと赤い唇を歪ませるだけで、特に話し掛けて来る様子はない。
ゆえにフィルは、視線を再びボルグ隊長へと戻す。
「ところで隊長さん。船、随分と早く用意出来たね。隊長さんの人望?」
「ならば良かったのだが、正直なところ私にもわからなくてね。昨日メイザー卿から色よい文が届いたかと思えば、この通りだ。紹介しておこう。彼女が王認武装船の船長――」
「ルビー・ザ・フラッシュだ。よろしくな、お嬢さん方」
色気の漂うかすれ声と共に隊長の横から前に出たルビー船長が、フィルとアイヴィの肩に手を置き、そのままバシッと叩いた。
皮の厚いその手は、彼女の潜った修羅場の数を表しているようであり、快音響かせるその豪快な一撃は、彼女の気質をそのまま表しているようである。
だからと言って、肩を強打されたフィルとアイヴィからすればたまったものではなく、響く痛みに情けなくも「うぎゃぁ」「きゃ」と短い悲鳴を上げてしまった。
そんな二人の反応に、ルビー船長はやや意外そうな表情を浮かべている。
表情の理由は、すぐに言葉として明かされた。
「あんたらのどっちかが、あいつの弟子じゃないのか? それにしちゃぁただのかわい子ちゃんにしか見えないな」
「やだぁもう可愛いだなんて。おばさまも口が上手いんだから」
フィルはそう言いながら、空いた左手を自分の頬に当て、恥ずかしそうに顔を赤らめて見せる。
先程情けない声を上げたとは思えぬフィルの早変わりに、大きく口を開け破顔するルビー船長。船着き場に広がる彼女の笑い声は、荷を運ぶ騎士や船上の船乗りたちに余す事なく届くほどに大きく、豪快であった。
「ガァッハッハッハァ……弟子はあんたの方だな、うん。弟子だけは何があっても無事に帰せってあいつにうるさく言われたからな。私の側を離れるんじゃないぞ。ついでにあんたもな」
「アイヴィ・アルケインです」
「フィルメイル・クリスタだよぉ。よろしくね、お・ば・さ・まっ」
「ああ。大船に乗ったつもりで任せな」
もう一度叩き込まれた豪快な一撃に、二つの悲鳴が上がる。
それでもボルグ隊長の表情は、真顔のままであった。
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一時間後に出航だと聞かされたフィルたちは、身支度を整えに一度酒場に戻ることにした。
ササッと準備をした二人は、メフィストに腰掛け、空から船へと向かう。
潮の香る風を受け、フィルのとんがり帽子と濃紺のローブが揺れている。腰元には携えた革の鞄。メフィストに添えられた右手のすぐ上には、赤の腕輪がきらめいている。
休日コーデは終わり、今はもう普段通りの服装だ。
アイヴィもまた、仕事の際に着るなめし革で補強した洒落た洋装を身にまとっており、腰の両側面にあるホルダーには二本の魔法の銃が収められていた。
戦闘準備万端な二人と一杖がゆっくりと飛ぶ姿は船上からも見えていたのか、フィルたちが船に辿り着くよりも前に、下方から船長の良く通る声が響いた。
「おっ、来たな。お前ら出航だ。錨を上げろぉ。帆を開けぇ」
「「「「あいさぁ、船長」」」」
野太い船乗りたちの声で活気づく船上を見下ろしながら、アイヴィが呟いた。
「海賊船じゃなくて良かったわ」
「だな。さっきはてっきり賊かと思っちまったぜ」
「うんうん。私も勘違いするところだっ――えぇぇ!?」
フィルが驚きで言葉を止めてしまったのには理由があった。
空から眺める大型船。太い柱を中心に展開された帆。そこに描かれていたのは人の頭蓋を模した印……そう、ドクロの紋章であったのだ。
帆に描かれたドクロが示すのは、当然――
「かっ、海賊船だぁぁぁぁ」
「おいおいマジかよ」
「嘘でしょ……」
「王認武装船スカーレットデビルだ! 王・認・武装・船! 今度間違えたら叩き切るぞ! 分かったらさっさと乗り込め!」
腰の曲剣を抜きながら叫ぶ船長の姿に、アイヴィの胸の中で船出に対する言い得ぬ不安が沸々と湧き上がってしまう。
そんな友と違い、船へと向かうフィルの口元は楽し気に弧を描いていた。




