5-41 またね、と友の奇行
話し合いが丸く収まり、フィルたちはその後、海のひと時を堪能した。
魔法を使い、師メロウと共に海の中へと潜るフィル。
午前中に習ったことを再確認するように泳ぐアイヴィと、それに付き添うメフィスト。
キャッキャ、ウフフと水を掛け合うフィルとメフィスト。
杖と戯れる不思議な光景を眺めながら、大きな傘の下で身を休め、節制の魔女について話をするメロウとアイヴィ。
特に収穫はなく肩を落とすアイヴィと、相棒との戯れを堪能し満足げなフィル。
楽しそうな弟子の姿に喜ぶメロウ。
メフィストの表情は、杖ゆえに分からない。
時はあっという間に夕刻となり、西の海へと沈む太陽が海を赤く染め始めた頃、メロウとの別れの時が来た。
先程、「海よ! さらばぁぁぁ!」と叫んでいたフィルに並ぶ形で迷惑そうな顔をしたアイヴィがおり、メフィストはフィルの右手に納まっている。
振り返ったフィルとアイヴィを、クスクスと笑うメロウが出迎えた。
「次、会えるのは調査が終わってからかなぁ。嗚呼、またフィルちゃんと離れ離れになるなんて……」
「元気ならそれでよし! でしょ、師匠」
「それもそうね」
「そっちも気ぃつけろよ、メロウ」
茜色の光を浴びながら、メロウはその整った顔を柔らかに歪ませている。
それはまるで、久しぶりに帰郷した娘を再び見送る母のような、柔らかで、そしてどこか寂し気な笑みであった。
「ええ。メフィストちゃん、そしてアイリスちゃん。フィルちゃんのこと、よろしくね」
「当たり前だろ」
「はい。メロウさんもお気をつけて」
その言葉を皮切りに、フィルとアイヴィは水平に浮いたメフィストに腰掛け、ふわりと空へ舞い上がった。
上へ、上へと見上げるメロウを、下へ、下へと見下ろすフィルたち。
「じゃ、まったねぇー」「じゃぁな、メロウ」「失礼します」
「またね。あなたたちにプリメーラの導きがあらんことをー」
港町リヴィアへと飛ぶ彼女たちの背に、メロウの声が届く。
フィルはメフィストが進む先、港町リヴィアを見据えたまま、振り向かずに手を振るだけに留めた。
もし振り向いてしまえば、もう一度戻りたくなる。
変な顔をしながらグッと我慢するフィルに、隣――メフィスト後方に座るアイヴィが問いかけた。
「さっきの言葉って?」
「魔女にとっての挨拶というか、おまじないみたいなもの、かな。無事を祈るとか幸運を、的な言葉」
「へぇ。ちゃんと大切にされてるのね」
そう言いながらアイヴィは横を向き、先程まで遊んでいた砂浜へ目を向けた。
だが、既にもう砂浜には誰も居ない。
いつの間に消えたのか分からぬアイヴィと違い、フィルは前を向いたままでも師の得意としている空間転移魔法を感じ取っていた。
どこへ行ったのかは、流石のフィルにも分からない。
調査が終わったあと、本当に再び会えるのだろうか?
誰も見ていない顔に憂いをみせるフィル。
それでもフィルは、神出鬼没な師匠のことを思い、茜色の空に明るい笑い声を響かせた。
「アハハハハ。アイヴィちゃんってば、まだ囮の話ひきずってるぅ~」
「当然気にするでしょ。囮よ、囮」
はきはきとしたアイヴィの声に、若干の苛立ちが混じって聞こえる。
しかし、それが敵意や敵対心でないことぐらいフィルにも分かっていた。
怒りもまた、アイヴィなりの優しさなのだと。
「もぅ、アイヴィちゃんは本当にいい子だなぁ。けど多分、囮と言っても大変なのは私たちじゃなくて師匠の方なんだけどね」
「そうなの?」
「ああ。ゼブ島の方が安全なら、そっちを俺様たちに任せるはずだぜ。メロウならそうする」
「うんうん。師匠ってそういう人」
フィルたちの明るい声に、アイヴィはメロウのことを少しだけ評価し直した。
魔女を名乗る妖艶な美女は、少なくとも二人の友人が信頼する相手なのだと。
「それが月の魔女メロウ・グロウか……ん? メロウ……グロウ?」
「どしたの? アイヴィちゃん」
「えっと、どこかで聞いたことがあるような……」
「まぁ、師匠って有名人だからねぇ」
隣で「うーん」と唸るアイヴィをよそに、フィルは晩御飯のことを考えていた。
出来れば一緒に食べたかったなぁ、と師匠のことを想いながら。
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宿に戻り、肉を焼き、たらふく食べ、風呂で海のごわごわを綺麗さっぱり洗い流したフィルは、上下白の下着姿のまま、部屋の真ん中に立っていた。
「メフィちゃん。後ろはどう? 焼けてない?」
無意味に胸元を寄せたセクシーなポーズを取りながら問うフィルに、メフィストは律儀にフィルの周りをぐるっと移動し、フィルの白い肌が焼けていないことを確認した。
「変わってないぜ。日焼け止めって凄ぇんだな」
「でも、師匠みたいに肌を焼くのもいいよねぇ。ねぇねぇ。メフィちゃんは、こんがりフィルちゃんと白雪フィルちゃん、どっちが好み?」
「俺様は肌の色に好みはねぇよ。どっちだってお前はお前だろ? 相棒」
「むぅー。それはそれでつまんなーい」
正面へ戻ったメフィストへ向け、口を尖らせ不満を露わにするフィル。
師に会ったからか? それともいつも通りか?
子供っぽい仕草をするフィルに対し、メフィストは「ケッケッケッ」と普段と変わらぬ笑い声を返していた。
「それでも答えは一緒だ。『世界一硬い杖』は伊達で名乗ってないんだぜ、相棒」
「ぶーぶー」
メフィストを掴み、ガタガタと揺らし始めたフィル。
だが、揺らす程度でメフィストにダメージが入ることはない。
一人と一杖が部屋の中で戯れていると、ふと、廊下からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた。
騒がしいが、足音自体は軽いものであり、フィルにはそれが誰の足音か判別することが出来た。ゆえに足音がドアの前で止まろうとも、下着姿のまま服を着ようともしない。
そして予想通りの来客が、予想よりも強くバンッと扉を開いた。
ラフな上着に短パンの、これからもう休むといった服装をしたアイヴィが、扉の先に居た。そもそもこの酒場にはフィル以外、アイヴィしか居ないのである。
「キャー! アイヴィちゃんのエッチ―!!!」
いやぁ~んと両手で身を包むように胸元と腰を隠すフィル。
冗談めかした態度を取れば、恥ずかしそうに謝ってくれる。
そんなアイヴィの姿を想定していたフィルであったのだが、突然の来訪者であるアイヴィが実際にとった行動は違った。
アイヴィは入室の許可を得ず、のしのしと部屋に足を踏み入れると、素早く扉を閉め、下着姿のままお道化るフィルの元へと詰め寄ったのだ。
フィルを見上げる少女の目は軽く血走っており、ハァハァと口で息をしている。
その姿は、元が愛らしい少女でなければ変質者か何かだと思われてしまっていたことだろう。
流石のフィルも、若干引き気味である。
「どうしたんだ? おい」
メフィストの声に反応するように、アイヴィが荒い息と共に声を出した。
「フィルメイル。ねぇ、フィルメイル!」
「はい、フィルちゃんですよ~。その前に、この可憐な姿に何か言うことは?」
「別にないわ。ねぇメロウ様ってあのメロウ・グロウだったの? 答えて!」
「あはは……てか、師匠以外のメロウ・グロウって居るの? それに何か師匠のこと様付けになってるし」
アイヴィからすればその答えでは不十分だったらしく、元々大きな目をクワッと見開き、やや血走った目をより露わにさせた。
「そういうことじゃないわ。メロウ様ってあの虚空の魔術師メロウ・グロウなの? 答えなさいフィルメイルゥ!」
「ちょ怖い怖い怖い。そ、そうだけど――」
「何であの場で言ってくれなかったのよ! 虚空の魔術師メロウ・グロウといえば同じく虚空の魔術師を名乗っていた師である星の魔術師バルマ・グラスト様から名を受け継いだ四本線の魔術師であり、史上最年少である十二歳で魔術師になった超に超がつく有名人じゃない。嗚呼、嗚呼、嗚呼! 何も新情報が得られなかった魔女の話を聞くよりももっと魔法の話をしておくんだったぁ。メロウ様は、今は亡きグラスト様の作り上げた別空間に物を格納できるレリック、物を運ぶと云う普遍的な問題に革命を起こした『マジックバック』を更に改良し、まるで無限を思わせるほど膨大な量の物質移動を可能にした…………………」
止まることなく言葉の洪水を浴びせかけるアイヴィに対し、フィルは苦笑いを浮かべながら、脳内でメフィストに語り掛けていた。
『アイヴィちゃんって、たまにこうなるんだね……』
『どうやら魔法とレリックに関しては熱くなっちまうみてぇだな。まぁ害はないし付き合ってやれよ、相棒』
『はーい。聞き上手はいい女っ、てねっ』
フィルとメフィストの脳内会話など知る由もないアイヴィであるが、突如フィルの肩をガシッと掴むと、それを咎めるように声を荒げた。
「聞いてる!? フィルメイル」
「うん、聞いてるよぉ。それいつも使ってるからねー」
「やっぱりあれってそうだったのね。ああ、羨ましいわ。でもメロウ様が凄いのはレリック製作だけじゃないのよ。特に有名なのは、王国北部で発生した真夏の氷城事件の解決に一役買ったことでしょうね。あの事件では………………」
友の動き続ける唇を見つめながら、適当に相槌を打つフィル。
フィルは、下着姿のまま聞き役に回ることしか出来なかった。
一方的で、かつ独善的なアイヴィの熱いメロウ様語りが終わったのは、話し始めてからニ十分ほど後のことであった。
まぁそれもまた、友との楽しいひと時なのであろう。




