5-40 ソロモンの遺産と囮と友
前人類がまだ魔物と地上の覇を争っていたころ、魔導王ソロモンが作り上げた、世界に満ちる毒たる魔素を強大な力へと変える魔法の道具の数々。
悪魔の名を冠したソロモンシリーズ。
今現在作られている魔法の道具たちの雛型となったそれらこそが本物の『ソロモンの遺産』である、とメフィストが熱く語る。
「――という訳だぜ、分かったか? アイヴィ」
「ん……そんな物があるなんて俄かには信じがたいけど……分かったわ。貴方が嘘をつくとは思えないもの」
アイヴィは、表情柔らかにメフィストを見つめている。
どうやら全面的とまではいかないが、メフィストの説明にある程度の理解を示しているようだ。
「ちなみに、アイヴィちゃん。『本物の』とかは気にしないでいいからね」
「おいおい相棒。そりゃねぇだろ」
「ノンノン、メフィちゃん。アイヴィちゃんにはアイヴィちゃんの立場ってものがあるのだよ。私とメフィちゃん。そしてアイヴィちゃん。お互いの立場ってのは尊重し合わないと喧嘩になっちゃうだけなのさ。メフィちゃんもそんなの嫌っしょ」
「ん……それもそうだな。けどな、杖にも譲れねぇところがあんだぜ」
意思を曲げぬ相棒に、フィルは苦笑いを浮かべている。
そんな友人たちの反応を見たアイヴィは、二人がアッシュ・グラントと戦っていた時のことを思い出していた。
その中でメフィストが、アッシュ・グラントの持つソロモンの遺産『大天使の剣』に対し『それのどこがソロモンの遺産なんだ?』と言っていたことに、今更ながら納得するアイヴィであった。
メフィストには、メフィストの知るソロモンの遺産があったのだと。
「そんな事で喧嘩しないから安心して。けど、お爺様が作った物以外にもソロモンの遺産と呼ばれている物があったなんて、私、今まで知らなかったわ」
「まぁ、そう呼ぶのって私とメフィちゃん、歴史探求家、地下世界の研究者、あとは聖域に居るエルフの人たちぐらいだし、マイナーな呼び方だよねぇ」
聖域やエルフなんて珍しい名前が出てきたことにアイヴィは少し驚いたものの、近くでふわふわ飛んでいるメフィストを見て『そんなものか』と不思議と納得してしまった。
アイヴィ以外の他の三者からしたら既知の情報でしかないので、滞りなく会話は進む。
「共通点は旧人類のことを知っているって所ね」
「でも師匠。それだと、ならず者がソロモンの遺産って口にした理由が余計訳わかんなくなっちゃうよ。実は凄い賢いならず者だったり……しないよねぇ」
「ねぇな」
「結局のところ、お爺様が作った物でも魔導王ソロモンが作った物でもない。どちらもハズレな可能性が高いってこと?」
「だな。ならず者がただの馬鹿だった説が濃厚ってこった。いまいちな結論だぜ」
「まぁまぁメフィちゃん。それは調べてみるまで分からないよ。そのために私たちを呼んだんだよね? 師匠」
グッと無駄に親指を立てながらメロウに伺いを立てるフィル。
少々冗談めかした口調の弟子と違い、メロウの薄紫色の瞳から伸びる視線には、どこか真剣さを帯びていた。
「どうすべきか、何をすべきか……魔女たるもの、自分で決めるものよ」
真面目な口調で語るメロウの言葉を聞き、アイヴィとメフィストがやや呆れ気味な視線をメロウへと送ってしまう。わざわざ魔都からリヴィアまで呼びつけたのだから、ほぼ『調べて来なさい』と命令しているようなものだろうと。
しかし内心はどうあれ、アイヴィとメフィストは師弟の邪魔をしない。
対して、ほぼ『やれ』と命令されている弟子フィルはというと、特に気にした様子もなくコクリと頷き、軽い口調で師メロウへ質問を投げかけていた。
「もしやるとしたら騎士さんたちとの共闘もOK? 実はもう幽霊船調査に同行して欲しいって仕事の依頼来てるんだぁ」
「いいわよぉ。元からそのつもりで援軍も呼んであるわ」
『元からそのつもりかよ!』と突っ込みたくなる気持ちをグッと抑えるアイヴィとメフィスト。
だがやはり、フィルは気にもしない。
むしろフィルは「いぇーい」と喜んでいる。
「ならやるよ、師匠。よぉし! これから一緒に幽霊船をぶっ飛ばしに行くぞぉ! おぉー!」
「あー、フィルちゃん。私は別行動――「ガァァーン!」――アハハ、ゴメンね。たまにはフィルちゃんと一緒に大暴れしたいけど、実はゼブ島にろくでもない魔術師が居るって情報があってね、今回それを調査するのが私の目的なの」
そのメロウの言葉にいち早く反応したのは、言われたフィルではなく、黙って聞いていたアイヴィであった。
シーサーペント祭りのとき、アイヴィは騎士ボルグとフィルの会話をこっそり聞いていたのだ。
ゆえに知っている。
ゼブ島を守るように現れる幽霊船の話を。
幽霊船を調査するフィル。それと別行動でゼブ島を調べるメロウ。
アイヴィの考えは一つの結論に繋がってしまい、それがつい感情的に言葉へと変わってしまった。
「フィルメイルを、弟子を囮にするつもりなんですか?」
「うん。そうなるね」
あっけらかんと返すメロウに、アイヴィはメロウの評価を下げてしまう。
しかし、お前は囮だと突き付けられた当のフィルは、予想通りの師の言葉に『だよね』と平然としていた。
むしろ、師匠自ら幽霊船に対処しないということは、ゼブ島にはもっとヤバいのがいるのだろうと、師の身を案じているほどである。
師を信じるフィルはわざわざそれを口に出さず、今も愛らしい顔を怒りで赤くしている友をなだめ始めた。
「どうどう、落ち着いてアイヴィちゃん。師匠の思惑は師匠のもの。私の決断は私のもの。別の話だから、何にも問題なーいよっ」
「……貴女がそう言うなら、私は何も言わないわ」
フンッと拗ねたように視線を逸らすアイヴィに、とろりとフィルの頬が緩んでしまう。フィルは緩んだ頬を両手でピシッと挟むと、メロウへ自分の意思をはっきりと伝えた。
「師匠と一緒じゃなくても、私やるよ。幽霊船の方は任せて」
「うんうん。フィルちゃんも頼もしくなったわねぇ……つい先日まであんなに小さい子だったのに……私の腰ぐらいの高さに頭があった気が……気のせいかしら?」
「それいつの話さ、師匠ぉ……」
フィルは、冗談を言う師匠から恥ずかしそうに目を逸らし、その視線をそっぽを向いたままのアイヴィへと向けた。
「ところでアイヴィちゃんはどうするぅ? こっちは囮だよぉ」
「その上、たぶんハズレだぜ」
言外に『やめておけ』と告げるフィルとメフィストに、アイヴィは拗ねた顔をフッと緩ませ、ぷにっとした愛らしい唇に半月を描いた。
そしてアイヴィは、当たり前とばかりに答える。
「貴女たちが行くなら、一緒に行くわよ」と。
そんな友の答えを聞き、先程引き締めたばかりのフィルの頬がふにゃりと溶けてしまった。にへらと笑う姿は少し子供っぽく、そしてとても嬉しそうである。
「えへへ。ありがと、アイヴィちゃん」
「うんうん。いい友達を持ったわねぇ」
「だろ?」
しみじみと語るメロウと謎に自慢げなメフィスト。
大きな傘の作る日陰の中が、ほんわかとした雰囲気に包まれていた。
「何この空気……」というアイヴィの呟きに応える者はなく、ただ穏やかな波の音が彼女の言葉を肯定するだけであった。




