5-39 アイヴィを呼んだ理由
まだ日が落ちていない頃。
人によってはおやつタイムを楽しむ時間に、アイヴィは目を覚ました。
ハッと起き上がったアイヴィを待っていたのは、氷の器に盛りつけられた細かい氷の山――かき氷であった。
山の五合目から頂上まで明るい赤に染まっている。
寝起きでそれ程食欲がないアイヴィであったが、恐らくメロウが用意してくれたものだろうと考え「いただきます」と、匙で赤をすくい取った。
ヒヤッとした冷たさに続き、甘さが舌に広がる。
予想していた甘酸っぱさはないが、予想通りのイチゴ味であった。
それは魔法によって甘味を付与し、イチゴ風に色と香りを付けただけのものなのだが、アイヴィは気付かない。
美味しければ問題ないのだ。
事実、シロップすらかけていない氷でしかないのだが、作ったフィルやメロウも美味しそうに食べ――キーンとなった頭を押さえていた。
苦悶の表情を浮かべながら、フィルがアイヴィへ言った。
「うぅぅ、師匠から話があるらしいけど、アイヴィちゃんも聞く?」
「私が聞いていい話ですか?」
「うん。そのためにアイリスちゃんも呼んだんだし」
ならばと頷くアイヴィに、メロウは薄く笑みを返す。
フィルは未だに頭痛に悩まされているのだが、メロウは構わず話を始めた。
「フィルちゃんとアイリスちゃんを呼んだ理由はね、実は、別件でこの辺りを調査していた時にソロモンの遺産の情報が手に入ったからなの……どう? 気になる? 気になっちゃう?」
フィルとメフィスト、そしてアイヴィへ視線を向けたメロウに、彼女たちは自然と頷いていた。
素直な反応に、メロウはニヤリと笑う。
メロウが続きを話し出す前に、メフィストが疑問をはさんだ。
「それはどっちのだ?」と。
その言葉にアイヴィも疑問を抱く。
「どっちってどういうこと?」と。
二つ並んだ疑問符に、メロウの頭上にも疑問符が浮かび上がってしまった。
「ねぇフィルちゃん。もしかしてアイリスちゃんに話してないの?」
「うん。そんな機会なかったし。メフィちゃんもアイヴィちゃんも、その話はあとにして、まずは師匠の話を聞こ? ねっ」
「それもそうだな。話の腰折って悪ぃ」
「あとで教えてくれるんでしょ」
「もち」と短く返すフィルに、アイヴィは口元に薄い笑みを浮かべた。
一人と一杖が疑問を胸に収め、メロウが話を戻す。
「まぁ、今から話す情報も、それほど確度が高い訳じゃないんだけどねぇ。情報元も酒場の酔っぱらいの戯言なの」
情報の信頼をガクッと下げることを言いながらメロウが語ったのは、リヴィアから少し北へ行った先にある小さな漁村を訪れた際、酒場の主人から直接聞いた話であった。
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漁村唯一の酒場の主人いわく、可笑しな男たちが居たそうな。
それは、行動通りの見た目をした荒くれ者風の海の男たち。
その見慣れぬ男たちは、酒場で浴びるほど酒を飲み、食い散らかすわ騒ぐわ女性にちょっかいをかけるわで、終いには地元の客たちと取っ組み合いになり酒場の椅子や卓を持って大暴れしたそうな。
それ自体は別段珍しいことではなく、小さくとも船着き場のある村ゆえ人の出入りはあり、村に立ち寄った一見さんもよく酒場を利用するそうだ。
店を壊されたことは迷惑極まりないのだが、漁村の酒場を営む者からすれば、荒っぽい海の男たちの相手も日常茶飯事なのである。
酒場の主人は、何故そんなある意味普通の迷惑客の話をメロウに教えたのか?
それは、まだ取っ組み合いが始まる前、酔って機嫌よくなっていた荒くれ者の一人が言った言葉を憶えていたからであった。
それはこんな言葉だ。
俺たちゃ沈まねぇ船に乗ってんだぜ。うじゃうじゃ骸骨従えた幽霊船さ。嘘じゃねぇよ。お陰で西の海で俺たちに勝てる奴はいねぇのさ、ハハハ。ソロモンの遺産様々だぜ。
自分を大きく見せるための、よくある与太話である。
ゼブ島に現れる幽霊船の噂は小さな漁村にも届いていたため、酒場の主人もそんな嘘を吐く奴も出て来て当然だと思っていた。だがしかし、ソロモンの遺産を持ってるだなんて大法螺を吹く奴がいるとは思いもしなかった。
ゆえに酒場の主人も、そんな見え透いた嘘を憶えていたのだという。
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「という訳で、最近話題の幽霊船とソロモンの遺産が関係あるらしいの」
そう言ってメロウがおもむろにかき氷を食べ始めた。
甘さに頬を押さえる姿は、もう話し終えたと言わんばかりである。
短い話を聞かされたフィルは、未だに頭痛に悩まされながらもパクパクとかき氷を食べ続けている。特に何か言うこともないらしい。
一方、アイヴィはというと、メロウの話が期待外れ過ぎて不満が顔から漏れ出してしまっていた。愛らしい顔が台無しである。
ついでに口からも不満気な声が漏れ出してしまう。
「それだけ……ですか?」
「そう。情報はこれだけ」
「なんつうか、本当にただの酔っぱらいの戯言じゃねーか」
メフィストの至極真っ当な意見に対し、メロウは「うんうん」と頷く。
「そうなんだけど、荒くれ者がわざわざ『ソロモンの遺産』って言ったのが、私、もの凄ぉく気になっちゃって。『俺は強いぞ!』って力を誇示したいだけなら幽霊船の話だけで充分でしょ? ソロモンの遺産だなんて言う必要なくなぁい?」
師であるメロウの言葉に、フィルは師同様に「うんうん」と頷くと、そのまま師の言葉を補足し始めた。
「もし何かの名前を使うとしたら、もっと現実的な物にするかな。強いレリックだって自慢したいだけなら、地下世界からの発掘品だって言う方がそれっぽいよね」
「でしょぉ。いちおう罠の可能性も考えたけど、それだと餌が嘘くさ過ぎるのよ」
「酔っぱらいの話なんて誰も信じませんよね」
アイヴィのシンプルなまとめに、二人と一杖は同意を示した。
目の前の餌が偽の餌だと気付いた魚が、そのまま食い付く訳がないのである。
なら本当の情報なのか?
しかし、アイヴィにはそうとは思えなかった。
それを後押しするかのようなことをフィルが言う。
「だからって、本当にソロモンの遺産が幽霊船と関係しているか分かんないなぁ。言った本人が誰かに騙されてて『これがソロモンの遺産かぁ。凄ぇぜぇ』って、偽物を本物と信じ切っちゃってる可能性もあるし、ただただ本人がお馬鹿なだけって可能性もある」
「『馬鹿だった』は、身も蓋もねぇ答えだな」
フィルは「だね」とメフィストに同意し、続けてアイヴィへ話を振った。
「ねぇアイヴィちゃん。アイヴィちゃんのお爺ちゃんが作った物の中に、幽霊船と関係してそうなレリックってある?」
「お爺様が製作に関わった物の中にはあるかもしれないけど、ソロモンの遺産の中にはないわ」
「およ? その二つって何か違うの?」
空になった氷の器を手に、フィルの首が横に倒れる。
フィルの疑問に答えたのはメロウであった。
「フィルちゃん。一般的にソロモンの遺産と呼ばれているのは、セルゲイ・ブラッドが手ずから作り上げたレリック。その中でも強大な力を持った物のことよ。セルゲイ氏が関わってるレリック全部だと、町の灯り一つから兵隊さんが持つ炎の砲筒まで色々あり過ぎて、とてもじゃないけど数え切れないわ」
「へぇ。また一つ賢くなったよ、師匠。やったね♪」
「一般的には、か……ケッ」
含みのあるメフィストの言葉に、フィルは苦笑いを浮かべてしまう。
「まぁまぁメフィちゃん。アイヴィちゃんの方がハズレなら、こっちがアタリかもよ」
「だとしたら面倒だけどな」
「ねぇフィルメイル、メフィスト。その『こっち』って何のこと?」
「おっ! 丁度いいし、教えて進ぜよう」
フィルはそう言うと、隣で浮かぶメフィストをポンッとタッチし、「メフィちゃん、よろ」と説明を丸投げした。
「仕方がないなぁ、おい。まぁアイヴィになら話してもいいだろう。本物のソロモンの遺産ってのは――」
メフィストが語ったのは、以前、魔都警ら隊遊撃班班長であるコルレオーネにした説明と似たような話であった。




