5-38 特訓の時間だ!
「アイリスちゃん、寝ちゃってるねぇ」
「すやすや寝てますなぁ」
「いい寝顔だぜ」
大きな傘の下。
フィルたちは、簡素な寝台の上でぐっすり眠っているアイヴィを囲み、その寝顔を覗き込んでいた。フィルとメロウの顔は、美酒でも前にしたかのようににんまりとしている。メフィストの表情は杖なのでわからない。
「あどけない顔しちゃってもぅ……食べちゃいたい」
「いくら可愛いからって駄目だよ師匠。気持ちはわかるけど」
メロウとフィルが冗談を言うのも無理がない程に、アイヴィの寝顔は愛らしかった。横向きに眠る少女の顔には、他者の痛みも世の穢れも知らぬような無垢さがあり、羽一つ触れてしまえば壊れそうな幻想がそこにはあった。
メロウとフィルは、そんな砂浜に咲いた一輪の白い花からそっと離れると、お互いに顔を向け合い、合図を送り合うように一つ頷いた。
「じゃあ、今のうちにやっちゃいましょ」
「だね、師匠。やっちゃおう」
「おいおい何する気だ?」
咎めるように問うメフィストへ、メロウとフィルがキラリと白い歯を輝かせる。
そして二人は、示し合わせたかのように声を重ねた。
「当然、特訓よ」「当然、特訓だよ」
気付けば、手の平を天に向けたメロウの右手には、再びボールが乗っていた。
~~~~
閃光の如き強烈なスパイクに反応したフィルが、体を砂浜へ投げ出すように低く飛んだ。
伸ばした右手がボールに触れ、コートへ落ちることを拒む。
だが、フィルの手に当たって打ちあがったボールは、まだ自陣コートの上をさ迷っていた。
「お願い」
フィルの言葉に反応し動いたのは、メロウ――ではなく、全身薄黄色をした人影であった。
その無駄に筋骨隆々な薄黄色の人影は、既にボールの落下点に居た。
フィルは急いで起き上がり、ネット際へと駆け、高く飛び上がる。
大跳躍を見せるフィル。
その最大到達点へと、薄黄色の人影が器用にボールを送り――弓なりにしならせた体をフルに活用し、フィルが「ていっ!」と鋭い一撃をボールに叩き込んだ。
右手がボールに触れる瞬間、魔力を込めるのを忘れずに。
加速したボールが、目にも止まらぬ速さで相手コートへと突撃する。
だがボールの行く先には、フィル側のコートにも居た薄黄色の人影と似たような存在がいた。相手コートにいる薄黄色の人影は、フィルの放ったスパイクを受け止めんと両手を前に重ね、体勢低く構えている。
突き進むボールはあっという間に人影の両手に当たり――ボールがその両手を貫通し、薄黄色の人影の両腕ごと粉々に吹き飛ばした。
ボールは行先を阻まれることなくコートの内側に突き刺さり、そのまま砂浜に埋まってしまう。
ボールが完全に動きを止めた途端、子供のような高い声が砂浜に響き渡った。
「相棒、一点追加」
その声は、ネット横でプカプカ浮く審判ことメフィストの声であった。
メフィストのジャッジに、フィルの喜ぶ声が続く。
「よっしゃぁ。粉砕ぃ!」
自陣に居る筋肉質な薄黄色の人影とハイタッチをするフィル。
対し、相手コートでは、腕を砕かれた人影がさらさらと消滅していた。核である結晶体が砂浜へと落ち、シュッとどこかへ消える。
コート脇に移動されていた大きな傘の下で寛いでいたメロウが、消える人影を悔しそうな顔をして見送っていた。
「まさか私のサンドゴーレム君三号が破れるとは……しかし、フィルちゃん。あなたに強化されたサンドゴーレム君四号の相手が務まるかしら?」
悪役めいた口調の師匠へ向け、フィルは「勝つよ!」と短く宣言した。
すると、砂浜をギュッギュッと踏み締めながら、相手コートの奥から黄色の人影――サンドゴーレム君四号が姿を現した。
四号はフィル側のコートにいるサンドゴーレムよりも大きく、より筋肉が盛り上がっており、見るからに強靭なゴーレムであった。
メロウ側のコートに入った四号は、その全身の発達した筋肉を魅せつけるかのように、フンッ、フンッとポージングを取り始める。
もしもこの場にフィルの同僚である大男ダグが居たら、サンドゴーレムの取るポージングが何を示しているのか分かっただろう。
だが、残念ながらフィルにそんな知識はない。
ついでに語ると、メロウ側のコートに居るサンドゴーレムは全てメロウの魔力によって動いているので、魅せつけている筋肉はただの飾りでしかない。
とはいえ、メロウ側のコートに既に居たサンドゴーレムと並び、二体でポージングを決める姿は、いかにもな強敵感をかもし出していた。
目の前のプレッシャーに、フィルの喉がゴクリと鳴る。
フィルは額に流れる汗を拭うと、自陣にいるもう筋肉質とは呼べない普通のサンドゴーレムと目を合わせ――サンドゴーレムに目はない――頷き合い、相手コートからひとりでに飛んで来たボールをバシッと片手で受け取った。
「望む所だ! いっくぞぉ」
「試合再開だぜ」
審判メフィストの声と共に、フィルが相手コートへサーブを打つ。
ネットの上を越えたボールを、四号の強靭な肉体が軽やかに受け止めた。
ポンッと打ち上がるボール。
それを、もう一体のサンドゴーレム二号が拾い、流れるように飛び上がった四号がフィルのコートへボールを打ち込んだ。
手始め、と言わんばかりの軽い一撃を受け止めたのは、四号に比べたら貧弱なサンドゴーレム――フィルが魔力で操るアイン君であった。
コート内をボールが舞う。
「ナイス……それっ」
フィルが拾ったボールを、跳躍したアイン君が相手コートへと送る。
だが、簡単に四号に拾われてしまった。
現在コート上に居るサンドゴーレムは、メロウ側に二号と四号。そしてフィル側にフィル自身が魔力で操っているアイン君。
彼らは、主成分がそこらの砂で出来ているとは思えぬほどに機敏だ。
フィルも彼らに混じり、ラリーを続ける。
ネットの上を、右へ左へボールが駆ける。
時には鋭く、時には緩やかに。
幾度も続くラリーはフィルたちの善戦を表しているようにも見えたが、その実、四号が登場してからは押され気味であった。
先程まで四対二でポイントが先行していたにもかかわらず、現在は五対六と逆転を許してしまっていた。
それほどまでに、サンドゴーレム君四号の力は強大なのである。
焦るフィルを嘲笑うかのように、悲劇が起こった。
天高く舞い上がった四号の放つ強烈なスパイクを受けたアイン君の腕が、無残にも粉々に砕けてしまったのだ。
右ひじから先を失ったアイン君の元へと、フィルが駆け寄る。
「そんなぁ、アイン君……」
悲痛なフィルの声に、アイン君は無言で――元より喋らない――首を横に振る。
それはまるで『気にするな』と言わんばかりであった。
アイン君は黙ってコートから退場すると、残った左手を天に掲げ……そのまま風に流れるように消えてしまった。
「わたしたち……必ず勝ってみせるから」
涙を拭う演技をするフィルの肩を、細身長身なサンドゴーレムが叩く。
フィル側の控えにいたゴーレム、ツヴァイ君である。
フィルの肩を優しく叩きながら、逆の手でグッとサムズアップするツヴァイ君。
それを見て、フィルの目に再び光が宿る。
「アイン君の分まで、やろう! ツヴァイ君」
当然ながらツヴァイ君を魔力で操作しているのはフィル自身なので、ツヴァイ君とのやり取りは全て茶番である。
「メロウボールから再開だ」
メフィストの声で再開したゲームであったが、細身なツヴァイ君は呆気なく四号の魔の手によって破壊されてしまった。
「ツヴァイくぅーん! うぅ……どうしてこんなことに」
「フッフッフッ。まだまだ魔力操作が甘い甘い」
「くっっそぉぉぉ。こうなったら! 出番だよ、ドライ君」
フィルの呼び声に合わせコートに転がり出たのは、ずんぐりむっくりな体形の小柄なサンドゴーレムであった。
身長はフィルの半分ほどしかない。
短い手足をバタバタさせて動く様子は、どことなく愛嬌を感じる。
サンドゴーレムに細かい顔の造詣など無いのだが、可愛らしく見えるのだから不思議なものだ。
「今は五対七だな。次もメロウのサーブだぜ」
「次は勝ぁぁつ!」
四号の放った鋭いサーブを、コミカルに動くドライ君が転がりながら拾い、ボールが打ち上がる。
太陽光を受け輝くボールの元へ、フィルは駆け出した。
再び勝負――いや、特訓が始まった。
~~~~
暗闇に包まれた世界の中、涼やかな風が火照った体を撫でる。
心地良い虚脱感に抗えず、アイヴィはまどろみに身を委ね続けていた。
ふと、遠くからフィルとメロウの快活な声が聞こえ、アイヴィの意識をわずかに浮上させた。
「こんな感じ。どう? 師匠」
「良い感じ良い感じ。やっぱり去年よりも上達してるわ。偉いぞぉ」
「えへへぇ」
甘えるような友人の声に、まどろむアイヴィの口元が柔らかに曲がる。
『何をしてるのかしら』
重たいまぶたを持ち上げようとするも、かなわない。
暗い世界の中、耳だけは鋭敏にフィルたちの声を拾う。
「こういうのも出来るよ……むむむ……アイス・クリエイション。これをこうして……そっちだけ、クラッシュ!」
「おぉ! 綺麗ね」
「フッフッフッ、見ての通りな綺麗さだけじゃないよぉ……これに師匠直伝のあの魔法をかけると……ボソボソボソ……ほい、完成っ」
「ん~。あまぁぁい。けどこれなら……ボソボソボソ……ほらフィルちゃん」
「おぉぉぉ。いい匂い。師匠師匠、他の香りは?」
「ウフフッ、まだまだあるわよ」
跳ねるようなフィルとメロウの声を聞き、アイヴィはぼんやり『何か魔法で作っているのかしら』と考えるも、すぐに『そんな訳ないか』と否定した。
もしも今、フィルが魔法を使ったのだとしたら、それは夢なのだと。
なぜならば、今のフィルは魔法の発動に必要な発動体を持って来ていないのだから。水着姿の今、発動体を隠す場所などどこにもないのだから。
『変な夢ね』
真っ暗なのに、友人とその師匠の声だけ聞こえる夢。
ならもう少し、こうしていよう。
そう思い、アイヴィは再びまどろみに身を委ねた。
聞こえる友の声はさざ波と混ざり合い、眠りへと誘う音となってアイヴィの耳に届いていた。




