5-37 特訓(仮)の時間だ
魔術師試験を受けるチャンスは次で最後。
そんな突然の最後通告を受け、呆然と海を見つめるフィル。
途方に暮れる弟子の姿を見てもなお、師であるメロウは楽しそうに肩を揺らしていた。
「アハハ、そんなに思いつめなくてもいいってば。もし次が不合格でも別の試練を考えるから。だぁいじょーぶっ」
「……悩んで損したよ、もぅー。でも師匠、こういう時って普通嘘でも――」
呆然としたかと思えば次の瞬間には頬を膨らませ、そう不満を表したと思えば寝台から上体を起こし、ビシッとメロウを指差しお道化て見せるフィル。
「――『次、不合格だったらお前は破門だぁ!』とか言って発破かけるものじゃないの?」
「えー。そんな酷いこと、私がフィルちゃんに言う訳ないでしょ」
「それもそっか」
まるで小さな子供のように無邪気な笑みを見せる弟子の姿に、メロウも背を寝台から離し、上体を起こした。
そしてメロウは、今まで見せていた陽気な笑みを微かに曇らせ、愛しき弟子に問いを投げかけた。
「ねぇフィルちゃん。まだ本当に魔女になりたいって思ってる?」
「うん。あの頃から変わってないよ、師匠」
「そっか……」
何か思う所があるのか、メロウは静かにその薄紫色をした瞳を閉じ……ふいに左の手の平を上に向け、そこに一つの球体を出現させた。
何も無い空間から出現したその球体は、手のひら大より径が少し大きいだけの、何の変哲もない革製のボールであった。
唐突にボールを出現させたメロウに、フィルも首を傾げてしまう。
フィルには持ち前の鋭敏な魔力感知能力により、師匠が何かを出現させようとしていることは予見出来ても、何を出すのかまでは分からないのだ。
「ボール?」
「ええ。魔女になりたいのなら……特訓よ! フィルちゃん!」
開眼と共にメロウは力強い声を発し、右拳をグッと握り締めた。
『やるぞ』とアピールし始めた師匠を見るフィルの顔は、日陰の中でも明るい。
「それ、師匠が遊びたいだけだよね」
「そうとも言う。だってだってフィルちゃぁん。私ぃ、普段は独りで魔女のお仕事してるんだよぉ。たまには可愛い弟子と遊んだっていいじゃない……ダメぇ?」
弟子の答えは、当然の如く決まっていた。
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太陽の光を浴び、薄黄色に輝く砂浜。
その上にメフィストが描いた四角い線がコートを表し、そのコートの中央両脇には、いつの間にか出現していた二本の木の支柱が立っており、支柱と支柱の間には荒い目のネットが張られている。
その網目が、相対する両軍を隔てていた。
現在、メロウが持っていたボールを使い、三人と一杖でビーチバレーに興じている真っ最中であった。ルールは適当である。
勝負は今、フィル&アイヴィvsメロウ&メフィストで行われていた。
細い手がボールを打ち、輝く太陽の下を白いボールが跳ね上がる。
ポーン、ポーンと、幾度もネットの上をボールが行ったり来たりする中、初めは「いくわよ~、それっ」「ほいっと」と比較的穏やかにラリーが続いていた……のだが、一度熱が入ってしまえば彼女たちは止まらない。
打ち合う音がバシン、ズドンへと変わり、打ち込まれるボールの勢いも増すばかりであった。
四肢に汗をにじませ、輝く体を躍動させるフィルたち。
鋭いトスが上がり、素早いスパイクが高くから打ち下ろされる。
激しい攻防の結果、ブロックしたフィルの手にボールが当たり、弾かれたボールがフィルたちのコートへと落ちようとしていた。
それよりも早く、アイヴィが低く飛び込む。
俊敏に動くアイヴィの手が砂浜と落ちるボールの間に割り込み、ボールが高く打ち上がる。
「お願い」
「まっかせてぇ」
高い身体能力を用いネット近くで飛び上がったフィルが、「そいっ」という軽い掛け声とともに上半身の力を活かした一撃をボールに叩き込んだ。
フィルの手に強打されたボールは、強打の勢いそのままに鋭く一直線にメロウたちのコートへと突き進み――宙を走る杖が下方からボールに当たり、その軌道をあっさり変えてしまった。
不思議と勢いが殺されたボールは、完全にトスの体勢を整えたメロウの元へと弧を描き、ふわりと飛ぶ。
「はい、ツータッチ」
「俺様が、決めるぜ」
人では反応出来ないような鋭いトスが横軸へと流れ、瞬時にフィルたちのコートへ目掛け、ボールが軌道を変えた。
目にも止まらぬメフィストのスマッシュがボールを捉えたのだ。
次の瞬間にはもう、ボールは砂浜に突き刺さっていた。
口をへの字に変えたフィルが、拾ったボールを細い腰元で保持しながら相手コートへ向け声を上げる。
「むぅー。もう一本だ」
「ドンッと来なさい、フィルちゃん」
再び行き来を始めるボール。
身が砂で汚れることを厭わず、フィルたちはコートの中を跳び回る。
果敢に攻めるフィルとアイヴィ。
だが、何度攻めても何度攻めても攻め切れない。
左に振ろうが右に振ろうが、コートの隅を狙おうが、その全てをメフィストに拾われてしまう。
結果、悠々と飛び上がったメロウの放つスパイクが、フィルたちのコートに小さな穴を穿つに終わってしまった。
ボールがコートの外へと跳ねる中、華麗に着地したメロウが弟子へ向け勝利のブイサインを贈っていた。
「いぇーいっ。まだ若い子には負けないわよぉ」
「ぐぬぬぅ。メフィちゃん強すぎ」
「あれぇ? 私の活躍はどこに?」
勝ち誇るメロウであったが、弟子の視線はメロウの隣でぷかぷか浮かぶメフィストに突き刺さっており、肩透かしをくらってしまう。
ボールを拾い戻ってきたアイヴィが、確信めいた呟きをボソリと放った。
「これ、メフィストがいるチームが勝つんじゃ……」
「かもな。だからって俺様は手加減しねぇぜ」
「よぉし。ならチームを変えましょ」
メロウの提案に従い、今度はフィル&メロウの師弟コンビに対し、アイヴィ&メフィストの新造コンビが迎え撃つ。
だが、結果は同じ。
どこに打とうがメフィストが拾い、縦横無尽に動くアイヴィに翻弄され、攻防虚しくフィルたちのコートへとボールが叩き込まれるだけであった。
フィルとメロウの動きも常人離れしているのだが、空中を自在に動く杖には及ばない。
「むぎゃぁぁー! メフィちゃん強すぎぃ」
「ケッケッケッ。俺様だけ浮いてるから機動力が違い過ぎるんだよ。まっ、人間と杖の違いだな」
「私たちも魔法使おうかしら」
「メロウさん。それだと勝負が終わりませんよ」
アイヴィの進言に、「「それもそっかぁ」」とフィルとメロウがハモり返す。
再びチームを変え、最後の組み合わせであるフィル&メフィストvsアイヴィ&メロウの戦いが始まるが……結果は御察しである。
以心伝心なフィルとメフィストに、今日初めましてのアイヴィたちが敵うわけがなかったのだ。
「いえぇーいっ!! メフィちゃんが強すぎるぅぅ」
「まっ当然だな。ケッケッケッ」
メフィストと共に勝利のポーズを決めるフィル。
対し、ネット越しのアイヴィはぜぇぜぇと肩で息をしていた。
「ふ、不毛な戦いだわ」
「アハハ、アイリスちゃん。そんなこと言わないの。んー……やっぱりたまには体を動かすのもいいわねぇ。若返るわぁ」
息も絶え絶えなアイヴィと違い、メロウはおばさん臭いことを言いながら体を縦に伸ばしていた。
疲れをみせぬメロウに、アイヴィから猜疑の視線が伸びる。
『この人、いったい何歳なんだろう?』と。
アイヴィという少女は、その言葉を心の中に留めて置ける少女ではなかった。
アイヴィがメロウへ向け口を――開こうとした瞬間、背にゾワッと寒気が走る。
直感に従い、フィルの方へと向くアイヴィ。
その視線の先には、アイヴィへ向け首を横に振るフィルの姿があった。
先程までお道化て決めていた勝利のポーズと違い、その否定の姿は必死だ。
そう『言うな!』と態度で語るフィルに従い、アイヴィはゴクリと言葉を飲み込んだ。
命の危機とは、日常に紛れているものである。
口を閉ざしたアイヴィを見て、フィルが額に流れる汗を腕で拭う。
安堵の息を吐く弟子の気も知らず、師メロウは軽やかな声で続きを促す。
「さぁ、もう一本いきましょう」
「はっ、はい」
「なんなら三対一でもいいぜ。俺様には勝てねぇだろうしな」
「おっ? 言ったなぁ。勝負だメフィちゃん」
コートを移り、独り残ったメフィストへ指を突き付けるフィル。
そして三対一の試合が始まり……結果は変わらなかった。
三人の優位を用いて果敢に攻めるフィル、アイヴィ、メロウ。
彼女たちのコンビネーションは稲妻のようにメフィストを襲う。
だがメフィストは、一人でボールを拾い、一人でトスし、一人で相手コートへと打ち返して行く。
常識やルールなど無用と言わんばかりなメフィストの動きに耐え切れず、ボールはフィルたちのコートの中へと落ちてしまった。
あまりにも無常なメフィスト無双に、フィルは地団太で砂を踏み荒らす。
「ちくしょぉぉぉぉ!!! メフィちゃんが強すぎるぅぅぅぅぅ」
「我が愛しき弟子よ……人間は杖には勝てないの」
「そういう話ですか? メロウさん」
「ケッケッケッ。杖が強ぇんじゃなくて、俺様が強ぇだけだぜ。さぁ、そろそろ休憩入れようぜ」
ふわふわと移動し始めたメフィストに先導され、フィルたちは再び大きな傘の下へと戻った。
我先にと、簡易寝台に横たわるメフィスト。
「よっと。ひと休みひと休み」
「そう言いながら全く疲れてないんでしょ? メフィスト」
「まぁな」
笑うメフィストの横たわる寝台の一つ隣に、アイヴィが腰掛ける。
アイヴィの目に、バレーの前に飲み干したはずの青いジュースが復活しているのが見えた。
当然メロウの仕業である。
運動量の多かったアイヴィは、これは助かるとグラスへ手を伸ばしていた。
細いストローを青が伝い、甘い味わいがアイヴィの口の中へと広がっていく。
「……ふぅ。疲れた体に染み渡るわ。メロウさん、これ、ありがとうございます」
「どーいたしましてぇ……どっこいしょっと。流石に疲れたわねぇ」
そんな素振りを全く見せず、メロウが寝台へ腰を下ろす。
その後ろに、フィルが素早く回り込んでいた。
「師匠師匠。私がマッサージしてあげるよ」
「おぉ、気が利く弟子じゃわい。一つお願いしようかのぅ……そこっ――嗚呼、効くわぁ。最近肩甲骨周りが凝って凝って仕方がないのよ」
「お仕事大変なんですねぇ、お客さん」
寝台に腰掛けたまま、弟子に肩を揉み解される師匠。
その顔は、実に嬉しそうにほっこりとしている。揉む弟子の顔も楽し気だ。
微笑ましい師弟の触れ合いを、ジュースを飲みながらしばし眺めていたアイヴィであったが、グラスを空にしたのを機に疲れた体を寝台へと横たえた。
すると、横から声が掛かる。
「羨ましいのか? アイヴィ」と。
果たしてそうだろうか? いや、違う。
そう考えている間にも、メフィストの言葉が続く。
「何なら俺様がマッサージしてやるぜ。杖だから痛いかもしれねぇけどな」
「……ありがと。でもそういうのじゃないわよ。ただ、フィルメイルが楽しそうだなって思っただけ」
そう語りながらアイヴィは、ゴロリと体ごとメフィストの方へ向く。
横たわる杖を見つめる目は、優しい。
メフィストもそんな視線を受け、自分の勘違いを正した。
「ハハッ。そっちだったか。まぁ久しぶりだからな」
「なら邪魔しちゃ悪いわね」
アイヴィは、メフィストだけに伝わるよう小声でつぶやくと、フィルたちに背を向けたままそっと目を閉じ、疲れた体から力を抜いた。
友人の邪魔にならぬよう、静かに、静かに……。




